第四話 るかとれお(7/23~24)
1.葛藤
「あら、あんたもう帰ってきたの?」
玄関で脱ぎにくいサンダルと格闘してると母親が顔を出した。
るかは黙ったままサンダルを何とか脱ぎ捨てるととっとと階段を駆け上がる。
とにかく今は誰とも喋りたくなかった。
いろいろな気持ちがないまぜになって、頭がぐちゃぐちゃだ。
口を開いたらわけのわからないことを口走ってしまいそうで、口を引き結ぶ。
ベッドに体を投げ出して、うつ伏せになって目を閉じる。
もう何も考えたくない。
考えたってろくな結果にならないもの。
誰かが上がってくる足音がして、扉がそっと開いたのが分かった。
ベッドのマットレスが沈む。
「理仁くんと喧嘩でもした?」
母親の声だ。
るかは声を出さず、うつ伏せのまま首を横に振った。
「じゃあ、悲しいことがあったのね」
「わ……」
るかは続く言葉を紡げず、唇を噛み締めた。
温かい手が背中を優しく撫でる。
悲しいのだろうか。
ソファに五人が座ってるのを見た時、自分の居場所がなくなったような気がした。
でも、悲しい、のかな。
この感情、分からない。
明日も来いって言ってくれて、嬉しかった。
理仁にとっては兄貴と会えることのほうが嬉しいんだと思った時、胸が痛かった。
あの猫娘と喋ってる理仁を見た時も。
馬鹿理仁。
人のことはよく見てて、誰かが調子が悪いのとかすぐに気がつくくせに、自分に向けられてる好意だけ鈍いんだから。
なんでこんなに辛いんだろう。
苛々する。
チクチクする思いを、背中の暖かな手が拭い去って行く気がする。
「るか、お昼食べてないでしょう? おにぎり持ってきたから、お腹空いたら食べなさいね」
こくんとうなずくと、優しい手は頭をなでてから離れていった。
考えても分からないことは、忘れてしまえばいい。一眠りしたらきっと、忘れられる。
るかは考えることを放棄した。
◇◇◇◇
目が覚めたのは午後三時前だった。
起き上がると頭がズキズキする。考えすぎたせいかな。
顔を洗って鏡を見ると、やっぱり目の周りは赤くなっていた。眠ってる間に泣いたのかもしれない。あとで蒸しタオルしないと。
こんな顔見せたら兄貴はきっと死ぬほど心配するに違いない。
お腹は空いてたから、置いてあったおにぎりとお茶を食べた。
宿題も終わらせてたから、今日はもうやることはない。
ゴロゴロしててもいいんだけど、三時間後には迎えに出かけるし、何となしに腕の端末をみたら、着信とメッセージが山ほど来てた。
そのうち四つはヴォイスメールだ。
遊真、めぐ、エロキング、理仁。
開くのが怖い。
でも、明日も行くのなら、読まなかった理由をつけられない。
一番古いメッセージを開く。
めぐからだった。
『るか? いきなり帰っちゃうなんてどうしたの? お腹壊した? みんな心配してるよ?』
めぐの声は本当に心配してるのが分かる。
そういえばめぐにもなんにも言わなかったっけ。
あとでごめんって言っとかなきゃ。
『うぉーい、どうした? 悪いもんでも食ったか? それとも腹出して――』
ブチッと途中で再生停止。
どーせエロキングはろくなこと言ってないだろうし。
『こんにちは。早瀬さん、大丈夫? 急に帰ったって聞いてびっくりしたよ。明日も今日と同じ時間に集合ってことになったから、体調がよいようだったら来て。待ってるからね』
遊真のメッセージで、明日も集まることになったことを知る。
兄貴が帰ってきたから明日のスケジュールなんてたてようもないのに。
みんなに要らぬ心配をかけてしまった。
理仁はるかが帰った理由をお腹を壊したということにしたらしいのは読み取れた。
『るか、ちゃんと帰れた? 送っていけばよかったね、ごめん。あと、れお兄のこと、教えてくれてありがとう。れお兄、麻紀姉には連絡入れるくせに、僕には教えてくれないんだ。えっと、れお兄の予定があうようなら明日一緒に来てくれると嬉しいな。今日はろくに話せなかったし。パティの話もるかに――』
パティの名前が来たところで止めてしまった。
理仁からのメッセージ、嬉しかったのに。
パティの名前なんか聞きたくなかった。
やっぱり……一寝入りしたぐらいじゃ忘れられない。
「開かなきゃよかった……」
るかはつぶやくとメッセージを閉じた。
他のメッセージはどれもショートメッセージで、エロキングからはみんなの変な顔した写真が、遊真からは空の写真が送られて来ていた。
めぐは時々コール入れてくれてたらしくて、繋がらないと心配したメッセージだった。
理仁からは、明日の予定と、ごめんと一言だけのメッセージ。
「理仁らしいや」
くすっと笑って、るかは腕の端末を操作すると、Vサインをしてにかっと笑った顔を撮影した。
それから、画像に『復活!』って落書きをして、全員あてのメッセージに添付して送る。
暗く落ち込んでたって仕方ない。
悩んでも仕方ないことは悩まない。
今やることを、今やれることをやるだけだ。
「さ、お風呂入って着替えなきゃ」
足取り軽く階段を降りていくるかは、いつもの笑顔を取り戻していた。
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