第十三話 招かれざる客
1.招かれざる客
チャイムが鳴ったのは、キッチンでみんなでわいわい言いながら料理を作っていた時だった。
「誰か来たぞー」
奥で寝ている理仁に真壁が声をかけてるけど、よく寝てるらしくてピクリとも動かない。
「そういえば、天音さん、一度帰ったんだっけ?」
「ああ、なんか着替えてくるとか言ってたっけな」
遊真がジャガイモを剥きながら言う。るかは腰を上げた。不用心だから鍵はきちんとかけなさいと言われてかけてあるんだよね。
誰かが開けないと入れない。
「はーい」
応答して玄関に向かおうとしたら、二度目のチャイムが鳴った。そんなに待たせちゃったかな。
二階の扉が開く音がする。ちらりとそっちを見ると、兄貴が手すりから顔を出していた。
「るか」
「お兄ちゃん」
「客か? 降りるから待ちなさい」
「え? でもたぶん天音さんだよ?」
とんとんと階段を降りてくる音がする。三回目のチャイム。何だろ、なんか苛々してるみたいな押し方。
「はいはい、開けますってば」
「るか!」
れおは階段を駆け下りるとるかの腕を強く引っ張った。
「なにするのよっ」
「るか」
両手首を強く掴まれて身動きできない。顔を上げると、兄貴は周囲をちらりとみて玄関の方をにらみつけた。
「るか。忘れてるだろう。……ここにはパティがいるんだぞ。簡単に扉を開けるなと天音にも言われただろう?」
「あ……で、でも、天音さんが戻ってきたんじゃ……」
「もしそうなら電話入れてくれるはずだろう? 忘れたのか?」
れおの言葉にるかは目を見開いた。そうだ。何が起こるか分からないから、とにかく戸締りは厳重に、家から出た人が戻ってきた時には必ず電話をする。そう取り決めたんだった。
「じゃあ、これはだれなの……?」
「……嫌な予感が外れてくれてることを祈るけどな。お前はキッチンに戻れ。すぐ麻紀と親父と天音に連絡入れろ。コールがつながらなかったらメールしろ」
「う、うん、わかった」
兄貴に背中を押されてようやく歩き出す。足に力が入らなくて壁づたいにキッチンの扉を開けたところで真壁が出てきた。
「なんだよ、客じゃねえのか?」
玄関の方を見て、るかの方を見たとたん、真壁はるかの腕をつかんだ。
「おい、大丈夫か? 顔真っ青だぞ」
「だい、じょうぶ。それより――」
連絡しないと、と言いかけたところで、玄関の方ですごい音がした。ガラスが割れる音とともに、れおの「中に入れ!」という声が耳に飛び込んでくる。
「お兄ちゃん!?」
「おいおい、なんだよなんなんだよっ」
キッチンから遊真もめぐも飛び出してきた。パティが出て来そうになったから、めぐをひきとめてパティだけはキッチンから出ないように押し込んで、るかもめぐもキッチンに戻った。扉を内側から抑え込む。中の様子が見られないように、明かりも全部消した。
「るか、はやくおじさまに連絡して!」
めぐに言われてるかは慌てて腕の端末を叩いた。でも何回コール音が鳴っても出てくれない。
「なんでこんな時に限って出ないのようっ」
泣きそうになりながらも何度もトライする。となりでめぐが話しだした。相手は天音さんらしい。
「るか、天音さんがすぐ来るって」
「うん、ありが――」
「れおさんっ!」
真壁の声が耳に届く。兄貴に何かあったの? と言うか、何が起こってるの? 誰が来たの?
心臓がばくばく言ってる。
父親を見限って麻紀さんにコールを入れる。
三度目のコールでいきなり接続を切られた。そうだ、仕事中って言ってた。来られるはずない。
扉の向こうでまだどたばたやってるのが聞こえる。でも、聞こえてくるのは真壁の声ばかり。つかまったんだ、離せとかわめいてる。
「めぐ……」
めぐは眉間にしわを寄せてるかを見つめた。
「いい、るか。とにかく天音さんが来るまで持ちこたえるわよ。リビングの方の扉、ソファで埋めといて正解だったわね」
「あ、うん」
「パティさんも。……大丈夫、みんなすぐ来てくれるから」
「……はい」
パティは真っ青な顔をしてキッチンのテーブルの下に潜り込んでいる。よほど怖いのだろう。
そんな彼女たちの希望を打ち砕くように、冷たい声が聞こえてきた。
「開けたまえ」
聞いたことのない声だった。
きっと大人の男の声。れおよりは年上の、でも人に命令するのに慣れてる感じのする、冷たい声。
「そこにいることは分かっている。……迎えに来た。出てきたまえ、猫星(キャスター)の娘よ」
るかとめぐは顔を見合わせ、同時にパティを振り返った。
本当に迎えが来た。……どうしてこんなタイミングで?
パティは机の下でガタガタ震えていたが、迎え、と聞いて顔を上げた。
「迎え……」
「パティ、だめ!」
「だめだよ、こんな横暴な迎えなんか本当の迎えじゃないよきっとっ!」
「でも、迎えが来たのなら、わたしは行かないと」
「だめだってばっ。何されるか分かんないよっ?」
テーブルの下から這い出てきたパティは、ぺたりと床に座り込んだ。
「まだかね? できれば手荒な真似はしたくない。おとなしく出てきてくれると助かるのだが」
立ち上がって出て行きそうになるパティをるかとめぐは抱き着いて止める。
「だって、夏祭り行ってないんだよっ! カレーも作りかけだしっ、肝試しも行ってないっ!」
「るか……」
「るかさん……めぐさん」
「わたしも反対よ。相手が本当にパティさんの迎えかどうかわからない限り、行っちゃダメ」
でも、と口ごもるパティの耳はすっかりへにゃっと倒れて、しっぽもだらりと垂れ下がったままだ。
せめて天音さんが来るまでは持ちこたえたい。……扉の向こうで兄貴と真壁、遊真がどうなってるのか、気にならないわけじゃない。でも、今出て行ったところで何にもできない。
それなら籠城してる方が絶対にいい。
「仕方がない。手荒な真似はしたくないのだがな……」
そんな冷徹な声が聞こえて、るかとめぐが扉の方をにらみつけた時。
奥の方でごそごそ動く音がした。
――だ、誰かいるっ?
まさか、どこかから潜り込まれたの? 音のした方は縁側で、すぐ外は中庭だ。そっち側の窓を破られたらすぐ入られてしまう。もしかして、鍵をかけ忘れたところがあったのかも。
暗くなった人影がゆらりと立ち上がったのがわかった。真壁よりも背が高い。
すぐそこに人がいることを警告したいのに、るかの喉はすっかり干上がって、声が出てこない。
その人影は、るかたちには興味がないようで、まっすぐキッチンの扉に向かっていた。
「ちょっとっ……」
扉の前に立ちふさがったところでようやくめぐが気が付いて声を上げた。が、ちらりとこちらを見たその人影に息をのむ。
確実に、家の中にいなかった人物だ。こんな背の高い人、知らない。外で護衛に当たっている麻紀の知り合いにもいない。
人影はキッチンの前に置いたものを撤去すると扉をあっさり開けた。
そして。
「なんだよ、どこの客だよ、うるさくて眠れないだろうが」
どすの利いた低い声で扉の外にいた『招かれざる客』を一喝した。
パティと十四の夏休み と~や @salion_kia
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