3.第二報

 二人は朝になっても帰って来なかった。

 一度だけキアラからメールが入ったが、あまり状況は芳しくないらしい。

 残る二人の子どもたちは、今日と明日が丁度休みだったこともあり、二階でおとなしくしている。

 シーリーンが部屋から出てこないのはいつものことだが、友達も多く、誘いも多いミーシャが一緒に部屋の中にいるというのは珍しいことだ。

 もしかしたら、何かを察知していたのかもしれない、とあとになって気がついたが、当時のユージーンたちには思いも至らなかった。

 ユージーンもあちこち心当たりに電話をしたりしてはいたが、妻を慮って家を空けるということはしなかった。

 重々しい空気の中、夕刻になって長男が帰ってきた。

 昨夜飛び出していった格好のままで、髪の毛もボサボサだ。普段は政治家の二枚目秘書として家の外ではきりっとした姿しか見せないのに。

 クラウディアが迎えに出ると、ネレウスは弱々しいながらも頷いた。


「パティを乗せた船が見つかった」

「本当かっ」


 後ろにいたユージーンがおもわず声を上げ、あわてて声のトーンを落とした。下の子二人がこもっている二階の部屋までは声は届かないはずだが、部屋から出てきていないとも限らない。


「俺の部屋で話そう。ディア、何か飲むものを持ってきてくれ」


 妻をキッチンに送る。書斎に入るなり、長男は振り返った。


「今、特捜課が船主の企業と個人宅の家宅捜索を行ってる」

「なんだと?」


 特捜なんてものは普通の捜査などには出てこないと聞いている。とすると……。


「パティは犯罪に巻き込まれたのか?」


 しかし長男は首を横に振った。


「いや、運行していた星間定期ラインのクルーや社員たちから内部告発タレコミがあったんだそうだ。奴隷的労働の強制で」

「なんてこった……パティは知らずにそんな船に乗ったのか……」

「地球方面の定期ラインの業務日誌と航宙レコーダーの分析待ちだけど、本来の寄港地と違う場所に降りた可能性があるんだ」

「なんでそんなことに」

「宙港使用料が安かったから」


 ユージーンは唇を噛んだ。


「おまけにその船の運用はまるごと下請け会社に投げてて、実際に運行していたのは許可を持っている企業とは縁もゆかりもない派遣の自由航宙士フリーランスの寄せ集めで、保険や一切の手続きがされてなかった。運行にギリギリの金額しか支給されなくて、宙港使用料は彼らが負担させられていたんだ」

「だからこんなことに……クソッ」

「その他にもいろいろな法令違反が発覚してね。たぶん運行許可の取り消しだけじゃ済まないだろうね」

「当たり前だっ!」


 ユージーンは絞り出すように唸った。

 パティには成人の儀式にかかる費用を十分渡してある。そんなモグリのような船をわざわざ探さなくても普通の定期便に乗れたはずなのに。


「なんでパティはそんな船を選んだんだっ……」

「ネットで予約したらしい。格安チケットの売り文句に飛びついたんだろう」


 無事戻ってきたら一年はネット禁止だ。当分は外出も禁止だ。


「その他には? 受け入れ先のファミリーからは何か言って来ていないのか?」

「向こうでの捜査も進捗が思わしくないらしい。受け入れ先の桜橋家からは丁寧な謝罪文が届いてた。パティが見つかったらあらためて謝罪に来ると言っていた」


 ユージーンは眉根を寄せた。向こうの家にたどり着く前に行方不明になったのだ。もともと着く予定だった場所に降りれなかったのも、こちらの責任であり、向こうの責任ではない。

 無事に送り届けるまで、やはり誰かをつけるべきだったのだ。

 だが、成人の儀式とはそういうものだ。

 全てを自分一人で手配して、一人で行って帰ってくる。それ自体が儀式の一部であり、本来は親が手出しをしてはいけない部分だ。

 わかっている。

 わかってはいるが、それでもやはり親としては無事を祈り、できるだけ安全な道を準備してやりたいものなのだ。

 実際、最近の例では執事とメイドをつけ、現地のガイドを雇って船も用意する親が後を絶たない。

 それはパティが嫌がった。やるならばあくまでも古式ゆかしい手続きで、とこだわった。


「向こうは諸々わかっている上で言っているらしい。曰く、遠路はるばる地球まで来てくれたのだから、そこから先は我々の責任だ、と」

「そうか……」


 その心意気がありがたかった。

 地球はあまり危険の少ない星のひとつだ。だから、安心して送り出せたのだ。

 ソファに深く沈む父親に、ネレウスは眉根を寄せた。


「俺、これからもう一度出る。キアラから呼ばれているんだ」

「お前、昨夜から寝てないんじゃないのか。少しは休め」

「そういう父上だって、目の下真っ黒だよ。……こんな時に父上に倒れられたら困るのは母上なんだから、休めるときに休んでおいて」

「……ああ」


 妻のことを持ち出されてユージーンは言いたい言葉を飲み込んだ。昨夜まんじりとも出来なかったのはディアも一緒だ。それでも、子供たちや夫に食事を作り、掃除をし、洗濯をし、忙しく働いて体を休める暇もない。

 もしかしたら忙しくすることで考えることをやめているだけなのかもしれない。

 だとしたら、休ませなければ。


「わかった。……ディアと少し休むよ。何かあったら連絡してくれ。無理はするな」

「わかってる」

「キアラにも言っておいてくれ。……あの子はパティをかわいがっていたからな」

「うん。じゃあ、行ってくる」


 車は借りるね、と長男は言い残して部屋を出た。

 入れ違いにお茶を手に入ってきた妻に一通りの説明をすると、クラウディアはため息をついた。


「ともかくお前も休め」

「でもあなた、シーリーンたちが」

「大丈夫だ。伝えておく」


 しばらく妻は悩んでいたが、隣に座らせて抱きしめ、髪を梳いているうちに体をユージーンに預けて寝息を立て始めた。

 よほど気を張っていたのだろう。そっと抱き上げても目を覚まさない。

 そのまま寝室へ運ぶと、ベッドに横たえた。

 二階でこもっているであろう次男にメッセージを打つとユージーンも妻の隣に滑り込み、やがて襲ってきた睡魔に意識を手放した。

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