2.本とデバイスと
「
パティの出してきたものは、黒くてのっぺりした板状のものだった。これがどうやら猫星で使われている通信用デバイスらしい。
僕は断って手に取ると、じっくり眺めた。ガラスなのかな、端末の表面はつるつるだ。
「へえ、こんなの使ってるんだ」
遊真も手元を覗き込んでくる。一昔前に地球でも使われていたスマートフォンとかいうデバイスに似ている気がする。腕に装着するタイプが一般的になってからあっという間に廃れたらしいけど。
「スマートフォンに似てるけど、たぶん違うんだよね? テクノロジーは猫星のほうが断然進んでるから、こんな小さいのでもいろいろできるんだろうなあ。……分解してみたい」
「おいおい、遊真。物騒なこと言うなよ。パティは困ってるんだから」
ちらりと見上げると、パティは眉根を寄せて苦笑している。
「で、その充電パックってどんな形のもの? スペックとか形状とか、使い方とか教えてもらえないかな」
目をキラキラさせた遊真がデバイスから目を離さずに尋ねる。あー、スイッチ入っちゃったな。
「えっと、これくらいの……あ、何か書くものありませんか?」
「ああ、これでいい?」
紙とペンを渡すと、パティは絵を描き始めた。それからデバイスの一部をスライドさせて空になったパックを取り出した。
「地球にある素材なのかわからないですけど……」
差し出されたパックを受け取ると、遊真は舐めるように見廻した。
「へえ、バッテリーパックみたいなもんかな。これって使い切りなんだ」
「あ、いえ、本当は専用の充電器で充電して使うんですけど、地球の規格とは合わないって聞いたから持ってきてないんです。それ一つで一週間は持つんですけど、準備してた替えのバッテリーパックがなくなっちゃって……」
「ふぅん、やっぱりそうなんだ。充電器ってことは電気だよね? 変換器作ればなんとかならないかなあ。地球にいる猫星の人たちはどうしてるんだろ? それとも僕らと同じ腕輪型の端末使ってるのかな」
「わかりません……」
「うーん、あのモールにもないかもしれないなあ。この辺りは猫星の人少ないし……T市まで行けばそういうアイテム扱ってる店もあるっていうけど。ネットで探してみるよ。……本当は家の端末使ったほうが早いんだけど」
遊真はいそいそと腕の端末を開いて検索を始める。いつもはすました顔の遊真が嬉しそうに口角を上げている。こうなるとしばらくは周りのことに全く気がつかなくなる。
僕はパティに向き直った。
「れお兄には話してあるんだっけ?」
「はい、昨夜。麻紀さんにも頼んで下さるそうです」
「そっか。……それにしてもれお兄、今日は来ないのかな」
時計を見上げると、もう昼前だ。いつもきっちり十時に来るのに。何かあったのかな。るかも来てないし。
るかにメッセージを入れたけど帰ってこない。昨日の流れから、今日はパティと二人でプリンを作るはずだった。めぐももうエプロンに着替えて準備万端なのに。
腰を上げてキッチンに行くと、めぐが不安そうな顔をした。
「理仁くん、るか来ないの?」
「うん、さっきからメッセージ入れてるんだけど、反応ないんだよ。読んだ風でもないし」
「ちぇー、つまんねえ」
真壁がキッチンのテーブルに突っ伏した。そういえば真壁、何かことあるごとにるかに突っかかるもんな。あれはあれで真壁なりのコミュニケーションなんだろう。
「まあ、何か先約があったのかもしれないし」
「それならそれでちゃんと連絡くれるわよ? ……もしかして料理の特訓がいやで逃げたのかも」
めぐの目がキラリと光る。めぐって妙なところで燃えるからなあ。
「あー、もしかしたら端末壊れたんじゃねえ?」
「あ、そうか。それありえるよね」
「でも、壊れたんなら新品と交換するだけなんじゃない? こんなに時間かかるものなの?」
「うん、俺さあ、前に壊した時に交換しに行ったんだけどさ、なんか妙に待たされたんだよなあ。二時間ぐらい?」
「えー? そんなに? これ自体にはなんにも保存されてないのよね?」
「そのはずだけど、なんでかな。いろいろ問診票みたいなの書かされたり、壊れた理由聞かれたりした」
「へえ、そうなんだ。前にデザイン変えた時はそんなことなかったわよ?」
「そうなんだよ、俺もそのつもりで行ったからさぁ。おかげで予定狂いまくりで」
「じゃあ壊れた時だけなのかしら」
「そうかもね。ちょっとれお兄に連絡入れてみる」
端末に指を滑らせてメッセージを送る。すぐに返事があって、真壁の予想通りだった。
「ビンゴ、真壁の言うとおりだってさ。モールにいるんだって。あと一時間ぐらいかかるらしい。昼も食べてくるって」
「いいなあ、俺ももう一度モール行きてえ」
「そう、よかった。何かトラブルにでも遭ったのかと心配しちゃった。じゃあ、お昼作るわね」
「え? 昼は僕が作るつもりだけど」
さっと立ち上がっためぐにあわててそう言うと、めぐはにっこりと微笑んだ。
「いーえ。今日はわたしの番。それに昨日はばたばたして理仁くんに全部やらせちゃったじゃない? だから、そのお詫びも兼ねて。……本当はるかに手伝わせようと思って少し準備してきたの。せっかくだから使わせてくれない?」
そういって冷蔵庫から取り出したのは下味した鶏肉のパックだった。蓋を開けてみると香辛料のいい匂いが鼻をくすぐる。焼くだけで十分一品になるだろう。
「うーん、じゃあお願い。ごめんね、気を使わせちゃったみたいで」
めぐは大きく頭を振った。
「理仁くんに負けてられないもの。昨日のお昼ごはん、ほんとに美味しかったから」
「ありがとう」
正面から料理を褒められるとやっぱり照れる。はにかみながら答えると、めぐは真顔になった。
「だから、勝負よ」
「へ?」
「昨日のお昼より美味しいものを作ってみせるわ!」
「あ、はあ。……ヨロシクオネガイシマス」
本当にめぐはよくわからないところで燃える人だ。競争するつもりはないんでとりあえずお願いしておく。棒読みだったのは……勘弁して欲しい。
「はい、任されました。腕によりをかけて作るわね。男性陣はリビングに行ってて」
向こう、と指さされて仕方なしに木のテーブルの方へ行く。こういう時はあんまり逆らっちゃいけないんだ。麻紀姉でよくわかってる。
「今日の昼ごはんはめぐが担当してくれるって」
「そうなんだ。楽しみだな」
遊真はちらっとキッチンを見た。
「るかの端末が壊れたんだって。れお兄とモールで交換中らしい。終わったら来るって」
「了解。あ、モールで一応このパック探してもらうように頼んだら?」
「あ、そっか。伝言入れとく。でもたぶんれお兄のことだから、もう探してると思うよ?」
そう言いながらメッセージを入れると、速攻で返事があった。
「うん、やっぱりなかったって」
「さすがれおさん。見落としてないか。でもそれじゃあ、F市で探すのは望み薄だなあ。T市に行ってみるか」
「おいおい、俺らだけで行けるわけねーだろ? モールでさえ大人同伴でないとって言われてんのに」
真壁の言葉に僕もうなずいた。だが、遊真はニヤッと笑った。
「お前たち、ガキだな。僕、何回か行ってるよ? 一人で」
「ええっ! あそこまでよく一人で行けるなあ」
T市は隣の市とはいえ、繁華街といえばほとんど市の反対側まで行くことになる。交通費だけでも馬鹿にならない。僕らのお小遣いで行ける距離じゃないのだ。気軽に遊びに行くどころじゃなくなってしまう。
「まあ、近所の兄ちゃんに協力してもらってるけど」
「へえ?」
「バイクで送ってもらうんだ。今度行って調べてくるよ。この空パック、借りてってかまわない?」
「あ、はい。どうぞ」
パティの言葉に、遊真はパックをポケットに滑り込ませた。
「ホントは分解してみたいところだけど……失敗したら替えがないしなー」
「いっそのこと交換器作っちゃえば?」
「まあちょっと考えてみる。向こうの電気事情とか技術レベルとか知りたいなあ。どっかで調べられないかな」
「それなら図書館とか……あっ!」
「なんだよ、いきなりでっかい声だして」
「思い出した。図書館だよ!」
そう、すっかり忘れてた。図書館から通知来てたんだ。あの日……と言っても、もう僕が覚えてない日のことだけど、たぶん本を受け取りに行ったんだ。
あれからもう何日も経っちゃったし、他の人に貸し出されてるかなあ。
メッセージを探して、図書館に連絡を入れるとすぐ司書の人から返事があった。
「よかった、まだ貸し出されてない」
「何の話?」
「ああ、うん。図書館に紙の本を借りに行く予定だったの、すっかり忘れててさ」
「へえ、珍しいな。紙の本なんて」
「古い本とかだとさ、電子化されてないのが結構あるんだよね。探しまくってようやく見つけたんだ。行ってくるよ」
「ああ、じゃあ僕も行くよ。その図書館って電子化された本も扱ってるんだよね?」
遊真が腰を上げる。僕はうーん、と悩んでから口を開いた。
「たぶん。ただ、私的な図書館だから、市立図書館とかとは違うよ?」
「いいよ。市立図書館には猫星の本はほとんどないみたいだから。真壁はどうする?」
「んー、俺はやめとく。てか、お前ら。めぐの昼飯食ってから行けよ。一時間で帰ってこれる距離じゃないんだろ?」
「あー、うん。たぶん。るかが来るまでには帰って来られない、かな。じゃあ、昼からにしよう。遊真もそれでいい?」
「わかった」
遊真が再び腰を下ろす。僕は出かける準備をしに部屋に戻った。
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