羽化
数時間後、わたしはラヴィの部屋のベッドに寝ていた。
服も着替えさせられて、今は綺麗な格好だ。
というかさっきまでがあまりにも酷すぎた。
「どう? 落ち着いた?」
「・・・・・・うん。ごめん・・・・・・」
「仕方ないよ」
わたしの部屋の掃除を終えてしばらく休んでいたラヴィが、様子を見に部屋にやってくる。
ベッドの傍まで歩いてくると、その手を伸ばし手のひらをわたしの額の上に乗せる。
汗ばんだわたしの額をラヴィの柔らかな手のひらの感触が包んだ。
「まだだいぶ熱は高そうだね。暑くない?」
「ううん、むしろ寒い・・・・・・」
「・・・・・・そっか」
ラヴィの手が掛け布団をわたしの肩の上まで持ち上げる。
そしてついでとばかりにわたしは前髪を撫でた。
一番酷いときから痛みはだいぶ引いた。
と言っても、この間のコードの成長の時よりは数段痛みが重い。
ある程度楽になってこれだ。
また痛みは引いたものの、熱は上がって来ている。
頭がぼうっとして、体が重かった。
嘔吐はあの時の一度きり。
まぁ激しい痛みを原因とした嘔吐だから痛みの緩和と同時に無くなるのは当然と言えば当然か。
胃酸のせいで喉がイガイガして気持ち悪い。
「ま、なんにしても・・・・・・明日は休もうか。今夜中に良くなるようでもね」
「ごめん・・・・・・」
「もう、だから仕方ないって・・・・・・」
ラヴィには迷惑をかけっぱなしだ。
たぶんラヴィの服も汚してしまったと思うし、片付けだって全部ラヴィ任せ。
そして何より、楽しくなるはずだった今夜を台無しにしてしまった。
仕方ない。
ラヴィはそう言ってくれるし、事実仕方ないと言えば仕方ないのだけど、だからといってこの罪悪感が消えるわけもなかった。
痛みのせいか、高熱のせいか、はたまた申し訳なさのせいか、わたしの目にはうっすら涙が滲む。
どうしてこんなことに、とやり場のない怒りが胸に満ちる。
現象としてはコードの成長という望ましいことが起きているはずなのに、喜ぶ余裕などどこにも無かった。
「何か食べられそう?」
「・・・・・・」
ラヴィの言葉に首を横に振る。
あれだけお腹が空いていたのに今では何も食べられそうにない。
無理に食べても戻すのがオチだ。
「そか・・・・・・でも水は飲みなよ?」
「うん・・・・・・」
部屋にある机の上には水差しが用意されている。
用意されているはいるんだけど、それにすらわたしの手は伸びなかった。
何かを体の中に入れること自体に、抵抗というか・・・・・・躊躇いがある。
吐いたりしたのだから水分を摂らなきゃいけないだろうというのは理屈ではそうなんだろうけど、どうしても体がその気にならなかった。
それにしても、だ。
寒い。
酷く寒い。
熱を出しているのだから暑いはずだろうし、実際自分で自分の体に触れると熱を持っているのがよく分かる。
それでいて体が寒いと訴えているのだから不思議だ。
「ね、ラヴィ。行かないで」
「行かないよ」
妙に心細くて、部屋を出る素振りすら見せないラヴィをしかし呼び止める。
ラヴィはわたしの声に応えて、ベッドのすぐ横まで来てわたしの顔を覗き込むようにしゃがんだ。
「心配しなくても別にうつるようなものじゃないんだから。コーラルがそうして欲しいって言うなら、いつまでだってここに居るよ」
この期に及んでまだ甘えを重ねている。
その自覚は、正直ある。
やっぱり根本的に末っ子気質というか、そういうところがあるのだろうか。
「しかしね・・・・・・こんなに酷いの、今まで見たことないよ。前のときとも全然様子が違うし、どういうことなんだろうね」
「わか、ない・・・・・・」
何がわたしの体に起きているのか。
そして朧げながら脳裏に張り付いているあの夢。
突き刺さる誰かからの視線。
あれも、一体なんだったのだろうか。
何か、ほんの少し何かが普通じゃない。
それがどうしてなのか、それを説明することはわたしたちには出来なかった。
「ね、ラヴィ。寒い」
「んー・・・・・・まだ綺麗な布団あったかな?」
「そうじゃなくて・・・・・・寒いよ」
布団の中から手を出してラヴィの袖を掴まえる。
寒いのは事実だけど、わたしが言いたいのはきっと“寂しい”だったのだと思う。
なんて、ラヴィはここに居るのにね。
それでも、わたしが何をねだっているのか察したラヴィは・・・・・・ゆっくりとベッドの上に腰を下ろす。
「えっと、いいの? のびのび使えた方がいいかなって思ってたんだけど・・・・・・?」
「・・・・・・」
わたしの手はまだラヴィの袖を掴んだまま。
それはこの場においては肯定の意だ。
言葉を使わない、受け取る側からしたら面倒くさいコミュニケーション。
それでもラヴィはきっちりわたしの気持ちを汲み取る。
靴を脱いで、その脚を布団の中に滑り込ませて・・・・・・。
ラヴィもまた、布団の中にその体を収めた。
「昨夜と同じだ。結局」
ラヴィの方が少しばかりわたしより小柄。
だけど、そんなの関係ないとばかりにラヴィの胸に額を押し当てる。
そうするとラヴィは静かにわたしの背中に手を回して、ゆっくり撫でるようにさすった。
ラヴィの体温がわたしを包む。
そうして初めて、寒さが薄れてあったかさを感じられた。
その晩は、ラヴィに寝かしつけられるようにして眠った。
それから夢を見た。
あの時とは違う、普通の夢。
やっと、普段通りの眠りにたどり着けたのだ。
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