ラビ、ラヴィ、ラビット
身長はわたしより少し低いくらい。
歳も同じかちょっと下くらいだろうか。
「あなた、は・・・・・・?」
「私・・・・・・?」
少女は自分の顔を指差して軽く首を傾げる。
柔らかな髪が静かに揺れた。
しばらく少女は視線を泳がせて何かを考えるようにしていたが、やがて口を開く。
「別に秘密ってわけじゃないけど・・・・・・今はあなた。大丈夫? 何かあったの?」
少女から注がれる視線に感情の色は読み取れない。
やって来た少女はどこか表情に乏しく、いまいち何を考えてるのか分からなかった。
「別に。そんな何があったように見える?」
初対面の人にも落ち込んでるのが見透かされてしまって、それがなんだか恥ずかしいというか・・・・・・ちょっと悔しくて、唇を尖らせて拗ねたような受け答えをしてしまう。
しかし少女はやっぱり顔色一つ変えないで、それどころかわたしの言葉を馬鹿正直に吟味しているみたいだった。
「うーん、と・・・・・・言われてみれば、別に普通かも?」
「そう。普通だもん」
「・・・・・・。何かあったんでしょ?」
「・・・・・・」
言葉を重ねるごとに恥の上塗り。
自分で自分がイヤになる。
わたしは結局、図星な少女の言葉に何も返せなくなってしまった。
少女はあんまり変わらない表情で、それでも最大限微笑んでわたしに手を伸ばす。
「とりあえず、もうお昼だよ。お腹空いたでしょ? 私も一人だから、どこかで何か食べよう」
みじめなわたしに不意打ちのように降ってくる優しさ。
ちょっと前に泣き止んだくらいだったのに、また鼻の奥が湿って来てしまった。
下唇をきつく噛んで、泣きそうなのを誤魔化しながら少女の手を取る。
未熟なわたしの精神は、放り出された先に現れた見ず知らずの少女に甘えた。
※ ※ ※
少女の半歩後ろに着いて、彼女がよく行くらしい食事何処に向かう。
わたしが話しかけないと少女はずっと黙ってるので、沈黙を嫌ったわたしがその後ろ姿に声を投げた。
「ねぇ、それであなたは誰なの?」
少女は振り返らずに答える。
「私はラヴィ。いつもここら辺で人数合わせをやってるの」
「人数合わせ・・・・・・?」
「うん。ギルドの依頼には何人以上じゃないと受けられないっていう条件があるものもあるから、その数合わせに使ってもらってる」
「へぇ・・・・・・」
そういうやり方もあるのか、と感心する。
わたしよりずっと生き抜くための知恵を持ってるみたいだ。
「ラビは、そうやって・・・・・・ずっと一人で?」
「・・・・・・」
ラビの肩が、わたしの言葉にピクリと反応する。
さっきまでマイペースにてくてく歩いてたのに、その歩みも急に止めた。
「ノーノー、ノットラビ。私は、ラヴィだよ」
「え、ラビ・・・・・・」
「ラヴィ!」
「同じじゃん・・・・・・」
「ラ・ヴ・イ!」
「ラブい?」
振り向いたラビの瞳が、キッとわたしを見つめる。
その眉は不服そうにきゅっとなっていて、今までで一番表情がはっきりしていた。
そうしてわたしの手をそっと引っ張ると、手のひらにちょんと人差し指を置いた。
それをそのまますっと動かす。
「わっ」
手のひらの上を柔らかい指先が走る。
それがなんともいえずくすぐったくて、何だか背骨の芯のところまでムズムズしてくる。
「ちょっと! 真面目に!」
「ご、ごめん・・・・・・。けどだって!」
ラビ・・・・・・いや、ラヴィはどうやらわたしの手のひらに名前を書いていたようだった。
くすぐったいのは我慢できなかったけど、なんとか書かれた文字だけは読み取る。
「どう? 分かった?」
「わ、わかったよ。ラヴィ・・・・・・ラ、ヴィ!ね?」
ラヴィはわたしの出した正答に無言で頷き、ふふんと満足気に鼻を鳴らす。
そんなことをしている間に、悲しい気持ちとか、そういうのは随分軽くなってしまった。
そこから再び歩き始め、しばらくすると一軒の酒場にたどり着く。
お昼時というのもあって賑やかだ。
冒険から帰って来た冒険者や、これから出向くであろうパーティ、そういう人たちがたくさん集まっている。
「あ、あの・・・・・・ラヴィ・・・・・・。わたし、その・・・・・・お金あんまり・・・・・・」
「大丈夫。今回に限り私がお支払い」
「・・・・・・あ、ありがとう」
ひょこひょこ着いて来て、この期に及んで「流石に悪いよ」とか言うと逆に性格悪い気がして、素直にお礼を言った。
いつもはパーティのみんなとギルド併設の酒場で食事するのがほとんどだったので、少し緊張しながらラヴィに着いてお店に入っていく。
ラヴィはいつもそうしているのか、店内の端にある丸テーブルに真っ直ぐ向かった。
ラヴィが椅子を引いて座ると、わたしも同じように向かい合って座る。
そうしてお店の人が持って来てくれた何ページもないメニュー表を一緒に覗き込んだ。
「このお店はね・・・・・・」
すっかり専門家の風格で説明を始めようとするラヴィ。
しかしその声を更に大きな声が遮った。
「お前! さっきの詐欺師じゃねぇか!!」
凶暴な獣の声帯を借りてきたかのような、暴力的な怒声。
見れば、今ちょうどお店に入って来た3人組の・・・・・・そのリーダーらしい男の声だった。
「あー・・・・・・」
冒険者同士の喧嘩、そういうのは珍しくない。
ありふれた光景だ。
あんまり気分はよくないけど。
「なんか騒がしくなっちゃったね」
「うん、そういう日もある」
ラヴィも気にすることなくサラッと流してくれた。
そうそう、こういうのは気にしないのが一番精神衛生上よろしいのだ。
ところが。
「おい、無視かよ。そりゃないだろォ?」
3人組の(おそらく)リーダー、岩石のような筋肉にいくつもの傷跡のある、いかにもたちの悪い冒険者といったような風貌をしたスキンヘッドの男がこちらに歩み寄ってくる。
「よぉ、さっきは世話ンなったなァ? 聞いたぞ? お前ここら辺で“ガチエラー”って呼ばれてるらしいじゃねェか? あ? 俺たちゃァすっかり騙されちまったよ」
爬虫類然とした黄色い瞳が、ギロリとこちらを・・・・・・いや、ラヴィを睨みつける。
「聞いてんのかクソガキィ・・・・・・ッ!」
「え、えと・・・・・・あの・・・・・・これ、って・・・・・・」
全身から汗が吹き出す。
修羅場だ。
知らぬ間にその渦中に放り込まれたわたしは、いまさら逃げ出すことは叶わない。
男はわたしの方も一瞥する。
その鋭い眼光に捉えられるだけでお尻の穴がきゅっとなる。
さっきまでとは全然違う理由で、じわっと目尻に涙が滲んだ。
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