5.友達と幼なじみ

 れおとの話が終わって降りると、リビングではみんながソファを部屋の隅に動かして、中央に大きな木のテーブルを運び入れている最中だった。


「どうしたの?」

「うん、人数増えたから退かそうと思って」


 理仁の言葉にるかが唇を尖らせる。めぐみはそんなるかに苦笑しながら口を開いた。


「もっと大きなテーブルを持ってこないと、みんなで食事できないでしょう? ちょうど物置に昔使ってた木のテーブルがあるって言うから。ほら、今度お泊り会するって話、したでしょう?」


 るかたち同級生が来て、れおや麻紀も揃うと総勢八人になる。

 昨日はお出かけが主だったから特に不都合でなかっただけで、お泊り会となると食事する場所もおしゃべりする場所も問題になる。

 広いリビングを有効に使わない手はなかった。

 理仁と真壁が大きなクッションを抱えてリビングの床にぶちまけると、めぐもるかもさっそく好みの色のクッションを選んで座り心地を確かめ始めた。


「ほら、パティも好きなクッション選んで」

「あ、はい」


 促されてパティもクッションを拾い上げて座った。

 理仁も真壁も適当にクッションを選んで座り、木のテーブルをぐるりと五人が囲む形になった。

 パティはテーブルをしげしげと見つめた。

 八人で囲んでもお釣りが来るその大きなテーブルは、樹齢数百年は経っているであろう木を十センチほどの分厚さにスライスして切り出したままコーティングしたものだった。いびつな形ではあるが年輪もくっきり見えて、木のぬくもりを感じさせる。


「これ、すごいだろ。爺ちゃんがどっかで買い付けてきたらしいんだけど、めちゃめちゃ重たくてさ。和室に置いてたら畳が足の形に凹むんだよ」

「ああ。ほんと重たいのなんのって。途中で放り出そうかと思ったよ」

「うん、れお兄がいる時にやればよかった」

「へえ、ほんとすごいわねえ」


 るかやめぐがテーブルを持ち上げる仕草をする。パティも真似てテーブルを持ってみたが、少し力を加えた程度ではピクリともしなかった。


「うわ、すっごい重い」

「だろ? 運ぶときに手伝って欲しかったのに、お前らすぐいなくなるし」

「だって、男二人いれば十分だろうと思ったんだもん。それに物置、狭かったしさ」

「まあそうだけどよ、そっからリビングまでどんだけ踏ん張ったと思ってんだよ」

「ごめんって。お詫びにプリン一個あげるから」

「あれってめぐが作ったんだろーが。なんか誠意が感じられないんですけどー」


 拗ねた真壁に手を合わせながらも笑い転げるるかに、さらに真壁は唇を尖らせる。それが面白くてめぐも理仁も笑い転げている。ついパティも声を上げて笑った。


「めぐ、真壁がいじめるよう」

「いいじゃない、一応るかも手伝ったんだから、るか作と言えなくもないし?」


 るかが泣きつく真似をして、めぐがよしよしと頭を撫でる。


「じゃあ、明日はるか一人でプリン作ってみる?」

「えっ! いきなり明日? 無理無理っ」


 ぶんぶんと首を振るるかに、めぐはにっこり微笑んだ。


「大丈夫だって。卵割るのが下手なだけだし、何ならパティさんに卵割ってもらえばいいし?」

「何? お前卵もまともに割れねえの?」


 ぎゃははと腹を抱えて笑い出した真壁に、近くに転がっていた余ったクッション類を投げつける。


「まーかーべーっ!」

「大丈夫、特訓すればいいんだし。パティさんもどう?」


 いきなり話を振られて、笑っていたパティは目を瞬かせた。


「えっ、わたし?」

「今日三人でやったこと、忘れてないでしょ? 明日は二人で作るの。わたしは監督。どう?」


 めぐの無茶振りに目を白黒させながらもるかを見る。

 るかはといえば、目でやりたくないと訴えているが、真壁に笑われたのがムカついたのだろう。羞恥と怒りが見え隠れする。

 初めて顔を合わせてからずっと睨まれてたし避けられてたから、ひどく嫌われたなあとは思っていたけれど、昨日一緒にモールにお買い物に行って、今日一緒にお風呂に入ったせいだろうか、るかの態度はずいぶん軟化したように感じる。

 こうやって視線を合わせてくれているのもそうだ。

 声をかけるのすら嫌がってたのに、視線をあわせても目をそらされない。それだけでもずっしり重い心が気のせいか軽くなる。

 それでも、まだ名前を呼んではくれないのだけれど。

 ちょっとだけでもいいとこを見せたい。一応四歳も年上だし(すでに色々やらかして面目はないのだけれど)、断る訳にはいかない。

 それに――これもきっと大人になるための試練の一つなのだ。

 パティは小さく頷くと顔を上げた。


「……分かりました。わたしもやります」

「げっ、裏切りものぉ~」


 るかの叫びを綺麗に無視して、めぐはにっこりと微笑んだ。


「はい、承りました。じゃあ、頑張りましょうね。明日から特訓よ」

「げーっ、めぐっ、かんべんしてよっ!」

「なぁに? るか。確か、お母さまに言われてるのよねえ? この夏の間に料理の一つでも覚えてこいって。プリンなんか料理のうちにも入らないのよ? そんな調子じゃあ夏の間に包丁持てるかどうかもわからないわよ?」

「め、めぐ……目が怖い」

「だって、珍しくるかがやる気になってるんですもの、幼なじみとしては協力したいと思うのは普通ですわよ?」

「めぐ……嬉しいけど、できないものはできないからっ!」


 めぐは逃げようとしたるかの襟首を器用に掴んで逃亡を阻止する。

 仲がいいからできることだ。理仁も真壁も特に何も言わないのも、付き合いが長くて要領がわかってるからなのだ。


「……いいなあ」

「ん? パティ、どうかした?」


 左隣の理仁が声をかけてくる。パティは微笑むと首を横に振った。


「仲がいいなって思って」

「うん、僕と真壁とめぐとるかと、あと今日はいないけど遊真は小学校低学年の時からの付き合いだからね。もうかれこれ八年ぐらい」

「八年? 長いのね」

「あー、そうだったっけな。こいつのお袋さんが仕事で旅に出てからだよな。よく学校の帰りにここに寄っては暗くなるまで遊んでさ。ほら、親がいないからってんで遊び放題できるだろ?」


 真壁はニヤニヤしながら口を開いた。


「だもんだから、ここに入り浸ってた。宿題とかもここでやったり写したりしてたっけなあ」

「懐かしいわね」

「そうそう、で麻紀姉に怒られたりね。そのうち、『近所の子供が夕方近くまで帰って来なかったら藤原家うちにいる』っていうのが当たり前になってさ。近所のおばちゃんたちがよく迎えに来たよ」

「あったあった。うちのお袋も迎えに来たことあったな。夏休みとか今みたいにずーっと入り浸りでさ」

「……中学にあがってからだよな。人が減ったの。まあ、遠方の中学に行ってる奴とかもいたし、部活やり始めて遅くまで学校にいる奴も増えたから、仕方ないけどな」


 ふう、とため息をついて理仁は遠くを見た。真壁も笑顔を消して、唇を尖らせた。


「だよな。まあ、顔見りゃ挨拶くらいはするけど、遠くなっちまった感じ」

「いまだにうちに遊びに来てくれるのって、真壁と遊真、めぐとるかの四人だけだな」

「いーじゃねえかよ。四人いれば」

「そうよ、あたしたちがいつでも遊びに来てあげるから」

「……そうだな」


 理仁は口角を上げ、うなずいた。それでも内心は寂しいのだということは見て取れた。


「んじゃとっととお泊り会の計画立てちまわねーとな。遊真と色々考えてるから楽しみにしろよ?」

「ああ、任せる。てか、危ないのはなしな」

「わーってるって」


 しんみりした空気を吹き飛ばすように真壁が声を張り上げ、理人たちは笑いだした。

 この日は日が傾いて皆が帰る頃までずっと、リビングは笑い声が絶えなかった。

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