運命の鼓動

 暗闇。

どこまでも続くような、暗闇。

あるいは地中深くのような、黒。

閉塞感。


 息苦しさの中に何かが渦巻く。

種が割れ、その内から芽が伸びるように、闇の中を何かが蠢く。


「・・・・・・わたしたちは頭でっかちになりすぎた」


 それの声は、わたしの脳に染み渡る。


 あれは、誰・・・・・・?


 闇は答えない。

わたしの目は何も映さない。


「本当はもっと簡単なことのはずなのに、自分で自分を縛って、目に見えない何かに絡め取られて、身動きが取れなくなる」


 暗闇が、わたしを見つめる。

視線が、わたしに刺さる。

色々な気持ちが湧き起こるが、それがどんな意味だか分からない。


「ときどき、何もかも台無しにしたくなる」


 あなたは・・・・・・?

誰?

何・・・・・・?


 答えを求め、手を伸ばす。

闇を掻き分けるように、その重々しさを払いのけるように指を伸ばす。

そしてその指は、何かに触れ・・・・・・。


「あだっ・・・・・・」


 ガタッという音と共に、わたしは明かりのもとに転がり落ちる。

その衝撃に、わたしの意識は一瞬で現実に引き戻された。

それと同時に、さっきまで見ていた“夢”の内容も朧気になる。


 ラヴィの家の、わたしの部屋。

ベッドから落ちたようで、わたしは床に転がっていた。


「うっ、くぅ・・・・・・」


 瞬間、走る痛み。

どこかに何かをぶつけただとか、そんなものじゃない。


 眼球が熱を持ち、その熱が棘のようになって頭蓋まで突き抜ける。

痛みを自覚した瞬間、体から汗が吹き出した。


「・・・・・・い、う・・・・・・っ」


 痛みに耐えかねて、右目を押さえて床をのたうつ。

頭の中で血流がぐるぐる回り、それに同期するように視界がチカチカした。


「・・・・・・な、で・・・・・・?」


 ブラッドコード由来のものであるのには間違いない。

しかし今までの苦痛とは次元が違う。

あまりにも痛みが早く、鋭く、熱い。


 体が芯から強張ってしまい、上手く動かせない。

食いしばった歯の隙間からは泡立った唾液が溢れた。


 とても真正面から受け止められる痛みじゃない。

それに熱い。

目だけじゃなく、全身が。


「・・・・・・あ、や・・・・・・」


 何かに縋るように地面を手探りする。

もちろんこの痛みをやり過ごせるものなんてあるはずもなく、掴まえた布団の端を強く握りしめるだけに終わった。


 いつまでも、痛みがひかない。

あるいは大きすぎる苦痛が、数秒を永遠に引き延ばしている。


「たす、け・・・・・・」


 絞り出すような声。

強すぎる痛みに叫び声を上げることすらできない。

音が喉につかえて、出てこなくて。


 やがて凍えているみたいに歯が震え出す。

意思に反して、脚が暴れる。


 それは部屋にあった棚か、あるいは机にぶつかったようで、けたたましい音と同時にものが倒れてきた。

それはわたしの体に衝突し、その質量で激しく殴打してくる。


 だが、その痛みすら今の症状の前では些事に過ぎなかった。


 いっそ意識を手放してしまいたいのに、この苦痛がそれすら許さない。


 ものが倒れた音を聞きつけたのか、廊下をものすごい速度で足音が駆けてくる。

それは迷いなくこの部屋の前までやって来て、部屋のドアを開け放った。


「コーラル・・・・・・!?」


 その声に、少し安堵する。

ラヴィだ。


 ラヴィの声に応じることもできず、どんな表情をしているか確かめることもできない。


 ぐちゃぐちゃに布団が絡まった体で、ラヴィの足元に這いずるように手を伸ばす。

そうしているうちに、それは喉元まで込み上げてきた。


 脳に突き刺さる重く鋭い痛みが引き起こす反応。

吐き気を自覚する前に・・・・・・。


「ぅおぇぇ・・・・・・・・・・・・」


 わたしは嘔吐していた。


 服が、布団が汚れる。

吐き出してから口元を押さえにいったから、手も汚れる。


 自分の吐瀉物の上に倒れ込むようにして、それからしばらく苦しみ抜いた。

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