2.第一報
「何……」
一報を受けたユージーンは
耳から入ってきた情報がぐるぐる頭の中をめぐる。
携帯端末からはまだ声が聞こえてくる。
震えそうになる手を抑えてなんとか端末を拾い、応答して電話を切ると、ユージーンは顔を上げた。そこには心配そうに顔を覗き込んでくる妻の顔がある。
「あなた、どうかしたの?」
何でもない、と言いたかった。だが、何でもないはずがない。
「パティが……行方不明だと」
息を呑む音。妻の顔がみるみる涙顔になっていく。
ユージーンは震える妻を落ち着かせようと抱きよせた。いや、それは詭弁だ。自分の震えを抑えるために妻のぬくもりが欲しかったのだ。
「父上、それは本当ですか」
ネレイスの声にユージーンははっと顔を上げた。
ミーシャの誕生パーティーが終わって、リビングでくつろいでいたのだ。論文の続きを読むと部屋に上がったシーリーンと、プレゼントを楽しみたいからとさっさと上がったミーシャがこの場にいないのだけは幸いだった。
定時連絡がなかったから問い合わせてはいたのだ。
「ああ……受け入れ先のファミリーから不着の連絡があったそうだ。向こうの警察で捜査中とのことだが、詳細はまだ伝わってきていない」
それを聞いてネレイスはソファから立ち上がると携帯端末を操作してどこかに電話をかけ始めた。
「夜分にすみません、先生。少しお願いしたいことがありまして……」
おそらく雇い主であるティグレに掛けているのだろう。ティグレは曲がりなりにも政治家だ。彼の伝手を頼るのが一番確実だ。古い友人に借りを作りたくはないが、そんなことは言っていられない。
キアラはさっと席を立つと部屋に戻り、ジャケットとかばんを手に戻ってきた。
「キアラ、こんな時間にどこへ行くつもりだ」
「社長に直談判して船出してもらう」
「待て、俺も行く」
電話を終わらせたネレイスはそう言うと急いで二階に上がるとスーツと黒いかばんを手に降りてきた。
「父上と母上は家にいてください。誰もいなくなったら連絡が取れなくなりますから」
「俺も……」
行く、といいかけたユージーンにネレイスは首を横に振った。
「母上を一人にはできません。それに、シーリーンとミーシャが不安がります。父上、車を借ります」
「あ、ああ……」
「え……え、わかったわ。あなた達も気をつけて。無理はしないで」
二人を見送ったあと、ユージーンはため息をついた。
「こんなことなら、船の手配ぐらい俺がすればよかった……」
「あなた……」
「いや、そもそも成人の儀式なんて許さなければっ……」
ぎゅうと妻が抱きついてくる。言っても詮無いことだとわかっていても、言わずにはいられなかった。
ひとしきり嘆いたあと、妻がふと顔を上げた。
「あなた、シーリーンとミーシャには……」
「しばらくは黙っておこう。……余計な心配は掛けたくない。せっかくの誕生祝いの日なんだ」
「ええ……そうね。部屋へ行きましょう。ここにいたらあの子たちに見つかるわ」
「ああ」
妻の手を借りて立ち上がると、ユージーンは泣きそうな自分を歯を食いしばって耐え、部屋に戻った。
両親が部屋に篭ったのを聞き届けて、ミーシャはそっと階段を引き返した。バタバタと駆け上がって駆け下りて行った足音を訝しんでこっそり後をつけて階段の影から覗いていたのだ。
兄が降りていったあとの会話しか聞こえなかったが、何かが起こっているらしいことは分かる。
しかも、兄と姉が慌ただしく家を出ていき、両親が憔悴して部屋に戻ったのを見て、由々しき事態が起こっているに違いない、とミーシャは悟った。
自分の部屋の向かいは賢い次兄――シーリーンの部屋だ。
音を立てないようにそっとノックすると、すぐに応答があった。
「入っていいよ」
扉を開けると、部屋の照明は半分くらいに落とされ、シーリーンの座っている机のあたりだけが煌々と明かりが付いている。
「シー
「ちょっと待ってて」
いいかけたミーシャを制止して、次兄は表示していたデバイスの画面を全て終了させ、机から立ち上がるとミーシャのところまでやってきた。
「何?」
二歳年上の兄はすでに高等学校を卒業し、大学に通っている。自分とは頭の出来が違うせいなのか、あまり感情を露わにしない。今だって、ミーシャは内心泣きそうなのに、シーリーンはいつもの顔で目の前に立っている。
それが今日に限っては癇に障った。
「……どうしてシー兄はいつもそうなの?」
「何が?」
「怖いとか苦しいとか、嬉しいとか悲しいとか感じないの?」
「……何があった?」
こんなことで詰ったことのない妹の変化を察したシーリーンは妹の言葉にそう反応する。
ミーシャは頭を振りながら、口を開いた。
「なんかあったみたい。イス
「それから?」
「船の手配がどうのとか、成人の儀式がどうのとかって……ねえ、パティ
声が震えた。ミーシャは体の前で震える手を握りあわせた。
「……父上がそう言ったの?」
兄の言葉にミーシャは頷いた。
「そうか。わかった。僕は大学の知り合いに聞いてみる。ミーシャは部屋にいて。……一人でいるのが嫌ならそこに座ってていいから」
「わ、わたしにできること、ない?」
「……パティ姉の無事を祈ってて。今日生まれたミーシャの祈りなら、猫神様も聞き届けてくれるに違いないから」
「うん……わかった」
シーリーンはミーシャをベッドに座らせると、机に向き直って端末を立ち上げた。忙しく手を動かす兄の背を見ながら、ミーシャは姿勢を正して祈りはじめた。
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