心配事の八割は杞憂に終わる

「それじゃあ、これからこのままギルドの方にパーティの申請通しちゃおう」


 食事を終えて、とりあえず今後の居所にもなんとか巡り会えて、そして流れで正式にパーティとしての認定を貰うことになった。


「あ、あの・・・・・・あんまり街の中心部っていうか、人が多いところは避けたいかも? その、ギルドに行くのはいんだけど・・・・・・」

「ふぅん、コーラルも訳ありってことだね」

「ま、まぁ・・・・・・ね?」


 本当は前のパーティメンバーに出会したくないだけだけど、まぁ訳ありは訳ありってことで誤魔化す。

幸いこの辺りは前のパーティの活動範囲とは一致しないし、以前の仲間に会う確率はそんなに高くないはずだ。

まぁ一人・・・・・・ちょっと気をつけないといけないのが居るけど・・・・・・。


 普段からこの辺を活動地点にしているらしいラヴィに先導されて、最寄りのギルドに向かう。

実は前のパーティの方でわたしのことがどう処理されてるのか判然としてないのが不安と言えば不安だけど、まぁわたし抜きでパーティ昇格試験をしたっていう事実があるんだから話せば融通を利かせてくれるだろう。


 細々としたことを考えながら、のんびり歩くラヴィに着いていく。

柔らかく揺れる毛先が日の光を透かして輝くようだ。


「ねぇ、コーラル?」

「ん? なに?」

「いや・・・・・・一応確認だけど、コーラルはコード自体はもう起きてる?」

「え、うん。そりゃ流石に」


 まさかそんなに幼く見えるわけでもないだろうに。

ラヴィの方が背低いし。


 わたしの受け答えに、ラヴィがこちらに視線を這わせる。

流れからしてコードを探しているのはすぐに分かった。


 別に普段は服の下に隠れる場所にコードがある人だって少なくないし、そんな舐めるように見たって仕方ないだろう。

どこに浮き出るかとか、場所が重要ってものでもないだろうし。


 けれども教えてあげない理由があるわけでもないので、すぐに自分の右目を指差す。


「ほら、ここ。自分だと見づらいから不便なんだけどね」


 わたしの右目に咲く赤い花。

ブラッドコードは“ブラッド”なんて言葉がつくだけあって、その種族の血の色で浮かび上がる。

まぁ大抵の種族は赤色で、他には一回緑色を見たことがあるくらいだ。


 ラヴィはそっと顔を近づけて、わたしの目を覗き込む。

わたしの視界は、ラヴィの瞳の透き通った赤色でいっぱいになった。

もしわたしの目がラヴィみたいな色だったら、いよいよコードが見えなかっただろう。

しかし・・・・・・。


 わたしの視界で、ラヴィが数回瞬きする。

その度に綺麗なまつ毛が揺れ、瞳に映る光が虹彩を滑った。


 ものすごく、端正な顔立ち。

お人形さんみたいだなんて褒め言葉がよく使われるけれど、ラヴィはまさしく作り物かと見紛うほどに均整のとれた相貌をしていた。


 なんだか、そう気づくと無性に照れ臭くなってくる。

あと、わたしはそんな小綺麗な顔はしてないから・・・・・・ちょっと恥ずかしい。


 それでもラヴィは、何が面白いのか食い入るようにわたしの目を見つめる。

その大きな両目に映るわたしの表情は、何かを誤魔化すみたいな中途半端な笑顔を浮かべていた。


「綺麗・・・・・・」


 数秒間、体感では数十秒間見つめあったのち、ラヴィがぼそっと呟く。

決して大きな声じゃなかったけど、鼻先が触れ合う程の距離じゃ聞き逃すはずもなかった。


「えと・・・・・・そう、かな・・・・・・?」


 なんだかムズムズして来たのでラヴィの肩をグイと押して引き剥がす。

そうしてさらに視線を横に逃した。


「うん、綺麗。・・・・・・あ、私コードフェチなんだけど・・・・・・」

「何それ聞いたことない」

「うん、今思いついたから」

「はぁ・・・・・・」

「で、今まで色んな人のコードを見て来たけど、なんだろう・・・・・・こんなに綺麗なの初めて見た」

「うぅ・・・・・・」


 真面目なんだかそうじゃないんだかよく分からないけど、真っ直ぐすぎる褒め言葉に顔が熱くなる。

別に今までも仲間から「かわいい」だの「きっと美人になる」だのは言われてきたけど、それとは重さが全然違う。


「で、でも・・・・・・やっぱりちょっと珍しいだけだよ。そんないいものじゃない・・・・・・」

「あれ? コンプレックスだった? 綺麗なのに・・・・・・」

「いや、そうじゃないけど・・・・・・」


 別に目にコードがあること自体はそんなに気にしたことがない。

容姿についてとやかく言い合うようなメンバーでもなかったし、だからそういう面で自尊心が傷ついたりした経験はない。

けど・・・・・・。


「まぁでも・・・・・・コンプレックスって言われたらコンプレックスかもね・・・・・・」


 今日の出来事で、わたしは完全に自分のコードが嫌いになった。

使い物にならない能力だって気づいたときから好きではなかったけど、それでもわたしの能力だからって今までは思えてたんだ。

それが結局、このコードのせいでパーティ追放なんてことになってしまったのだから。


「いや、いいんだ。もう」


 もう前のパーティのことは、いいかげん踏ん切りをつけないと。

じゃないと、ラヴィと一緒にっていうのもなんだか不誠実になってしまう。


 でも、そうか・・・・・・。

このことは、ラヴィにもやっぱり話しておかないといけない。


「あの、ね・・・・・・。あ、歩きながら聞いてくれたらいいよ」

「・・・・・・うん」


 話したいことがあるのを察したラヴィは、聞く姿勢になる。

ギルドに向かっての歩みを再開し、顔を少しばかりこちらに向けた。


「あの・・・・・・ラヴィはわたしとパーティ組んでくれるって言ったけど、一つ言っておかないといけないことがあって。これがわたしの・・・・・・その、追放された理由でもあるんだけど・・・・・・」

「うん・・・・・・」

「その・・・・・・わたしも実はエラーコード持ちで・・・・・・でも、その・・・・・・弱くて・・・・・・」


 自分の言葉で、自分の心の傷口に触れる。

その痛みを誤魔化すように「にへら」と不自然に笑った。


「別にそんなこと、私が気にすると思う? ガチエラーの私が」


 自らの蔑称を何故だか誇らしげに言って見せるラヴィ。

その言葉にわたしの作り笑いは消えて、それから少し安心したような嬉しいような気持ちになった。


「ふふ、そうだね。ガチエラー、だもんね」


 やっぱりその蔑称の響きはどこか稚拙で、間抜けな感じがして、くすりと笑えた。


「それでね、わたしの能力・・・・・・積毒って言うんだけど・・・・・・」

「積毒って?」

「うん、1秒毎に・・・・・・1ダメージ、の毒・・・・・・」


 自分で言っててなんだそれって感じだ。

そんな弱みをそのまま晒すのに怯えて、強がる。


「どう? すごいっしょ?」

「わかんない」


 ラヴィはそんなわたしの心の動きもきっとお見通しで、あえてとぼけたフリをする。

ちょっと無理してること、やっぱり伝わっちゃうんだろう。


「どんな能力がすごいとか、どんな人が強いとか・・・・・・弱いとか、私には全然分かんない。ブラッドコードはその持ち主の運命そのもの、なんて言われ方も時々するけど、やっぱりそんなことないと思う。こんなものじゃ、人間測れない」

「ラヴィみたいな人、初めて会ったかも」

「そう?」


 ラヴィは「因みに私は強いよ」と、小さな握り拳で胸をポンと叩く。

自虐とか誤魔化しじゃなくて、本当にそう思っているっていうのが、その目から見てとれた。


「っていうか、ほんと・・・・・・実際強いんだよね、たぶん・・・・・・」

「だからそう言ってるのに」


 あの・・・・・・えっと、ガーなんちゃらさん・・・・・・アリゲーターだっけ?の口ぶりから、ラヴィはそこそこ戦えるらしいっていうのはなんとなく感じとれた。

能力は使ってなかったらしいけど、一体どうやっていたのだろう。

ていうか・・・・・・。


「そう言えば、ラヴィの能力って結局どんなのだったの?」

「うん、そうだね・・・・・・」

「・・・・・・?」


 ラヴィは「そうだね」で言葉を止めて歩き続ける。

そうしてすぐにその足を止めた。


「それは実際に見てもらってからのお楽しみ」


 ラヴィは親指で到着した建物を指差す。

目的地だったギルドに、ようやくたどり着いたみたいだった。


「あ、ここが・・・・・・」


 わたしたちが通っていた方のギルドと比べると古いのか、建材の色合いが多少くすんでいる。

それでもギルドってだけあって、やっぱり立派な建物だった。


「さ、いこ」


 ラヴィに導かれるまま建物内に立ち入ると、内側の活気が膨張するようにしてわたしを包み込んだ。


 響きわたる歓声だったり、喧嘩の怒声だったり、全部が一緒くたになった喧騒。

やかましいことこの上ないけど、冒険者なら誰だって血が騒ぐこの雰囲気。

わたしはここに来てやっと新たな始まりを実感した。


「・・・・・・っあ」


 だがそれも長くは続かない。


「? コーラル、どうしたの?」


 ラヴィが尋ねるのにも答えずに、一際騒がしい集まりの中心に居る金髪の男を指差す。


 さっきからあった懸念点の一つ。

今はあんまし会いたくない人・・・・・・の筆頭。

ダン、シュルームにつぐ・・・・・・前パーティメンバーの一人。


 沢山の女の子を侍らせたその男は、海みたいな青い瞳をすぐにこちらに向ける。


「ああ、こんなところに居たんだ・・・・・・コーラル」

「で、出たぁっ・・・・・・!」

「フッ、そんな魔物に出会したみたいな顔しなくたっていいだろう? 探してたんだぞ、コーラル」


 キザな《ウザい》ポーズを決めてキザな《ウザい》ウィンクを飛ばして、わたしにキザな《ウザい》声色を投げかける。

何故か湧く取り巻き女子。


 ラヴィは顎に手を当てて、そんな男とわたしの間で視線を往復させた。


「もしかしなくても・・・・・・二人は、お知り合い・・・・・・?」

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