パティと十四の夏休み
と~や
第一話 未知との遭遇(7/21~23)
1.遭遇
その日は図書館で予約していた本が返却されてきたと連絡が来て、僕は自宅からフライボードで町外れの図書館に向かっていた。
今時紙の本なんて珍しいんだけど、僕が読みたかった本は電子化されてない。
過去出版された本なんか、全部電子化しちゃえばいいのに。
ほんと、めんどくさい。
あちこち探してようやく見つけた図書館は私設図書館らしくて、貸し出しも二週間までと短めだ。
足先だけで微妙なバランスを取りながら、街を抜ける大通りのカーブを抜け、フライボードのスピードを上げる。
ちょうど昨日から学校は夏休みだし、今日から
帰ってくるのは明後日の夜。
夜遅くまで本を読んでたって怒る人は誰もいない。
嬉しくなってフライボードの高度をもう少し上げた。少し手を伸ばしたら信号機に届きそう。
本当はこんなスピードでこんな高度を飛ぶのは違反だ。
地面から三十センチ以上浮いちゃいけませんとか、そんなのつまらない。
僕が乗れるフライボードは免許の要らない子供だましだけど、スピードも高度も改造したら簡単に制限解除できる。
今の僕は地上一メートルのあたりをエアバイク並のスピードで飛んでいる。
これだけのスピードを出してても落っこちる心配がないのがフライボードの売りだ。
体の重心をセンサーで感知して、自動で重心バランスを取ってくれる。
フライボード自体が重力発生機にもなってて、百八十度ひっくり返ってもフライボードから足は外れない。
だからこそ、未成年の僕でも安心して乗れる乗り物なんだけど。
って、そんなことはどうでもいいや。
こうやって風を切って飛ぶ感覚が僕は好きだ。
街外れまで来ると、路面が変わる。ここまでくれば図書館は目の前だ。
慣れた道、と左腕につけた細い腕輪に触れた。
そういえば腕輪の最新デザインがどうのって
二十センチ四方の立体モニタが視界に表示される。
メールの着信アイコンが点滅してる。その横の3Dメッセンジャーに着信マークがついてた。
そういえば、行きがけに
「きゃーっ」
女の子の声が降ってきた。
と同時にがつんとすごい衝撃を受けて、目の前が真っ暗になった。
ああ、前方不注意で違法フライボードで事故って十四歳死亡、とか新聞に書かれるんだろうな、とか体が吹っ飛んでる間、考えてた。
短い人生だったなぁ……。
そんなことを考えながら、僕は気を失った。
◇◇◇◇
「ごめんなさいですぅっ!」
どれぐらい気を失ってたんだろう。それともこれは死後の世界だろうか。
だとしたら、可愛い天使が迎えに来たんだろうか。
視界いっぱいに女の子の顔が見える。ぼろぼろ泣きながら、ひたすら謝ってる。
茶色と言うには赤すぎる髪の毛はぐりんぐりんに波打ってて、その向こうに三角の山が二つ、ぴこぴこ動いている。
「わ、わたしっ、道に迷ってっ、高いところから見たら分かるかと思ってっ、登ったら足滑らしちゃってっ、そしたら君がいてっ」
三角の山がやっぱりぴくぴく動いている。
こういう動きをするものを、僕は見たことがある。
犬や猫の頭についてる、三角の――。
「あの、大丈夫ですか? えっと、誰か呼ばきゃっ」
耳のある天使はわたわたと何かを探していたが、四角いものを取り出して耳に当てた。
「あ、姉様? あの、どうしよう、人を巻き込んじゃって……うん、目は開いてる。呼吸は……してるみたい」
誰かと話してるみたいだ。僕の口元に顔を寄せて来た時、ふわっといい匂いがした。
なんだろう、ストロベリーの香りだ。美味しそうな匂い。
「うん、わかった。救急キット使う。ありがと」
四角いものを耳から離して、彼女は何かを探し始めた。
横を向いた彼女の頭にはやっぱり三角の耳がついてる。ぴこぴこ動いてる。本物だろうか。作り物だとしたら良く出来てる。
そういえば、あの四角いものは顔の横にある耳に当ててた。頭の上のそれは飾りなのかもしれない。
そんなことをぼーっと考えてたら、彼女が僕の胸元に手を伸ばしてきた。
何をされるのか分からなくて、僕は体をよじって逃げようとして――初めて知った。
体が動かせない。
声を出そうとしたけど、声も出ない。
フライボードから放り出されたショックでどっか打ったのかもしれない。
僕はこのまま……?
「ごめん、ごめんね」
彼女の手が何をしてるのかわからないけど、彼女が一生懸命謝ってるのは聞こえた。
目覚めた時、ぽたぽたと降っていた雨は、彼女の涙だった。
彼女の顔が視界に戻ってきた。
よく見ると、僕よりは年上の人みたいだ。そう思うとピンク色の唇が妙に色っぽく見えてくる。
その唇が僕の視界を横切って額に押し当てられたのが分かった。柔らかい。
「ごめんね」
そう聞こえたあと、全身にずどんと衝撃が走った。目の前が真っ白に飛んで――僕はまた気を失った。
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