第47話 もうすぐ、夏。
「マヨネーズ取ってくれる?」
「はい」
「ありがとう」
普通に夕ご飯を食べている。
全く緊張感はない。それどころか熟年夫婦のような雰囲気を感じる。
鶏むね肉の南蛮漬けは大変おいしい。
相変わらずの料理がうまい。僕が作るよりもよっぽどおいしい。なにか秘訣があるのだろうか。
「愛よ」
「愛か」
「そう、愛」
不明瞭なものだ。どっかの誰かも儚いものだって言ってたような気がするし。誰だっけな。
「大丈夫よ、私のあなたへの愛は一生変わることはないわ」
「そうかい?愛なんて一時の狂気なんていう人もいるよ」
「その人にとってはその程度なのかもね、愛なんて。きっとその程度の愛しか経験してこなかったのよ。安心して、これからずっと一緒なんだから、少しずつでいいのよ。少しずつ理解していけばいいわ」
「…いや、今日限りさ、ここではね」
「?」
外が騒がしくなってきた。
「ああ、そうなの、そうなのね、潮時ってことなのね」
そうしてアムエルはどこか諦めた様子で手に持っていた茶碗と箸をおいたその刹那。
家中の窓やドアが破壊される音が響き、それと同時にたくさんの全身黒づくめで、武装した人たちががなだれ込んできた。
「突入!確保!確保!」
「男子発見!保護しろ!」
その武装集団と一緒に聖女が優雅にゆったりと部屋に入ってきた。
「聖女様、アムエル殿を確保しました」
「ご苦労様です」
「どうしてここがわかったのかしら、結界の魔道具は問題なく動いているはずだけれど」
「うふふ、私には聞こえるのですよ、神の声が。神がすべて教えてくれます」
「あら、そう」
「魔道具は…そこの棚の中ですね、お願いします」
聖女が近くの黒ずくめの人にお願いをして、開けてもらうと無骨な鉄の円柱がそこにはあった。大きさはちょっと大き目のコップくらいだ。
「場所もわかるのね」
「うふふふふ」
得体のしれない人だ。この人の底が知れない。
「…まぁ、一生続くとは思ってなかったわよ。この生活が、ね」
「アムエルさん、ご同行願えますか?」
「わかってるわよ。…あなた、ありがとう。愛しているわ」
「ああ、こちらこそありがとう」
アムエルは悲しそうな表情を浮かべて、武装した集団に連れていかれてしまった。
その後ろ姿を見て、なんとも言えない寂しい気分になった。昨日から脱出だのなんだの言っていた自分が言えることではないが、少なくともこんな終わり方はあんまりだと思う。
しかしもうどうしようもない、過去は変えられない。
僕が出来ることはお願いすることぐらいなものだ。
家を出ようとする聖女の背中に声をかける。
「聖女さん」
「なにか?」
「…手荒な真似はよしてくださいよ」
「もちろんです、任せてください」
と、かわいらしくウインクした。
仕草はかわいいが、存在がかわいくない。
ひどいことを言っているということは自覚しているが、この出来事がすべてこの人の手のひらの上で起きている、茶番劇であったとしたら。
やはりこの人とはあまり仲良くしないほうがいいかもしれない。
「男性の方、こちらへ、家までご案内いたします」
「ありがとう」
全く、いやな気分だ。もやもやして、スッキリしない終わり方になってしまった。
もちろん人生なんでもうまくいくとか、自分の思い通りに進むとか、そんな傲慢な考えをするつもりはない。
今の僕の気持ちは、他の人からみれば、脱出しなきゃ、とか、何とかしなきゃ、だとか言っていたくせに、他人の力を借りておいて、いざ事が終わったらこんな終わり方はあんまりだ、なんて我儘じゃないか、と言われても反論することはできない。
それでも、僕のことを好いてくれた子のあんな悲しそうな顔は見たくなかった。
あの時の、すべてを諦めたような顔が、頭から離れない。
もうそろそろ夏だ。突入の際に割れた部屋の窓から入ってきた生暖かい風が僕の頬を撫でる。
部屋に、時計の針の音だけが響いている。
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