5.れおの事情

 二人残された玄関で、麻紀はれおの胸ぐらを掴んで声を押し殺した。


「……どういうつもりよ」

「どういうつもりもないよ。ただ、猫星の人間と接触できるチャンスは逃したくないってだけだけど」

「あれは警察機構あたしたちの仕事よ。彼女は保護対象者なのよ?」


 麻紀の言葉にれおは目を見開いた。


「どういうこと?」

「……とある筋から捜索願が出てるのよ。入星したはずの猫星の住人が行方不明だって」

「とある筋?」

「一般人のあなたに教えるわけないでしょう? そうでなくともあのあたりはいろいろ入り組んでてややこしいんだから」

「まあいいや。で、その対象者が彼女だってこと?」


 麻紀はうなずくと腕輪に手をやった。出てきたのは捜索願の顔写真だ。髪の毛は短いが、耳の形や毛の色、その他の特徴がほぼ当てはまる上に、名前も一致している。


「なるほど。麻紀としては即保護したいわけだ」

「あたりまえよ。うちにいたなんて知れたら室長がどんな顔するか……」

「悪いけど、発見の通知はまだしないでくれるかな」


 れおがそう言うと麻紀はじろりと睨みつけた。


「そういう訳にはいかないわ。……あなたが何を思って彼女と接触したいのかは知らないけど」

「いや……僕が、というわけじゃなくて。成人の儀式って言っただろ?」


 途端に麻紀は眉根を寄せた。


「その顔は、まんざら知らないわけじゃなさそうだね」

「ええ。……猫星の成人の儀式は地球だけでなくあちこちの星でトラブルの元になってるからね。主に経済的政治的な面において。だから地球ここに決定されたのは通知が来てるし、誰がその相手かも知ってる」

「なるほどね。じゃあ、桜橋総次郎の相手は彼女なのか」


 れおの言葉に麻紀は目を丸くした。


「どうして!? なんで知って……」

「うん、実はね。僕の所属する研究室の教授プロフェッサーの研究テーマが猫星の成人の儀式なんだよね」


 ニッコリと、それは嬉しそうにれおは微笑む。


「なんですって……」

「ああ、勘違いしないで。一般的に言われている儀式の噂が本当かどうか、を文献から紐解く予定だったんだけど、目の前に実物が飛び込んでくるなんて思ってもいなかったよ。それに、成人の儀式をネタにした詐欺が増えてるの、麻紀も知ってるよね」

「ええ」


 麻紀は眉根を寄せて頷いた。

 猫星の成人の儀式は費用も時間もかかるため、今ではやらなくても一定年齢に達したら大人と認める自治体も増えている。そのため、地球に降りてくる猫星の成人たちも激減している。

 だが、彼らの成人の儀式の相方に選ばれれば、将来は約束されたようなものだ、との噂話や、相方を勤めるに当たって贈られる様々な特権や金銭の話題が毎年ネットニュースに取り上げられている。

 そのおかげで、ここ数年、成人の儀式ネタの詐欺が増えているのだ。


「今回の相手が誰なのかを知ったのは、教授プロフェッサー経由だ。あの人、猫星人の友達多いから」

「そういうことか……でも他言無用でお願い」

「まあいいけど、あの人、あちこちに自分で言いふらしてるよ?」

「そうなの?」


 麻紀は頭を抱えた。桜橋家からの捜索願は上司から極秘とされているのに。


「ああ、念願だったんだってさ。猫星の成人の儀式の相手に選ばれれば、輸送大手のキャットシューターとのコネクションもできるって言ってね。決まった時にはあちこちのSNSに書いてたみたいだね」

「なにそれ……極秘でもなんでもないじゃないの」

「分からなくもないけど、脇が甘いよね。ま、そういうことなんで、考えてくれると助かる」

「……やっぱりだめ。だって、彼女がここにいることを知らずに千人以上の捜査官が探し回ってるのよ?」

「そっか。……じゃあ、せめて彼女がここにいられるように手配してくれないか。警備が要るっていうなら手配して」


 眉根を寄せて唸っていたが、やがてため息をつくと麻紀は顔を上げた。


「発見の連絡は入れる。約束は出来ない。……どうもね、桜橋家も独自で探してるらしいの」


 それを聞いてれおも眉根を寄せた。


「そう……じゃあいずれここも見つかるな。手荒なことをしなきゃいいんだけど。ここ、警備システムってなかったよね」

「ええ。古い家だからね。一応巡回は増やしてもらえるように掛け合ってみる。あたしが常駐できればいいんだけど、流石にすぐは無理だし……れお、悪いんだけどこっちにいる間は彼女をそれとなく見ていてくれない?」

「分かった。……何かあれば連絡入れる。出張って言ってたけど、連絡してすぐ戻れるところ?」


 しかし麻紀は首を横に振った。


「すぐは無理だけど、なるべく早く帰るから」

「分かった。今日は?」

「このまま帰るつもりだったけど、バイクがあれじゃね……明日帰れるように手配するわ」

「そう、わかった。そろそろリビングに行こうか。理仁たちが待ってる」


 れおの微笑みに、麻紀はうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る