4.初顔合わせ

 玄関に戻ると白いワンピースを着た赤毛の猫娘が立っていた。耳は後ろ向きに伏せられて、尻尾はだらんと不安そうに揺れている。


「あの、すごい音がして……大丈夫?」

「パティ、ごめんね。びっくりさせて」

「いえ、わたしこそごめんなさい。部屋から勝手に出ちゃったりして。すぐ戻ります」


 耳を伏せてそのまま理仁の部屋に戻ろうとするパティに理仁が声をかけた。


「戻らなくていいよ。丁度みんな揃ったし、君の話をするところだから」

「え、そうですか? じゃあ……」


 戻るのをやめて玄関に戻ってくる。

 るかは眉根を寄せて理仁のシャツの裾を引っ張った。


「ねえ、もしかしてあの子、あんたの部屋に同居させてるの?」


 きょとんとしてるかを見ていた理仁は見る間に真っ赤になった。


「そ、そんなわけないだろっ。僕がソファで寝てるんだよっ」

「それならまだいいけど、女の子を自分のベッドに寝かせるとか、ちょっとデリカシーないんじゃない?」

「そ、そう? シーツもカバーも全部新品だよ?」

「そもそも、男の部屋に寝かせてる時点でアウト! よ。客室余ってるんでしょ? なんでそっち使わせてあげないの。着替えてる時にあんたが間違えて入っちゃうことだってあるでしょう?」

「そそそそんなことっ」


 るかの言葉に理仁はうろたえながらも耳まで真っ赤にしている。

 これはどうやら前科があるらしい。


「そ、それに、うちにいてもらっていいのかどうかもわからないし……麻紀姉が出張で来週まで帰らないと思ったから、れお兄に相談しようと思ったんだ」

「ああ、そういうことね」


 るかは兄貴が呼ばれた理由を聞いて軽く頷いた。

 理仁の周りの大人といえば叔母にあたる麻紀しかいない。その次に親しい大人はれおなのだ。


「あの、わたしは理仁の部屋でも別に……」

「あんたが構わなくてもあたしが構うのっ!」


 口を挟んだ猫娘に勢いでそう返してから、るかは口を覆った。

 はずみで何を言ってるんだ、自分。ぱーっと血が上ってくるのが分かる。


「えっと、とりあえず落ち着いて、るか。パティ、気がつかなくてごめん。僕のベッド使わせちゃって。急いで別の部屋準備するから」

「あの、理仁のベッドも部屋も、悪い匂いじゃないです。だから気にしないで」

「え……」


 匂い、と言われて理仁は真っ青になった。曲がりなりにも自分は男で汗臭いはずだ。

 そんな部屋に女の子を寝泊まりさせていたことに今頃気がついた。

 麻紀姉や遊真たちがしょっちゅう突撃してくるから、子どもの頃から女性を含む誰かが部屋に入ってくるとか、そこで寝てるとかは抵抗がなかったけど、ほとんど見ず知らずの、しかも命を助けてもらった女性を泊める部屋じゃなかった。

 それに、猫星の人は聴覚と嗅覚に優れてるという噂もある。自分たちにとっては臭わないものでも、彼女にとってはとんでもない悪臭なのかもしれなかった。


「ごごごごめんなさいっ! 本当にごめん!」

「あの、困ります」


 土下座をせんばかりに頭を下げる理仁にパティはオロオロしている。


「理仁、ほんっとにデリカシーないんだから」

「だって、お前とか遊真とか、転がり込んできてよく一緒に寝てたから、ついそのつもりで……」

「ああああたしがいつあんたと一緒に寝たっていうのよっ」

「小学校低学年の頃とか。ほら、両親が仕事で旅に出たあと、よくみんなでここに集まってただろ?」

「う……それはそうだけど、もうあたしたち立派な大人なんだから、一緒にしないでよねっ」


 るかは真っ赤になって言い放った時。


「誰が大人だって?」


 れおの声に振り返ると、玄関口でれおと麻紀がこちらを伺っていた。


「あ、れお兄。麻紀姉。終わったの?」

「ああ、麻紀が手配してくれたから早かったよ」

「帰ったら室長から怒られるの確定よ。……それより、あなたは誰?」


 ため息をつきながら零したあと、麻紀は鋭い目をパティに向けた。甥っ子を心配してバイクを門柱にぶつけて大破させながらも飛んで帰ってきて、甥っ子の無事に脱力していた麻紀とはまるで別人だ。


「あの、麻紀姉」

「あなたは黙ってなさい、理仁」


 口を挟もうとした理仁は、麻紀の剣幕に言葉を飲み込んだ。

 さっきまで軽口を叩いていたるかも動けなかった。

 唯一れおだけが、自分の後ろから出てきて背筋を伸ばす麻紀に喜色を表しているのが見える。

 理仁の姉が警察関係者だということは知っているし、星間パトロールを目指すエリートだということも知っている。

 だが、仕事中の麻紀を見るのはこれが初めてだった。

 パティは、と視線を走らせると、彼女は不安を見せながらも背筋を伸ばして立っていた。


「わたしは猫星キャスターから来ました、パトリシア・ヘーヴェンと言います。その……成人の儀式を受けるために地球ここに……」


 パン、と手を叩く音に驚いて顔を向けると、手を叩いたれおは、苦笑しながら皆の顔をぐるりと見た。


「とりあえず、玄関先でする話じゃなさそうだね。中に入ろう。理仁、朝ごはんは食べた?」

「あ、はい」

「麻紀は?」

「ちょっと、れお。勝手に割り込まないでよ」

「……ここから先の話を子どもには聞かせられないでしょう?」


 その言葉にしぶしぶながら麻紀は頷いた。


「で、ご飯は?」

「……食べてない」

「じゃあ何か作るよ。君、パトリシアといったね」

「はい」

「とりあえず理仁とるかと三人でリビングにいてくれるかな。麻紀の食事が終わってから話を聞かせてもらいたい」

「分かりました」

「あの、れお兄。このあと遊真たちが来るんだけど……パティと一緒に遊んじゃだめかな」


 れおは麻紀をちらりと見た。麻紀は渋い顔をして首を横に振る。


「そうだな……とりあえず話を聞くのが先だ。それからなら構わないよ」

「れお兄、ありがと」


 ぱっと表情を明るくした理仁は、るかとパティの手を引いてリビングに入っていった。

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