追放、邂逅
「コーラル・リーフ。お前、パーティ追放だ」
ある朝、リーダーの部屋に呼び出されたかと思うと突然こんな言葉を浴びせられた。
耳を疑う・・・・・・というより、この人は何を言っているんだろう、という感じだ。
「・・・・・・」
まだ寝起きで頭が回ってないせいもあって、言葉が出ない。
いまだに理解が追いつかないで、頭の中が疑問符でいっぱいだった。
目の前に居るのは、わたしたちのパーティのリーダーであるダン・ライアン。
パーティの中でも一番の年上で、他のみんなのお兄さんみたいな存在だった。
だと思ってた。
なのに・・・・・・。
「えっと? あれ・・・・・・?」
未だ混乱した様子のわたしにダンが小さくため息を吐く。
それから一瞬視線をわたしから外して、意を決したように話し出した。
「いいか、コーラル? お前にはこのパーティから抜けてもらう」
「な、なんでそんな・・・・・・?」
「お前も分かるだろ? その、だな・・・・・・あえて言葉を選ばずに言うが、お前は弱すぎるんだ」
ダンはわたしの両肩に手を置いて、少し屈んで目線を合わせる。
その瞳は真っ直ぐにわたしの両目を見つめて「分かるか?」と問いかけていた。
ダンは続ける。
「俺たちもな、今までそれなりに頑張って来た。もちろんコーラルだってそうだ。それは俺も分かってる。そのおかげで、この家だって買えた。四人だと流石に手狭だが、それでも俺たちの家だ」
「なら・・・・・・」
ダンは首を横に振る。
「だがな、やっぱりこのパーティにお前は置いておけない。あのな、俺たちの評価もだんだんギルドの方で上がって来て、それで今度本格的に昇格することになったんだ」
「なにそれ、わたし聞いてないよ・・・・・・」
パーティの昇格、それにはギルドが提示する試験を通過しなければならないはずだ。
けど、わたしはそんな試験受けてないし、あったことも知らない。
「当然だ。お前には初めて言うからな。それで・・・・・・パーティの等級が上がると、当然今までより危険な依頼をこなすことになる。そうなったとき、俺たちはもうお前を守り切れる自信が無いんだ」
「そんなこと・・・・・・わ、わたしだってきっといつか強く・・・・・・!!」
心が乱れる。
目がしらがカッと熱くなって、視界が少しぼやけ始める。
それでも、わたしを見つめるダンの表情は変わらなかった。
ただ無感情に、わたしの目を覗き込んでいる。
まるで子供を叱る親みたいに、静かに。
わたしが悪いとでも言うのだろうか。
確かにわたしは・・・・・・今はまだそんなに強いとは、言い難いかもしれない。
だとして、だってこのパーティは・・・・・・。
「家族、じゃなかったの・・・・・・?」
わたしを含むこのパーティのメンバーは、全員親が居ない。
死別だったり、捨てられてたり、理由はそれぞれだけど・・・・・・身を寄せ合ってなんとか生きて来た。
そのはずなのに、わたしはまた・・・・・・捨てられるの?
「ああ、だからな・・・・・・」
ダンは弁明するように言葉を紡ぎ出す。
でもそんな言葉、今のわたしにはとても聞く余裕なんてなかった。
「もう、いい」
喉が震えて半分泣き声みたいになってしまうのを精一杯抑えて、短い言葉を吐き出す。
それだけなんとか言い残すと、情け無い顔を見せないように早歩きでダンの部屋を飛び出した。
ダンは一瞬呼び止めるように腕を伸ばすが、それは途中ですぐに頭を掻く動作に変わってしまう。
自分からしても嫌気がさすくらい子供っぽいと思うけれど、止めてもくれないんだと、胸がきゅうと苦しくなった。
もう、わたしはこのパーティの一員じゃない。
もう、家族じゃない。
急いで自分の部屋だった場所に向かって、最低限の荷物だけまとめて決して大きくない肩掛けのカバンに詰める。
ほんとは必要なものはもっと多いはずなのだけど、今はこの家に居る誰にも顔を見られたくなくてたくさんの物を諦めた。
自分の部屋を出たところで、今目覚めたところらしいもう一人のメンバーと鉢合わせる。
まるで恐ろしい魔女のような衣服を身にまとった、しかしわたしより一個年上なだけの少女。
パーティでは荷物持ち兼回復役をしていたシュルーム・フンギだ。
「あれぇ? コーラル? どこ行くの?」
「・・・・・・しらない」
シュルームも、わたしがパーティから追い出されることは知ってるはずだ。
なのにどうして、そんなとぼけた反応が出来るのか。
ますます怒りが強くなって、それより大きな悲しみが胸中に満ちる。
まだ何か言葉を投げかけられている気もしたが、足早にその場を立ち去ってしまった。
そのままメンバー全員の部屋がある二階から降り、居間にあたる一階の部屋を駆け抜け外に飛び出す。
当てもなく、まだ往来の少ない通りに消えて行った。
※ ※ ※
「はぁ、どうしよ・・・・・・」
無計画にあの家を飛び出して数時間後。
大して大きくもない町なので、建物の影に隠れるようにしてしゃがんでいた。
正直、まだ立ち直れてない。
その上、心のどこかでは誰かが探しに来てくれないかななんて思ってしまっている。
これからどうできるかなんて、全然分からない。
ずっと、ずっとあの場所で、あのまま続くと思ってたんだ。
それがこんな・・・・・・。
「こんなこと・・・・・・」
いや・・・・・・。
実際わたしは弱かった。
知らんぷりしてただけで、いつかこうなることほんとは分かってたんじゃないか。
ブラッドコード。
この世に生を受けたなら、誰もが手にする特別な力。
個人差はあれど、大体みんな10歳前後のときにそれは体のどこかに浮き出る模様と一緒に発現する。
わたしがブラッドコードに目覚めたのは今から四年前、11歳の頃だった。
鏡を見ないと自分じゃ確かめられないけど、右目に花びら模様が浮かび上がっている。
ブラッドコードには様々な種類がある。
中には空を飛べたり炎を操れたりする派手なものもあって、当然どういう能力に目覚めるかは生きていく上でとても重要なことだ。
だからブラッドコードはそのままその人物の運命だ、とすら言われている。
戦闘向けの能力に目覚めればわたし達みたいな冒険者に、そうじゃなければ鍛冶屋や商人に。
こういうふうに、人生の方向性をほとんど決定してしまうのだ。
そういう能力は、決して唯一無二ってわけじゃない。
おんなじ能力の人はたくさん居る。
一部の例外を除いて。
一部の例外・・・・・・本当にごく僅かな人が、唯一無二の能力を持つ場合がある。
それはエラーコードと呼ばれ、多くの場合通常のブラッドコードより強力だ。
そしてわたしもまた、その“エラーコード持ち”の一人だ。
「・・・・・・」
自分の能力がエラーコードだと分かったときは、それは誇らしかった。
パーティの中でも一番年下で、一番コード覚醒も遅かったから尚更。
けど今は・・・・・・。
「もっと、普通のブラッドコードがよかった」
鼻声で、ぐずるみたいに独りごちる。
対象の状態やいくつかの情報を視覚的に受け取ることができる、よくアナライザーなんて呼ばれ方をするコード保持者に能力の詳細を診てもらったことがある。
そのわたしの能力の名は「積毒」。
診断をもらったばかりの頃はまだよく分からなくて、ただエラーコードだっていうので喜んでいた。
けれども蓋を開けてみればその効果は「一秒毎に一度1ダメージを与える積毒を武器攻撃に付与する」というものだった。
積毒の効果時間は2秒。
つまり、ただ攻撃にプラス2ダメージのおまけがつくだけだ。
毒系統のブラッドコードは割と珍しく、それなりに重宝されることが多い。
だけれど、それと比べてわたしの能力はあまりにも明らかに劣っていた。
しかしコードも保持者と一緒に成長する。
だから「いつかきっと」と自分を騙して、経験を積もうと多少無茶しながらも魔物を狩り続けた。
そうして得られた成長は「積毒を任意で解除できるようになる」というものだったのだ。
あの時ばかりは、ダンやシュルームも言葉に詰まっていた。
肝心のコードがこれじゃ、例えわたしがいくら体を鍛えたとしてもみんなとの差は埋まらない。
いつもわたしは体に傷をつくって、けど魔物の討伐数は少なくて・・・・・・。
「・・・・・・」
やっぱり、そうだ。
わたしは弱い。
どうしようもなく。
ほんとは、分かってたはずなんだ。
訪れるべき結末が、訪れるべくしてやって来ただけ。
わたしは、ほかのみんなとの繋がりに甘えてただけ。
そして、それを背負いきれなくなっただけ・・・・・・。
「なんだ、悪いのわたしじゃん・・・・・・」
それでも、それでもさ・・・・・・。
やっぱり寂しいよ。
建物の影でいじけたまま、活発になってきた往来を見つめる。
道行く人はみんな誰かと肩を並べ、その場所が自分に相応しくないなんて考えは頭の片隅にもなさそうだ。
「お腹すいた・・・・・・」
こうして何もしていなくても時は流れるし、それに伴ってお腹だって空いてくる。
ダンに追放を告げられたのが朝一番だから、朝食も摂っていない。
カバンの中に詰めたお財布の中のお小遣いは、もちろん今日一日の食事には十分だが・・・・・・今日からのことを考えるとそう簡単に使えない。
パーティを組まなくてもギルドの依頼は受けられるが、わたしの冒険者等級では碌な依頼は受けられない。
しかしこれ以外の生き方も知らなければ、わたしのコードでは他の何かになるのは到底無理な話だった。
ダンはパーティの等級が上がるとわたしを守りきれないなんて言ってたけど、これじゃどの道同じだ。
小さな依頼でギリギリ何とかやっていくか、リスクとリターンが見合わないけど野生動物を仕留めて食料にするか・・・・・・。
正直どちらも現実的ではない。
気持ちがすっかり落ち込んでしまって、膝を抱えてその場に座り込む。
通りすぎて行く人影の中に無意識で知っている姿を探すが、個々人の特徴を捉える前にみんな通りすぎてしまう。
こうなってしまえば、道行く人々ももはやただの風景だ。
流れていくだけ。
過ぎ去っていくだけ。
膝と膝の隙間に鼻先を沈めるようにして俯く。
わたしはいったい、こうして何を待っているんだろうか。
しかしわたしの中の幼稚な願いに応じるように、誰かが足を止めみじめなわたしに影を落とす。
ダンか、シュルームか・・・・・・それとも・・・・・・。
淡い期待と共にパッとその人影を見上げる。
「あなた、どうしたの?」
しかしその姿は知ってる誰とも当てはまらない。
曇りのない真っ白な髪をした、華奢な少女だった。
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