4.れおの聴取

「お、かわいいじゃんか」


 風呂から上がってリビングに入ると、真壁がにやにやしながら寄ってきた。

 理仁も目を丸くして見てる。

 着てきた服は絶賛乾燥中だった。パティは部屋に着替えがあるが、めぐとるかは持ってきていない。

 結局麻紀の服を借りることになってしまったのだ。

 適当に理仁が見繕って持ってきてくれたのだが、よりによってピンク色の綿のホームドレス。

 タンクトップとシャツ、キュロットスカートのセットもあったのに、さっさとめぐに取られてしまった。


「どうせ似合わないわよっ!」


 明日から着替えも一式準備しようと心に誓う。


「そんなことないわよ、るか。かわいい。ね? パティさん」

「はい、とっても似合ってますよ」


 二人に褒められて顔が赤くなる。


「あれ、るか? どうした。珍しい格好して」


 後ろから声がして振り向くと、リビングの入り口に兄貴が立っていた。まだ眠いのか、目が赤い。

 理仁が側に行くと、れおは目をこすりながらあくびをした。


「おはよう、れお兄。よく寝てたから起こさなかったけど、よかった?」

「あー、うん。ありがとう。朝方まで眠れなくてね。麻紀はもう帰った?」

「うん、朝早くに。あ、なにか食べる? るかたちがプリン作ってくれたんだけど」


 理仁の言葉にれおはるかを見た。


「へえー。それ、食えるの?」

「当たり前でしょうっ。めぐが手伝ってくれたんだからっ」

「あはは、まあ、期待してないけど。めぐみちゃんが手伝ってくれたんなら美味しいだろうね。じゃあ、いただくよ」

「じゃあ準備しますわね。るか、パティさん。手伝ってくださいな。ホイップクリーム乗せちゃいましょ」

「はーい」


 めぐの声にるかもキッチンに向かった。


◇◇◇◇


 よく冷えたプリンは好評だった。

 ほとんどはめぐが作ったとはいえ、自分も手伝って初めて成功したお菓子だ。先ほど温かいうちに食べたものとは味も食感も変わっていて、どちらが好みだろうと真剣に考える。

 あれなら家でも作れそうだ。……そのためには卵の割り方を訓練しないとだけど。

 とりあえず、兄貴には美味いと言わせたので良しとしよう。


「あ、パティさん」

「え、あ、はい」


 食べ終わった皿を手にキッチンに行きかけたパティに声をかけたのはれおだった。兄貴が何の用があるのだろう、とるかは振り向いた。


「実はね、僕の指導教官が猫星の成人の儀式について研究していてね。いろいろ話を聞きたいんだけど、構わないかな?」

「え、あ、はい。でも……あんまりわたしも詳しくは知らなくて、姉からの又聞きなんですけど、構いませんか?」

「もちろん。どんな情報でも構わないよ」

「あー、れお兄だけ? 僕らも聞きたいけど、だめ?」


 理仁の言葉にれおはしばらく迷っていたが、やがてきっぱり首を横に振った。


「だめだ。大人の話だから聞かせられない」

「ちぇ」

「大人の話とか、なんかやーらしいな」

「おい、真壁」

「大丈夫、そんな話はしないから」


 その言葉は理仁たちではなくパティに向けられたものだった。


「分かりました。じゃあ、上がるときにご一緒しますね」

「よろしく。……あ、今からいい?」

「え、は、はい。あの、るかさん。これ、お願いします」

「あ、はい」


 パティから手に持っていた皿を渡される。そのまま兄貴の後をついてパティは階段を上がっていった。

 二階の研究室は自分でも入ったことがない。

 何より二人きりにしていいもんだろうか、という気もする。


「るか、そのお皿持ってきて。洗っちゃうから」

「あ、うん」


 めぐに促されて皿を運びながら、二階が気になって仕方がないるかだった。


◇◇◇◇


「えっと、椅子……はないんだっけ。ごめんね。汚い部屋で」

「いえ、お構いなく」


 れおに案内された部屋は、立ち入り禁止と言い渡されているれおの研究室だった。

 資料があちこちに積み重ねられていて、ちょっと当たったら雪崩が起きそうなくらいだ。

 パティは入り口で待たされていたが、やがてれおが折りたたみの椅子を引っ張り出してきて、ようやく腰を落ち着けた。


「それで、聞きたいことっていうのはなんですか?」

「その前に、昨日の朝、下で理仁や麻紀を交えて話をしたのは覚えてるよね?」

「はい」

「事後報告で申し訳ないんだけれど、実は録音させてもらっていた」

「えっ」


 れおは頭を下げながら、腕につけた銀のプレートをさっとなでた。途端に音声が再生される。

 たしかに昨日喋った内容が再生されているが、自分の声とは思えないほどひずんで聞こえる。

 録音されて困るようなことは話していないので気にはしないが、そんな証言を録音して何か意味があるのだろうか、と首を傾げた。


「なぜですか?」

「怒らないんだね。それはそれで助かるけど……さっきも言ったけど、僕の指導教官が猫星の成人の儀式にまつわる情報を集めていてね。君を直接会わせたいけど……状況が状況だからね。せめて音声の録音をそのまま聞いてもらおうかと思って。君が嫌ならこの音声データは消すから、遠慮なく言って」

「いえ、別に構いません。それに、怒る理由がないですから」


 するとれおはほんのり微笑んだ。


「そうかい? 勝手に録音すると大抵の人は怒るもんだよ」


 パティは首を横に振った。


「それで、何をお聞きになりたいんですか? わたしの知っている情報は大してありませんけど」

「まずは君の知っている成人の儀式の内容について。あ、今日も録音するけど構わない?」

「はい、どうぞ」


 パティが頷くと、れおは腕の端末を操作した。


「緊張は……してないね。じゃあ、まず君の知っている成人の儀式について、教えてくれる?」

「はい」


 パティはれおの左腕に視線を奪われながらも口を開いた。


「あくまでこれはわたしの姉から聞いた内容なので、一般的なのかどうかはわからないんですけど……。その前に、今の猫星キャスターでの一般的な成人の儀式についてお話します」

「一般的な?」

「はい。もしかしたらご存知かも知れませんが、今は他星へ行くことは減っているんです。そういう意味合いでは、成人の儀式の意義は薄れているんだと思いますけど」

「ということは、猫星の中で完結してるんだ」

「はい。わたしの兄も姉もそうでした。他の星でなく他の国へ行き、そこで行ったと聞いています。他星に行くのはやはりコストもかかりますし、危険もあるので……ハードルが高いんです」

「なるほど。確かに猫星から地球に来るのも馬鹿にならないね」

「はい。……王族などは義務付けられてるそうですけど、一般人だと強制ではありません」

「へえ、王族ってことは、猫星は王政が残ってるのか」

「ええと、立憲君主制ですね。今は直系以外は臣下に降るので、数は少ないですけど」

「王族の成人の儀式かぁ。一度見てみたいなあ」

「えっ……見るんですか?」


 パティは目を見張った。人に見られて行うような儀式ではないはずなのに。


「まあ、それは置いておいて。話を続けて?」

「あ、はい。わたしが今回他星に……地球に来たのは、古式ゆかしい方法に則った成人の儀式がしたかったからなんです」

「ふむ。それが他星に行くやり方ってことだね?」

「はい。大昔、猫神様が他星に渡って伴侶を求めた伝説に則ったものだとか」

「伴侶……? 猫神様というのは確か猫星の神話の神様だったよね?」

「はい」

「じゃあ、君はこの星に伴侶を求めに来たわけ?」


 れおの言葉に、パティは真っ赤になって小さくうなずいた。


「そう、なりますかね……」


 実際に姉からはもっと直接な言い方をされたのだけれど。


「君、十八になったばかりだよね? なのにもう結婚するの? 猫星の人ってもしかして全員十八で結婚済みなの?」


 それを聞いてパティはあわてて両手を突き出して振った。


「いいえっ違います。現にわたしの兄も姉もまだ独身ですし、両親はともに二十四で結婚したって聞いてます。ただその……あの……」

「何? いいにくいこと?」


 れおの言葉にパティは小さくうなずいた。顔が熱くなってくるのが分かる。


「もしかしてつまり……そういう行為をする、ということ?」

「……はい」


 男は童貞を、女は処女を他星の人間に捧げる。

 それが成人の儀式だと。

 しばらく沈黙が続いた後、れおは深々とため息をついた。


「そっか。……やっぱりそっちでもそう伝えられてるのか。じゃあ、噂はあながち嘘じゃないのかもしれないな」

「え?」


 れおのつぶやきは小さく、パティがおもわず聞き返すと、れおは顔を上げてほんのり微笑んだ。


「そうか、ありがとう。実は地球でもそう伝わっていてね。僕の担当教授は本当は違うのではないか、ということを調べているんだ。だから、猫星の人と会ったらぜひその辺りの話を聞いてくるように頼まれててね。かくいう僕も以前、王族の儀式の写真というのを一枚見せられたことがあってね。それ以来興味が湧いたんだけど……そうか。そういう儀式だと見るのは叶わないよね」


 ははは、と乾いた笑いをたてるれおに、パティはますます顔を真っ赤にして縮こまった。


「じゃあ次。君はなぜこの星に来ることになったんだい? 行く星は自分で選べるの?」

「えっと……成人の誕生日になるとまず神殿からカードが届くんです」

「神殿?」

「ええ、猫神様の神殿です。そのカードを持って神殿に行くんですけど、そこで選べるんです。猫神様にお願いするか、自分で選ぶか」

「へえ。で、どっちだったの?」

「猫星を選ぶのがほとんどなので、わたしはあえて猫神様にお願いしました。そうしたら……」

「地球だった、と。なるほど」


 れおは何やら端末を引き寄せて入力し始めた。


「ところで、儀式の手配とかは自分でやるの?」

「はい。基本的にはその星に行くまでの手配がほとんどですけど。今はどの星でも猫星人わたしたちの受け入れ組織ができているので、そちらにお願いすれば滞在中のことは面倒みてもらえるとのことでした。でも、古式ゆかしい方式だと、相手は自分の足で探すのだとか。だから、わたしから受け入れ組織へは連絡してないんです」

「なるほどねえ。それも成人の試練の一つなんだ」

「そう聞いています」


 実際、移動手段のための金は自分で捻出したし、いろいろ入用なものも全て自力で揃えた。服にしろ、かばんにしろ。それも試練の一環だと聞かされていた。


「で、本来はT市に降ろしてもらうはずが、ここF市に降ろされたのはどうして? 麻紀も言ってたように、T市に降りていればすぐ本来の引受人に引き合わされるはずだったんだ」

「それは……わたしの乗った船が、予定航路を外れてF市の乗降ステーションにつけたからなんです。気がついた時にはもう船はいなくて……」

「それでか。聞いたところによると、T市の乗降ステーションでは猫星協会の人たちが式典の準備までして待ってたんだそうだ。だから、まさか君の乗った船が降りなかったなんてこと、知らなかったみたいなんだよね」


 パティは頭を抱えた。きっと、そこで華々しく迎えられる予定だったのだろう。そういうのは苦手なので回避できたのはありがたいけど、そのおかげで捜索願が出されてるとか、予想外だ。

 その上自分の不注意で理仁に怪我をさせてしまった。今のところ仙丹は効いているようで、何も問題は起きていない。一応一週間は様子を見ないとわからないけれど……。


「わたしからは連絡していないんですけど、たぶん、神殿から地球の受け入れ組織には連絡が行ってたんですね……。古式に則って、わたしの相手は自力で探すつもりでしたし、準備していたと言われても……困ります」

「まあ、分かるよ。でもこれは地球側としてはトラブルを避けるための苦肉の策だからねえ……。たぶん、協会からいずれ迎えが来ると思うからそのつもりで」

「……やっぱり無理なんでしょうか」


 しかしれおは首を横に振った。


「分からない。協会側としては、儀式に付随する特典をめぐるトラブルを回避したいだろうから、嫌な顔はされるだろうね」

「そうですか……」

「まあ、それは迎えが来てから考えてもいいと思う。で。君は理仁の番になりに来た、と言ったそうだね」


 れおの告げた言葉にパティは赤面した。


「あ、あの。……すみません」

「いや、謝ることはないよ。ただ、どうしてなのかは教えてもらえるかな?」

「いろいろ迷惑をかけたのに、理仁は迷いなくわたしを助けてくれたんです。……だから、理仁がいいなって……すみません」

「謝らなくていいよ。じゃあ、もう一つ質問。じゃあ、パティ。君は理仁をそういう対象として見られる?」

「……え」

「失礼な質問だということはよくわかってる。でも、聞かせてもらえるかな。君の覚悟を」

「覚悟、ですか……?」

「番、ということはそういうことでしょう? 儀式の相手。つまり、やることやっちゃう相手として」


 一気に血が昇って、パティはぎゅっと目をつぶった。


「その、あのっ」

「ちなみに理仁は十四歳だ」

「えっ……弟と同じ……?」

「君には弟がいるんだね。そう、理仁は君の弟と同い年だ。地球では成人も迎えていない子どもだ。……一応麻紀の不在を任されている保護者の身としては、許容できない話だ」


 その一言が胸をえぐる。パティは背中を丸めてうつむいた。


「……そう、ですよね。わかっています。でも、猫星の仙丹の効果を確認するためにも、もう少し時間をください」


 しかしれおは苦笑を浮かべて首を横に振った。


「別に、君に出て行けと言うつもりはないから安心して。それどころか、麻紀にこの家の護衛を頼んだくらいだ。まあ、守れるかどうかは別だけど。僕としては、数少ない猫星の人だから、滞在してくれる方が助かるんだけどね」

「……すみません」

「いや。僕の方こそ、いろいろ立ち入った話や失礼なことも聞いて申し訳ない。だけど、おかげでいろいろ捗ったよ。成人の儀式で地球に来た猫星人と遭遇できるチャンスなんて年に何度もないからね。君さえ良ければ本当に教授プロフェッサーに紹介したいくらいだ」

「は、はあ」

「とりあえず、今日はこのくらいで。また聞きたいことができたらお願いすると思うけど、構わない?」

「え、はい。大丈夫です」

「そう、ありがとう。助かったよ。じゃあ、またあとで。あ、理仁には晩ごはんは運んでくれるように伝言お願いできるかな?」

「はい」


 れおが差し出してきた手を握り返し、パティは腰を上げた。

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