空室に差す日は変わらず

 朝は平等に訪れる。

先に進もうと足掻く者たちにも、歩みを止め停滞している者たちにも、平等に。


 変わらぬ朝が、ダンパーティに訪れる。

通常であれば全員が一階に揃い始めている時間帯。

しかしそこにはダンとシュルームの二人の姿しかなかった。


 シュルームは何をするでもなく、テーブルに頬杖をついている。

そこから少し離れた位置に、ダンは座っていた。


 お互いに、意図的に視線を合わせない。

視線を交わして、そしてそこから何をどう話せばいいか二人とも分からなかったからだ。


 一応コーラルがここを発った後も、細々と依頼はこなしていた。

しかし、歯車が欠けたかのようにうまくいかない。

そして今日、プルームはその姿さえ見せなかった。


「なぁ、プルームは・・・・・・来ないのか? その・・・・・・今日も、やらないとならないことが・・・・・・」


 気まずい空気を気まずいままに、ダンは口を開く。

間違いなくシュルームに話しかけているのに、シュルームの方も見なければ、当のシュルームもまるで聞いていないかのような振る舞いをしている。

そのせいで、まるでダンが独り言を言っているようですらあった。


 しかしそれでもシュルームはその言葉を聞いてはいる。

数秒の間の後、シュルームは気怠げに答えた。


「・・・・・・りぃだぁだって分かってますよね? 外泊ですよ、ここには帰ってない。どうせ来やしませんよ、あいつなら他に居場所なんていくらでもあるでしょうからね・・・・・・」

「・・・・・・」


 ダンもその返答は想定内のものだったようで、それについては何も言わない。

ただの確認、というより願いだった。

もしかしたら、自分の知る状況とは違う返答が返ってくるんじゃないかという淡い願い。


「俺たち、バラバラになっちまったな・・・・・・」


 あの日、全ての歯車が狂った。

もしかしたらほんの些細なことだったかもしれない過ち。

その間違いがほつれたまま歪んで、今日まで繋がってしまったのだ。


「もういいですよ、そういうの。聞かされるこっちの身にもなってくださいよ。わたしは、最後までりぃだぁんとこいますから。そんな調子じゃなんにもツイてこないですよ」


 呆れた風に、しかし決してダンを見捨てないシュルームの言葉。

しかし、ダンはそれに首を横に振った。


「いいんだ。しょうがない。俺が、俺さえ・・・・・・あの日に、あんな失敗をしなければ・・・・・・。みんな離れてくのは当然だよ。シュルームも、無理に俺に付き合うことはないよ・・・・・・」


 ダンの言葉に一瞬ムッとした表情を浮かべるシュルーム。

だがすぐにため息と共にその表情を掻き消して、テーブルから離れた。


「いつまでもそんなこと言ってるから、みんなバラバラになっちゃうんじゃないですか。ほんと、いいかげんにして下さいよ」


 シュルームは二階の自室へゆっくりと向かっていく。

ダンは、シュルームの残した言葉に深くため息をついた。


※ ※ ※


「すまないね、いきなり転がり込んでしまって」

「いいのよ、プルーム様ならいつでも大歓迎!」


 カーテンが朝日を遮る寝室。

同じベッドの上で、寝起きの女がプルームに腕を絡めていた。


 プルームはいつも通り、喜ばせるための言葉を吐こうとする。

愛される者の責務として、寄せられた愛には応えなければならない。

プルームの信条だった。


 しかし、もやがかかったみたいに、いつまでも頭がクリアにならない。

どんな言葉で何を語ればいいのか、いつもならスラスラ出てくる軽薄な言葉が思いつかない。


「ああ・・・・・・えっと、とにかく済まなかったね。ま、ボクもたまにはこうしてキミたちを頼ったりもするってことさ。最高にキュートなハニーたちのおかげで、ボクは渇きを感じることがないんだ。だからその分、キミたちにも渇く暇を与えないよ」


 サラリと前髪を払って、澄まし顔で笑う。

プルームは「ああ、そう。こういう感じだったはず」とその感覚を取り戻しつつあった。


 しかし、何がどううまくいかなかったのか、プルームを見る女の表情が変わる。


「おや? どうしたんだいハニー・・・・・・?」


 内心の焦りを悟らせぬようやはり気取って話しかけるが、女は眉根を寄せて出来た溝を深くするばかりだ。


 プルームはさらに焦る。

まるで何かの発作みたいに、心臓がバクバクする。

そして・・・・・・。


「プルーム様、今日はもう帰って」

「いや、そんなまさか! そういう冗談を言う子だったっけ? 遠慮することはないんだよ? 今日、キミは、ボクを独り占めできる。悪くない、話・・・・・・のはずだよね?」


 往生際悪く言葉を返すプルームだが、女の結論は変わらなかった。


 それから少しの間、女は言葉を重ね続けるが、それのほとんどはプルームの耳に入らない。

プルームはかつてないほどに動揺し、困惑する。


 気がつく頃には、既にプルームは寝室を、家を追い出されていた。

人の往来の中に放り出されて、空を見上げる。


「ボクは、どこへ帰ったらいい?」


 プルームのことが好きな者たちはいくらでも居る。

けれど、その者たちには結局その者の時間・・・・・・家族や家があり、プルームの帰る場所にはなり得なかった。

そしてダンパーティももはや・・・・・・。


 それでも日の光は変わらず、昨日と同じようにプルームを照らしていた。

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