第49話 猫、邂逅のち、開口。

「お前に拒否権はないぞ猫」


「なぜですか!」


「雇い主命令だ」


「この人はあなたを監禁したんですよ!そもそも何でここにいるんですか!?警察に逮捕されたんじゃないんですか?昨日帰ってきた時にそういってたじゃないですか!」



「ああ、そういったな。まず、そもそものところ、あの人達は警察ではなかったらしい。聖女様の信奉者だそうだ」


「ええ?警察でもないのに家に突入?それこそ犯罪な気がするんですけれど…」


「そもそもなんで反対なんだお前」


「何でって、そりゃあセクハラしにくくなって…おっとゲフンゲフン。失礼、監禁事件を起こした危険人物を家に入れることなんて、護衛として許せません、ええ、許せませんとも」


「お前なあ…」


つくづく残念な猫である。


「それよりもいいんですか、この人、本当にもう一度やらかすかもしれませんよ」


「しないでしょ」


「しないわよ」


「ほんとうですかあ?」


「またやったら今度こそ捕まってしまうわよ。でも今回の件で私は刑務所行きだと思ってたから、この結果はかなりいいわ。ベスト寄りのベターといったところね。だからこれ以上は望まないわ。私は納得できる女なの」


「だそうだ」


「いや、しかし!」


「強情なやつだな!一度、アムエルの料理食ってみろ!飛ぶぞ!」


めっちゃうまいんだぞ!


「料理ですかぁ?…はぁ、分かっていないようなので、私がこの世の真理ってのを教えて差し上げましょう」


「この世の真理だぁ?」


この世の真理、ぜひ教えてもらいたいものだ。きっと聖女だってこの世の真理ってのはわからないだろう。いや、わかるか。神の声が聞こえるんだもんな。


「いいですか、料理ってのは、男の手料理こそが至高!」


「解散」


「辛口!?」


なにが、男の手料理だ。そもそもお前よく僕の料理食ってるじゃないか。すでにこの世の真理に至っているじゃないか。


「あんなもの!手料理とは言いませんよ!」


「ああ!?僕が心を込めてお湯を入れたカップラーメンをあんなもの呼ばわりしたな!」


「手料理じゃないじゃないですか!心だってきっと込もってませんよ!」


「当り前だ!セクハラしてくるやつに心なんぞ込めれるか!」


「あっ!あっ!認めた!この人認めた!」


「何度でも言ってやるよ、お前に、心を、込める、必要など、ない」


「あっ!うざ!うざい!その言い方めっちゃうざい!」


「…仲いいわねあなたたち」


いつの間にかアムエルは家の中に荷物を運んでいたようだ。玄関に置かれていたキャリーバックやボストンバッグはいつの間にかなくなっていた。


「あと、あなた、男の手料理はこの世の真理とまではいかなくても、真理に至るまでの道標ではあるのよ」


「…君まで何を言っているんだい?」


「アムエルさんは少しは話が通じるようですね」


「ありがとう、それにしても、あなたはまだまだ浅学ね、いえ、前は広く浅く学ぶことはいいけれど、浅すぎて平坦、平学と言ったことがあったかしら?それは訂正する必要がありそうね。男の手料理の価値についてすら知らないのであれば、広く学んでいるわけではないということになるわ。つまり、狭く、平坦に。要するにバカね」


「久しぶりの罵倒!」


「しかも、学ぶ必要があると知りながら、勉強を後回しにしているのはタチが悪いわ。バカという言葉に失礼ね。バカ以上にバカにする表現を考える必要がありそう」


「お?今日ちょっと長いな」


これを聞いたノーシャが怪訝な表情で言う。


「…アムエルさん本当にあなたのこと好きなんですか?」


「そうだよ」


「即答できるのは素敵ですが、これはなかなか…」


「もうちょっと付き合ってよ、これからが本番なんだ」


「はぁ」


僕も慣れたくはなかった。が、人間という生き物はイヤでも慣れていくものだ。


「そうね、あなたが考えてみて頂戴。ほら、バカと天才は紙一重と言うでしょう?見せて頂戴よ、あなたの天才な一面。見せてくれたら、バカにしたこと謝ってあげる」


「うーん…」


いきなり言われても出てこない。


「…駄目ね、所詮、バカと天才は紙一重、という言葉はあっても、その紙はとてつもなく厚くて、丈夫な紙なのでしょうね。安心して、いつでも私がついているわ。これからも私があなたにいろいろと教えてあげるから、一緒に頑張っていきましょうね」


そう言いつつ、きれいな羽を広げながら、僕にゆっくりと近づいてくる。


「愛してるわ」


そして僕を抱きしめた。熱い抱擁だ。

もしかしたら、アムエルも表面上は普段通りに振る舞いながらも、心の中では不安だったのかもしれない。


アムエルの自業自得なところはあるが、僕に好意を寄せてくれている子を無視するわけにはいかない。

そう思い、僕も抱擁を返す。


「ふふ、あったかい。ありがとう」


「いいんだ、今回のことは、お互い、水に流そう」


そうして僕らは見つめあって、ゆっくりと目を閉じて…


「私のことを忘れないでほしいんですけど!目の前でイチャイチャしないでほしいんですけど!」


「うるせえなぁ!今いいとこなんだよ!」


「ちょっと、こっちへ耳を貸していただけませんか?」


「あん?」


耳を貸すと、ノーシャが小声で話しかける。


「この人頭おかしいですよ、罵倒したかと思ったらいきなり愛の告白ですか?やってることしっちゃかめっちゃかじゃないですか」


そうかもね。


「そのうち慣れる、人間は慣れる生き物だ」


「こんなのに慣れてしまったら、いよいよですよ」


いよいよ、なんだよ。


「…もしかしてMだったりします?」


「…違うが」


「本当ですか?普通の男子だったらブチ切れてますよ」


「…」


そう言われると、確かに。いや、言われずともわかっていたことだ。目をそらしていた部分はある。もしかしたら僕、Mなのかなってさ。思ったこともあったよ。


「もちろん、それ以前にアムエルさんの愛情表現が特殊なんですが、もしかして二重人格の人ですか?」


「!!」


あり得る話だ。全く思いつかなかった。やはりノーシャは変態性にだけ目をつむれば、有能な人物だ。


「アムエル、君は二重人格だったりするの?」


「違うわ」


「え、違うんですか?まだ二重人格の方が救いがあるような…」


ふん、まだまだだなノーシャ。


まぁ君もそのうち慣れるさ。むしろ子の罵倒が癖になってくると思うよ。


そう思いながら、僕はノーシャの肩に手を置く。


「なんですか?そのあたたかな表情は」


はやく、こっちのステージまで来たまえ。待ってるぞ。


…Mじゃないよ、僕は。

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