5.プールの後で

「疲れたぁ」

「もう、動きたくない……」


 部屋になだれ込んで、クーラーの下に伸びたのは僕と遊真。


「だらしねぇなぁ。あの程度で」

「全くだ。お前たち、鍛え方が足りん」

とキッチンで腰に手を当てて仁王立ちしながら牛乳を一気飲みしてるのは真壁とるかのお父さん……早瀬のおじさん。

 おじさんはといえばすっかり日焼けじゃなくて酔っぱらって顔が赤い。まあでもパティの護衛としては十分働いてたんじゃないかと思う。

 僕が見ていた限りでは、女性陣だけでパラソルを占領してるとナンパ目的の男連れがすぐ寄って来てたけど、横におじさんがでろんと座ってるだけでそういうやつらは寄ってこなくなった。

 それに遊真のお姉さん。天音さんもきっちりパティを守ってくれた。僕らが監視員に叱られてる時も気になってちらっと見てたけど、パティやめぐとずっと一緒にいてくれた。

 大人が二人いるだけでずいぶん余裕ができた。

 だから、こってり絞られた後はパティやめぐ、れお兄や遊真たちとも一緒に泳いだり、かき氷食べたり、スライダーで滑ったり存分に遊ぶことができた。

 おじさん? もちろん、最初にこれと決めたパラソルの下から動かなかったけど、天音さんがずっとついてきてくれたしね。

 それに、帰りのタクシーで天音さんがこっそり教えてくれたんだけど、おじさんのほかにも何人も、非番中のおじさんの部下がプールにいたんだって。天音さんが「それ知ってたら来なかったのに」っていうぐらいいっぱいいたらしい。女の人もいたとか聞いた。

 それを聞いたのは僕だけだったけど――パティを外に連れ出すだけで、そんな大事になるとは思っていなかった僕らが甘かったんだと再認識させられた。

 やっぱり今からでもお出かけは減らした方がいいんじゃないか、と思いはじめた時、天音さんに頭をぽんぽんと叩かれた。


『君たちは何にも心配しなくていい。……早瀬のおじさまもあたしも、パティちゃんを含めたみんなの笑顔を守りたくて勝手にやってることだから。ね?』


 そんな風に言われて、ぐっと来ないはずがない。

 きっと、れお兄や麻紀姉が頼んでくれたに違いない。

 僕は、泣くのを必死で堪えながら、ありがとう、と何とか伝えることができた。


「えっと、このあとは晩御飯食べて、肝試しね」


 めぐが端末のモニターを開いて予定を確認してるのが見える。

 晩御飯はカレーだ。みんなで作ることにしてる。そのあとの肝試しは早瀬のおじさんと、天音さん、れお兄も一緒についてきてくれる予定だけど、おじさんは一度家に帰るらしい。


「じゃあ、後でな。れお、頼むぞ」

「うん、わかってる。後で連絡する」


 キッチンの戸口で二人がやり取りしてる。手を振るおじさんに僕らも手を振ると、足音は玄関の方へ向かい、扉の閉じる音で途切れた。


「めぐ、麦茶くれる?」

「ああそうね。みんな飲む?」


 飲む、と口々に答えると、るかがグラスの麦茶を持ってきてくれた。

 テーブルに置かれたガラスの茶器は、すでに汗をかいてしずくが垂れている。エアコンをガンガンに効かせても今日は暑い。


「理仁、ご飯できるまで寝てていいよ?」


 すぐ横に座り込んで麦茶を飲んでいたるかが僕の顔をのぞき込んでることに、声をかけられるまで気が付かなかった。


「え? そんなひどい顔してる?」

「うん、朝もひどかったけど、泳いだせいじゃない? すっごく眠そう。目が半分閉じてる」


 そんなにひどいのかなあ。言われて向かいに座っていた真壁と遊真に視線を向けると、二人とも頷いた。


「お前、時間いっぱい泳ぎまくってたもんなあ。昨夜寝不足だったんだろ? 今日はまだイベントがあるんだから、寝てろよ」

「その方がいいよ。晩御飯なら、僕らでも作れるだろうし」

「それは悪いよ。それに、遊真……」

「いいんじゃない?」


 慌てて首を横に振ると、キッチンから声が飛んできた。

 視線を向けると、すでにエプロンを装着済みのめぐとパティ、それから天音さんが仲良く椅子に座ってお茶をしてる。れお兄は、と思ってぐるりと見回したけど、おじさんを見送ったあと二階にでも上がったのか、キッチンにもリビングにも姿はなかった。


「そうだよ、理仁はいつも飯作ってくれてるし、今日はわたしたちだけで作るよ」

「るか」


 任せて、と言いたいのだろう、隣に座るるかは胸を張ると精一杯微笑んで見せてくれる。

 卵一つ、まともに割れなかったのに、ずいぶん自信が付いたんだな。これもめぐの特訓のたまものだと思う。

 くるりと見回して、その場にいるみんながうなずいてくれる。

 なんか、僕だけ何にもしないのって気が引けるけど……。


「いいの?」

「いいに決まってんだろ。寝とけ寝とけ」


 真壁の答えにみんな同意してくれる。


「ごめんね、じゃあ、少しだけ。カレー、楽しみにしてる」


 ころりと横になると、誰かがタオルケットをかけてくれた。それが誰なのか知りたくて目を開けようとしたけど、やっぱり瞼が重くて持ち上がらない。

 体の節々も痛いけど、きっと久しぶりに泳いだせいだ。

 エアコンの柔らかな風とタオルケットの肌触りに飲み込まれて、僕はあっという間に意識を失った。

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