第14話 珍しい自販機を見ると、ちょっと興奮するよね
「とかなんとか、シリアスな雰囲気を出してみましたけれども、多分そんなに大変なことにはならないと思いますわ」
「そうなの?」
結局逃げるように帰った翌日、授業の前にイザベラさんに呼び出されて、人気のない階段の踊り場付近にいる。
「ええ、多分もしかしたら、かなり低い可能性で、結婚はしなければいけないかもしれませんけれど」
「それは大変なことだと思います」
結婚することを軽く見てはいけない。
「しかし、イザベラさんの意図が読めなくて申し訳ない」
「いえ、それも仕方のないことですわ、それよりも問題はこれからのことです」
「なにがあるのでしょうか」
「放課後、お時間ありまして?」
「もちろんあるけど…」
「では、私の家においでくださいまし、私のお母様がお呼びでしてよ」
「拒否権とかって…」
「ないですわね、もしこれからもこの世界で平和に生きていたいのであれば拒否しないのが賢明かと」
「き、貴族め」
どうやらイザベラさんのお母様が、僕のことをお呼びらしい。
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「えー悪魔の中には、記憶をのぞき見したり、改ざんしたりすることができる種がいたことから、迫害の対象とされ…」
今はこの世界の歴史の授業中であるが、放課後のことが気にかかり、どうしても集中することができない。
「なので、この悪魔種に対しては、ちょっと、転入生!聞いてるの?」
「ふぁ!ふぁい!」
「あなたね、こういった授業は、あなたこそちゃんと聞いておくべきだとおもうわよ」
「いや、全く、ぐうの音もでないですはい、すんません」
「じゃあ、次のページを開いて…」
先生に怒られてしまった、でもやっぱり、放課後が心配だ。心配すぎる。よくもうちの娘をたぶらかしてくれたな!みたいな感じで怒られるのだろうか。イザベラさんは大したことにはならないとか言っていたけどお嬢様の言うことだしなあ、どうにも不安だ。もちろんイザベラさんの言っていることを信用していないわけではないけれど、いや、不安になっている時点で信用していないと言っているようなものか。
「うーむ」
どうしても頭がごちゃごちゃしてかなわない、こういう時は気分転換をするしかない。
気分転換には、歩くことをお勧めする。歩くことによって、頭の中も整理されるし、健康にもつながる、一石二鳥である。僕は歩いて、本館の玄関近くにある自動販売機まで向かう。自動販売機自体は各階にあるが、そんな近くでは、歩いたことにはならない。気分転換のための歩行には適度な距離が必要なのだ。
「う、うーん。とれないっすねぇ」
どうやら先客がいたようだ。一人の女子生徒が自販機の下を覗いている。自販機の下にお金が転がっていってしまったのだろうか。
…パンツが見えてるお!
すばらしい景色だ。黒いレースのお上品なパンツである。ずっと見ていたいところだが、そうするわけにもいかない、次の授業もある。ここはこの子に声をかけて、手伝ってあげるのがお互いにいいだろう。
「どうしました?もしかして自販機の下にお金が転がっていってしまった感じですか」
「そうなんすよ!ちょっとあと少しの所でとれなくて…ってオス!?」
「オスってなんだオスって、まあ生物学上はオスだけれども」
「あ、失礼したっす!なかなか見る機会がないもんで、というか転入生君じゃないっすか」
「うん?あ、同じクラスの…えーと」
「はいっす!シエーネ・プティタユっす!よろしくっす!」
「うん、是非仲良くしてほしいな」
しかし、なるほど。さっきはパンツしか見ていなかったが、割と小柄な体、くりくりのおめめに栗色のふわふわなショートカット。小柄な体の割には下半身の肉付きは非常に健康的である。極めつけは小さめの犬耳だろう。もちろんしっぽも完備(?)である。
うーんこれはかわいい。
「うーんこれはかわいい」
「えっ!?」
「え?」
「あっいやその、あれっすね!オス…じゃなかった、男子なのにだいぶ話しやすいっすね!」
シエーネさんは、赤くなった顔を隠すように顔の前で手を振りながら話す。
「そうなの?」
「そうっすよ!他の男子なんてもっとそっけないし、話すだけでめちゃくちゃ怒るんすから!」
「そうなのか…」
「よくあんな態度できますよね、もう愚かとしか思えないっす!」
「愚かって…」
「だってそうじゃないっすか!男子なんて、女子が本気出せば秒でボッコボコっすよ!」
「そうだよねぇ」
この世界の男子は基本、女子よりも弱いのだ。もしかするとこの世界の女子は男子のそういった態度に対していろいろと鬱憤が溜まっているのかもしれない。それでも、平和な考えとはいえないが。
「ちなみに戦闘力はいくらぐらいなの?」
「他人に戦闘力を聞くのはマナー違反すよ」
「マ?」
「マ」
腕をクロスさせて×を作っている。なかなかノリのいい動きをする子じゃないか。とても接していて気分がよくなる子だ。
「それは申し訳なかった。どれ、なんか奢ろうじゃないか、どれがいい?」
「え!マジっすか!ゴチになりまーす!」
そうしてしっぽをぶんぶん振りながら選んでいる姿はかなり小型犬を彷彿とさせる。
「じゃ!これ!これがいいっす!」
「はいはい、これか、いいセンスしてるじゃないか」
「マジっすか!これは意図せず好感度をあげてしまったすかね!」
「そりゃもう、うなぎ登りよ!」
パンツ見せてくれたし、この奢りはその対価といっても過言。
「なんか、あれっすね。不思議な気分です」
「なんで?」
「男子とこんなに仲良く話たの初めてで、思ったよりいいもんすね!なんか、心がふわふわするっす!」
そうしてシエーネさんは、照れながら頬をかいている。なんだなんだ?ちょっとドキッとしてしまったじゃないか。これが、恋?でもなんか負けた気がするな。
「いやーそろそろ男子にも手が出そうでしたけど、こんな男子もいるって知れてよかったっす!」
前言撤回、これは恋ではない。このドキッとした動悸は自身の本能による危険を知らせるサインであることを知った。
「そ、そうか」
「はいっす!少なくとも初対面の男子の顔面に一発は入れないでおきます!」
世の中の男子は僕に感謝してほしい。僕のおかげで君たちは命をつないだのだ。文字通りの意味で、首の皮が一枚、つながったのだ。もしこの世界の女子がお姉ちゃんと同じようにコンクリートの塊を素手で砕けるのであれば、まさに僕は君たちの救世主である。
あれ?もしかして、僕最初にこの子の対応間違えていたら、大変なことになってたのかな?
「いや、実際にはしないっすよ!ジョークっすよジョーク!本当にやったら捕まっちゃいますよ」
「そ、そだよね」
法律、万歳。
「でも、本当に不思議っす。まるでお兄ちゃんができたみたいっす!」
「お兄ちゃん…だと?」
「あ、ごめんなさいっす!嫌でしたよね…」
「僕がお兄ちゃんだ」
「え?」
「僕が、お兄ちゃんだ」
「お、お兄ちゃん?」
「そうだ。僕が、お兄ちゃん、だ」
「お兄ちゃん、自分の、お兄ちゃんになってくれるっすか?」
「もちろん、だ」
「あの、いっぱい甘えても、ちょっとエッチなことしても許してくれるお兄ちゃんっすか?」
「そう、だ。ん?ちょっとエッチ?」
「やったー!お兄ちゃんっす!自分のお兄ちゃんっす!これからよろしくっす!お兄ちゃん!」
シエーネが僕の腰のあたりに抱き着いてくる。その僕の胸のあたりにある頭をなでながら考える。
「ちょっとエッチ?うーむ、まぁかわいいからいいか」
しかし髪がふわふわしていてとてもなでごごちがいいな、耳もくにくにしていてとても良い。
「ってこら、どさくさに紛れて尻をなでるんじゃない」
「でへへえへ」
なんて幸せそうな顔だろう。これでは注意する気もうせてしまう。まぁいいか、別に減るものでもないし。
そうして話をしているうちに、だいぶ時間が経ってしまっていたようで、次の授業が始まるチャイムの音が響いた。僕たちはその音を聞いて、急いで教室に戻っていった。
あ、お金とってあげるの忘れてた。
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