似た者同士

「なんや兄ちゃん、お前さんもはぐれたんかいな?」


 オオカミの魔物から離脱したラニアは、そこで待ち構えていた辻忍者に出会した。

忍者の変化の術はそのまま。

ラニアはまだ相手が敵であることに気づかない。


「お主、命というものは軽いのう。そうは思わぬか?」

「あ、どしたんや兄ちゃん? なんやワレ、まさか仲間・・・・・・やられたっちゅーことか!? そっちは何があったんや? なんならワシが手ぇ貸すでぇ?」

「・・・・・・ラニア・タスク」


 少し様子のおかしい忍者に、流石のラニアも違和感を抱き始める。

ラニアの表情は読み易い。

そして、当然その顔色の変化を読み取れない辻忍者ではなかった。


 辻忍者は口元を醜悪に歪め、脱皮の如く変化の術を解く。

両の腕を垂らして、その背を丸める。

露わになった素顔はまるでヘビのような気味の悪い表情をしていた。


「命は軽い。拙者もお主も。拙者が殺してきた者どもも。だかのう・・・・・・死地にて命は輝く。熱く、燃え上がる。お主は抗うか? それとも命乞いをするか? それとも・・・・・・拙者の命、燃え上がらせてくれるか? クククッ、ラニアよ・・・・・・拙者と共に、死のうぞ」

「なんやなんや・・・・・・わけわからん兄ちゃんやの・・・・・・。ここははっきり言ったるがな、気色悪いで?」


 ラニアは状況を理解していない。

目の前の男が姿を変えたのも、何故殺意を剥き出しにしてきたのかも、その意味を理解していない。

だが一つ、分かっていることがある。

それは目の前の男が、殺し合いをしたがっていることだ。


 ラニアは、ある種この男に自らに通じるものを感じている。

程度やポイントは異なれど、この男は狂っている。

ラニアが自らに対しそう思っているのと同じように。


「兄ちゃん、あんた・・・・・・目ぇ血走っとるで。飢えた獣みたいにバキバキや。兄ちゃん、ワシと・・・・・・同じ目ぇしとるな」

「ククッ、聞いていたより骨のありそうな男よのう。良い、良い良い良い良いッ!! この昂りッ! 間違いない、お主なら・・・・・・拙者を殺せるかの?」


 時折、ラニアは自分を制御出来なくなる。

血を見ると体が熱くなり、衝動が疼く。

理性を欠いた肉食魚のように、食らいついて離さないのだ。


 お互いの殺意が、お互いの本能を刺激する。

血に飢えた狂人たちの火花は、一瞬で激しく散る。

目が合い、互いの殺意が衝動したなら、その炎はもう燃え上がっていた。


 スタートの合図も無しに互いに駆け寄る。

この瞬間だけは人を捨て、理性の枷を外す。


 紫電のように目にも止まらぬ速さに加速する辻忍者に、ラニアは石の散弾を浴びせた。


「速さだけが取り柄か? 兄ちゃんよぉ」

「お主こそ、石ころを飛ばすしか能がないでござるか?」


 先程の一瞬の接触で、ラニアは脇腹を短刀でザックリ斬り込まれている。

だが辻忍者もまた、ラニアの散弾を避けきれず顔から胸にかけて石の弾丸に傷つけられていた。


 それでも両者とも、虚勢無しにピンピンしている。

痛みを感じていないわけではない。

痛みこそが二人の闘争本能を加速させていた。


 素早く動き回る辻忍者。

ラニアの目ではその一挙手一投足を捉えることはできない。

だがそういった状況を前にして悩むたちでもなければ、特別策を練るようなタイプでもなかった。


 乱雑にところ構わず石つぶてを放ち続ける。

そして命中するしないに関わらず、その行動は確かに忍者の動きの邪魔になっていた。


 だが・・・・・・。


 辻忍者がラニアに直線で突っ込む。

ラニアはそれにギリギリ反応を間に合わせ散弾を撃つ。

そしてそれを忍者は避けなかった。


「ぐっ・・・・・・!」


 真正面から素直すぎる軌道で突撃してきた忍者の刃が、ラニアの腹部に深々と突き刺さる。


 相手は辻忍者である前に、どこかネジの外れた狂人である。

命の軽さを知っているからこその、執着の無さ。

石つぶての被弾により顔の肉が大きくこそげた状態で、辻忍者は血塗れの笑みを浮かべた。


「ようやるわ、ワシも・・・・・・見習わんとなっ!」


 しかしラニアも負けてない。

自らの腹に短刀を突き刺したその腕を逃さず捕らえ、うっすら骨の見えている忍者の頬を殴り飛ばした。


 それもただの拳打ではない。

拳が触れるまでのごく短い時間の内に石つぶてを生成し、それを巻き込み殴打したのだ。


 短時間故にそのつぶてのサイズは小さいが、それでも人体には見た目以上のダメージを与える。

辻忍者の崩れた頬肉に突き刺さり、切り裂き、同時にラニア自身の拳にも裂傷を与えた。


 殴り飛ばされた辻忍者は、その衝撃に地を転がる。

短刀は、ラニアの腹部に突き刺さったままだ。


 ラニアは刀を引き抜き、忍者に見せびらかすように揺らす。


「兄ちゃんエモノから手ぇ離すようじゃまだまだやの」


 煽りに合わせてラニアの傷口からぴゅっと血液が水鉄砲みたいに吹き出す。

その瞬間、ラニアの横を突風が吹き抜けた。

その風が過ぎ去った後、ラニアの手のひらは空っぽである。


「土遁の術は確実に命を奪うには礫を十分な大きさにするだけの時間が必要でござる。お主、そのようなことをしていては拙者は殺せぬぞ?」


 忍者は奪い返した短刀を手に煽り返す。

二人とももう長期戦は不可能な出血量。

止めどなく溢れる血をそのままにしている。


 死は、そう遠くない。

なのに二人の鼓動は加速する。

脳内で快楽物質が弾ける。


 戦いを食らう獣は、再び牙を剥き出しにして互いの首筋に迫った。

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