3.遊真と充電パック

『で、僕がいない間に話、まとまっちゃったの?』

「悪い、遊真。でもパティがあんまり時間なさそうだから、早手回しに進めとかないとと思って」


 モニターの向こうで遊真が肩をすくめている。僕は素直に頭を下げた。


『まあいいよ。僕も充電パックのことで手いっぱいだったし、正直助かった』

「そっか。で、それのことなんだけどさ」

『充電パック?』


 遊真はパティから借りた空のパックをぶらつかせている。


「そう。なんか工作するならうちで作らないか?」

『ああ、それなんだけど。やっぱり猫星商会にあったよ』

「えっ、ほんと?」


 思わず固定端末の画面にかぶりついた。


『理仁、近いってば』

「あ、ごめん」


 慌てて居住まいをただす。


『緊急用パックが結構あった。それと、やっぱり地球の電力を猫星の携帯端末デバイスにあうように変換するものは出回ってないって』

「そっか。……やっぱりないんだ」


 猫星の流通大手キャットシューターの従業員とか、大使館の人とか、地球にもそれなりに猫星の住人はいる。地球に観光旅行で来る人だって、絶対数は少ないけどいないわけじゃない。

 そういう人のために、もう開発されててもおかしくないんだけど。


『でね。噂を仕入れてきたんだ。どうもね、変換器自体は開発されてるらしいんだけど、製造や販売のルートがないんじゃないかって』

「え? どういう意味?」

『小学校で習った社会の内容だよ。いくらいい物を開発してもさ。製造して流通させなきゃ商品としては世の中に出回らないだろ?』

「うん」

『それを、誰かが邪魔してるかもしれないっていう噂』

「なんだよそれ」

『だから、手に入らないんだ』


 誰かが邪魔をしている?

 誰が?

 これって海外旅行に持っていくマルチコンセントみたいなもんだろう?

 あったほうが便利に違いないし、欲しがってる人は一定数いるはずで、作らない理由にならないと思うんだけど。

 邪魔をしたい人って誰だろう。邪魔をすることで利益を得るのは、誰?


『でね。一応原理部分は公開されてるから、作ってみるつもり。しかも市販のものを使って作ったっていうレポートもネットに流れてるんだって。猫星商会で相談したら、材料は全部そろえてくれることになった』

「すごいな」

『だろ? 猫星商会の人ってほんと、すごいよ』


 いや、そうじゃなくて、猫星商会の人たちからそれだけの情報を引き出せる遊真おまえがだよ。

 遊真はそんなにフレンドリーなわけじゃないのは長い付き合いだからよく知ってる。

 でも、いざって時には物怖じしないんだよな。

 僕も見習いたいくらいだ。


「その人たちと知り合いだったの?」

『え? もちろん初めて会った人だけど』

「遊真ってほんと、知らない人と友達になるの得意だよね」

『得意っていうか、同じ趣味の人たちだから話しやすいだけだよ。でね、その材料なんだけど、明後日届けてくれることになったんだ』

「じゃあ、荷物受け取ったらうちで作業できないかな」

『たぶん、電子コテがあればなんとかなると思う。一応うちの道具一式持っていくよ』

「ありがと。明日は来れる?」

『うん、大丈夫』

「じゃあ明日」


 挨拶を交わして画面が暗転する。

 ついでに麻紀姉とれお兄にもメッセージを入れておく。

 今日はれお兄が珍しく夕方になってるかと一緒に帰って行ったから、晩御飯は久しぶりにパティと二人だった。

 そのパティも晩御飯が済むと、夕方届いた充電パックを手に早々に二階の部屋にこもってしまった。

 家の中が静まり返ってるのも久しぶりで、時々いつもはどうしてたっけ、と首をかしげる。

 考えてみれば、夏休みに入ってからずっと自分一人で夜を過ごしたことがなかった。

 出張に出た麻紀姉と入れ替わりにやってきたパティがずっといた。

 れお兄は帰ってきてからほぼ毎日やってくるし、悪友たちが毎日遊びに来てくれてる。

 小学生の時以来じゃないだろうか。ここまで毎日、うちに集まってるのって。

 麻紀姉がいるときは遠慮して呼ばなかったんだっけな。

 だから、ちょっと長い出張に出るって聞いて、遊真たちを誘ったんだ。

 昔みたいに遊べればいいなって思って。

 一人が嫌なわけじゃない。

 もう八年も麻紀姉と二人だし、麻紀姉も仕事で夜遅かったり帰ってこないこともざらだったから、一人で夜を迎えるのなんて、慣れっこのはずで。

 広いリビングに一人で座っているのだって、気にしたことはなかったのに。

 テレビを消して無音になると、高周波ノイズがうるさく聞こえてくる。

 いつもは遅くまでテレビをつけてた気がする。

 でもって、遊真とやってたみたいに、遅くまで誰かとしゃべってた気がする。

 でも。

 みんなが来るようになって、テレビをつけることが減った。

 食事時も、テレビはつけなくなった。

 一人で食べる食事より、みんなで食べるほうが楽しいしおいしい。

 自分で作った食事だって、みんなが食べてくれると思うからこそ、作る方にも力が入る。

 そんなことで気が付いた。

 僕は実は寂しかったのかもしれない。

 ほんとに今さらだけど。――誰かにそばにいて欲しいだなんて、今さら僕が思うはず、ないのに。


 ――一人が嫌だなんて、思うはずないのに。


 なぜか視界がぼやけて滲んだ。

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