パーティ結成・・・・・・なるか???

 助けを求めるように視線を泳がせるが、大抵の人は知らんぷりか面白がって事態を見守っている。

こういうのは静観に限るとか考えてしまっていた手前、そういう人たちを責めることもできない。


「あうぅ・・・・・・」


 向けるべき場所を失った視線は逃げ帰るようにラヴィに吸い寄せられる。

視界の中央にいるラヴィは、こんな状況にも関わらず涼しげな表情をしていた。


「えっと・・・・・・ラヴィ、さん・・・・・・?」


 男の口から聞こえてきた言葉。

詐欺師に、それから・・・・・・ガチエラー・・・・・・?

どういうことなのかはよく分からないが、それでも何となく気になってしまう。

いくらあんな人相が悪くても、わけもなく人を詐欺師呼ばわりは・・・・・・。


「あ? ンだよ、チビ。あに見てンだ?」


 するかもしれない。

だって恐いもの。


 ラヴィはそこでやっと男の方を向く。


「まぁ待って。私に文句があるのは分かる・・・・・・いや、わかんない。やっぱ今のなし」

「あぁッ?」

「・・・・・・百歩譲って分かるとして、一緒に居る・・・・・・えっと、チビに矛先を向けるのは違うよ」

「・・・・・・チビじゃないし」


 そういえば散々聞くだけ聞いて、自己紹介をしてなかったのをいまさら思い出す。

そのせいでラヴィからもチビ呼ばわりされてしまった。

ラヴィの方がちっちゃいくせに。


 ラヴィの言葉を男は鼻で笑って一蹴す・・・・・・。


「はっ、そいつはお前さんの言う通りだわ。悪かったな、チビ」

「・・・・・・え?」


 一蹴しなかった。

聞き間違いか何かかと一旦考え直すが、どう考えてもわたしに謝ってた。

なんか・・・・・・ヘン?


 男は尚も怒りを保ったまま続ける。


「だがな、ガチエラー。お前のしたこたァ、到底許されることじゃない」


 男の言葉に仲間の二人も「そうだそうだ」と野次を飛ばす。

わたし・・・・・・は、もう事態がどう転ぶのか皆目見当もつかないから黙っているしかなかった。


「お前はな、俺たちを騙したんだ。こっちはお前がエラーコード持ちだってから、お前借りンのに普段より高ぇ金払ってんだよ! で、蓋を開けてみりゃどーだ! お前なんの能力も使わねーじゃねーかよォッ!」

「・・・・・・心外だな、そんなことを責められても私は困るよ」


 血管が破けそうなくらい激昂している相手に、ラヴィは半ば揶揄うように肩をすくめ「やれやれ」をジェスチャーで表現する。

顔色がずっと変わらないから、ふざけてるのか真面目にやってるのか分からない。


「第一、私は嘘をついてない。それは・・・・・・“ガチエラー”の話を聞いたなら分かるでしょ?」

「それは・・・・・・まぁ、な」


 男の握りしめた拳から、少し力が抜ける。

あんな小悪党をそのまま人間の形に捏ねたみたいな雰囲気なのに、意外と道理が通じるみたいだ。


 なんだか妙に気持ちが落ち着いて来てしまって、萎縮していた筋肉がほぐれ始める。

幾分か緊張感が和らいだわたしは、おずおずと手を挙げ口を開いた。


「あ、あの・・・・・・」

「あ? あんだ?」


 わたしの小さな声を拾って聞き返すのは、怒り心頭の大男。

声の調子はやっぱり威圧的だけど、わたしの言葉の続きを律儀に待ってる。


「いや、その・・・・・・ガチエラーって、どういうことなのかなって・・・・・・」


 さっきから気になってた言葉「ガチエラー」。

たぶんなんらかの蔑称なんだろうけど、いまいち響きに締まりがないその言葉について我慢できずに尋ねる。

それに答えるのは、ガチエラー本人であるラヴィだ。


「ちゃんとは言ってなかったけど、私ってこう見えてエラーコード持ちなんだ」


 言いながらラヴィは着ている服の首元をクイっと引っ張って、鎖骨のくぼみの数センチ下をわたしに見せる。

そこには赤色の・・・・・・他の何かに例えようのない模様が浮かび上がっていた。

太さがまちまちな線で構成された縦縞模様だ。


 もちろん模様を見たからってそれがエラーコードかどうか判別はできないし、どんな能力かも分からない。

けれど、それを見せられると妙に納得してしまった。


 ラヴィは続ける。


「けど・・・・・・ちょっと変わった能力というか、ほとんどの場合私の能力は役に立たない。だから、ガチエラー。なんの役にも立たない、ガチでマジのエラー。ゴミ。カス。ハゲ・・・・・・ってこと」

「そ、そっか・・・・・・」


 ラヴィの言葉に、わたしの意識はわたし自身のコードに向く。

なんの役にも立たない、エラーコード。


「ま、そういうこった。自分でよくわかってるじゃねェか。お前はエラーコードで自分を売り込んどきながら、その実あるのはカスみてェな能力。QED! 詐欺師証明ご苦労さん! お疲れぇッ!」

「だから待ちなって。大切なのはさ・・・・・・」


 ラヴィが唇をきゅっと結んで、座ったまま男の顔を見上げる。

宝石みたいに赤く透き通った瞳で、男の瞳を真っ直ぐに覗き込む。


「大切なのは、私が結局料金分の働きをしたかどうかってことじゃない?」

「・・・・・・」


 一瞬の静寂。

店内に走る、緊張感。

男は額に一筋の汗を流し、目を見開く。


「な、ナニィッ・・・・・・!?」


 男が見せる驚愕の表情。


「お前ェ、そいつは・・・・・・そいつはなァ・・・・・・ッ!」


 男の拳から完全に力が抜け、ゴツゴツした指が開かれる。


「そいつは・・・・・・確かに、いい仕事・・・・・・してたなァ・・・・・・」

「・・・・・・は?」


 え?

何言ってるのこの人。

納得、した?


 ラヴィは男に更に追い討ちをかける。


「私は嘘をついてないし、役にも立った。それでこんなふうに喧嘩をふっかけてくるなんて・・・・・・バカバカしいと思わない?」

「くっ・・・・・・」


 男は「もう言い返せない」といったふうに表情を歪める。

ずっとなんなんだろうこの人。

ギャップとかでもなく単純にヘンな人だ。


「それもそうだなァ!!」


 完全敗北宣言を謎に大声で叫ぶ男。

男の・・・・・・もはや奇行はそれだけにとどまらない。


「おい店主ゥ!」

「え、あ・・・・・・はい? なんでしょうか?」


 完全に関係ないつもりで状況を見ていた店主さんが話を振られてビクッと反応する。


「この嬢さん方に美味いもん食わしてやれやァ! 迷惑かけたからナァ! もちろん代金は俺たちが持つ!」

「えぇ!? ナンデェ!?」


 店主も驚愕である。

にも関わらず、話は済んだとばかりに三人衆は私たちのテーブルを去り、空いてた中央の大テーブルに着く。

そのしばらく後、何がなんだかわからないが注文してもいない料理が本当にわたしたちの元にやって来た。


「ラ、ラヴィ・・・・・・あの人ヘン!」

「そう? いい人だと思うよ」

「悪い人かはわかんないけど、絶対いい人って表現で済ませていい人じゃないでしょ・・・・・・」


 了解不可能な流れで到着した無料の食事。

まぁわたしはどちらにせよ払わなかったんだけど・・・・・・後でお礼とか言った方がいいんだろうか。


「運がいいね」

「・・・・・・そう???」


 消えない困惑。

いや、事後強まる困惑。

途中からずっと意味がわからない。


 今までになったことのない不思議な心境で、ラヴィとの食事を済ませた。


 店を出るとき、一応と思ってわたしたちに奢ってくれた男に軽く一礼する。

すると男は片手を挙げて返事してくれた。


「へ、世話になったな。俺ァ、ガー・クロコダイルってンだ。また仕事頼むかもしれねぇから覚えといてくれ。あぁ・・・・・・次頼むときゃ、料金は二人分要るか?」

「さてね。それはこの子次第」


 ラヴィの視線が、チラッとわたしに向く。


「え・・・・・・?」


 しかしラヴィは男の言葉もわたしの反応も待たずに出口に歩き始めてしまった。


「あ、待っ・・・・・・」


 慌ててその後ろ姿に追いつく。

その時でも、わたしの心の中にはラヴィのさっきの言葉があった。

“それはこの子次第”って、その・・・・・・つまり・・・・・・。


「ねぇ、ラヴィ? さっきのだけど・・・・・・」

「さっきの・・・・・・どれ・・・・・・?」


 店の外に出ながら、ラヴィと言葉を交わす。


「さっきのはさっきの!」


 確かにちょっと普通じゃないことはたくさんあったけども。


「その・・・・・・最後の、わたし次第で云々ってやつ・・・・・・!」


 一つの可能性に、すがる。

今わたしが一番欲しいもの。

わたしが、居てもいい場所。


「わたし、前居たパーティ・・・・・・追放されちゃって。一人になって、どうしたらいいかわかんなくてっ・・・・・・!」


 ラヴィも、わたしと同じで、外れコードをつかまされた。

だからってわけじゃないけど・・・・・・ラヴィからなら学べることも多いかもしれない。

ラヴィは外れコードでも、一人でやっていってるんだから。

だから・・・・・・。


「ね、ラヴィ・・・・・・。わたし、その・・・・・・ラヴィと一緒に・・・・・・」


 ラヴィに、救い出してもらいたい。

助けてもらいたい。

惨めで浅ましい願い。


「ラヴィと、パーティをっ、組みたいっ・・・・・・!」


 一世一代の告白。

役に立てる保証は無いっていうか、たぶんラヴィになんにもいいことないけど・・・・・・その可能性をチラつかせたラヴィが悪い!!


 ラヴィはそんなわたしを、驚くでもなく軽蔑するでもなく、ジッと眺める。

そうして、前のめりになってしまっていたわたしの肩をそっと押して・・・・・・。


「待って。それはいいんだけど」

「いいの!?」


 驚きとかより先に嬉しさが込み上げる。

その場で跳ねそうになるのを、ラヴィに制された。


「その前にあなた、名前は?」

「・・・・・・あっ」


 満を持して、自己紹介のタイミングが訪れる。

わたしが今さっき自分の運命を委ねた初対面の少女に、一つ初めまして以上のコミュニケーションを重ねる。


「わたしはコーラル。コーラル・リーフ」

「コーラル・・・・・・」


 ラヴィは音の感触を確かめるように、わたしの名前を口の中で転がす。

そして小さく頷いて一言。


「うん、コーラル。とりあえずじゃあ、よろしくね」


 わたしより背の低い線の細い少女、ラヴィ。

そんな少女に、ダンと同じくらいの頼もしさを見た。

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