殺しのワザ

 一方その頃、ガーもまた辻忍者の一人と接触していた。


「おお! こンなとこに居たか! 気ィつけろ、見たこともねェ魔物が現れた。一目見た印象でしかねェけどよ、ありゃただモンじゃねェぜ。お前、仲間はどこ行った? そいつらにも伝えてやれ!」


 変化の術を解かないままなので、ガーはその正体に気付かない。

疑いすら、一欠片もない。


 計画通り一人になったガーと出会した辻忍者は、ニヤリと口角を吊り上げる。

笑いを抑え切れぬまま、嘲笑うかのような調子で口を開いた。


「ほう・・・・・・見たこともない、魔物・・・・・・とな。そいつは・・・・・・なかなかどうして、ままならないもの・・・・・・で、ござるな?」

「・・・・・・!?」


 ガーは男の態度、そして何よりもその言葉遣いでやっと状況を理解する。

実は、ガーにはこの依頼を受けた瞬間からすでに多少ながらも違和感があった。

自分たちに定期掃討じみた依頼が回って来たこと、そして何も知らされないまま同伴パーティがいたこと。

最初から、何か妙だとは思っていたのだ。


 その違和感の答えが、目の前の男だ。

この定期掃討の依頼、それは最初から罠だった。


「お前ェたちかよ、プレコの追手はよォ・・・・・・!」


 ガーは当然、プレコの素性を知っていた。

里のしきたりについても、かつて辻忍者だった者が大義を失い殺人集団に成り下がったことも。

プレコがかつての仲間たちから追われる身であると知った上で、仲間として受け入れたのだ。


「そうでござるか。あのオニダルマが、話したでござるか。ならば話は早い。里のしきたりも機密保持の為の決まり事でござる。実際にオニダルマが里の情報を漏らしたとなれば、死なねばなるまいのは分かるな? オニダルマも、お主も」

「分かるかよ、ゲスが! あいつァなァ、お前ェたちみてェなどうしようもねェ奴たァ違ェ。なァにが機密保持だ、何がしきたりだ! もうねェ組織の話なンかしてんじゃねェよ」

「はっ、笑わせるな。拙者らは力を蓄え、再びあの戦乱の世を取り戻す! 辻忍者は終わってなどおらぬっ!」


 辻忍者が地を蹴り、ガーに距離を詰める。

一瞬の内に。

これはブラッドコードでも何でもない、厳しい鍛錬によって会得された技術、身体能力だ。


「くっ・・・・・・」


 ガーの武器は弓、近接した間合いを得意としない。

眼前まで迫った辻忍者から逃れようと、後ろに跳び退こうとする。

だが・・・・・・。


「無駄でござるよ。拙者は既にお主の影を捉えているでござる」


 ガーの足が、縫い付けられたかのように地面から離れない。

正確には自分の影から離れない。


「これが拙者の忍術。拙者が影を踏めば、お主はその影から逃れられぬ」


 辻忍者は挑発するように笑い、自らの顔を剥ぐ。

街にありふれた荒くれ者の顔の下から現れたのは、忍者の装束に身を包んだ残忍な笑みを浮かべた男だった。


「けっ、使ってンのが弓だからってナメやがってよォ・・・・・・。矢にはなァ、こういう使い方もあンだぜ?」


 ガーは素早く矢筒から矢を引き抜き、その矢尻を辻忍者に向け振り下ろす。

だがそれよりも速く忍者が腰から抜いた短刀が閃いた。


 風のように一瞬で通り過ぎる刃の輝き。

矢は正確な動作で両断され、忍者に届く頃にはその殺傷力を著しく欠いていた。


 ただの木の棒となってしまったそれも、易々と手で受け止められる。


「そのような手が拙者に通用すると思うたか? 凡俗な賊まがいの男の速さが、研ぎ澄まされた我らの速さに届くと、本当にそう思ったのか?」

「クソがよォ・・・・・・」


 ガーが埋まらない差に舌打ちをする。

単純な膂力では勝るはずなのに、ガーは忍者に掴まれた腕を動かすこともできなかった。

まるで巨大な岩石の中に腕が埋め込まれてしまったかのように、いくら力を込めても動かない。


「分かったであろう? お主は既に詰んでおる。洗練されていないお主の技など、拙者に通用するはずがなかろう」

「ふざけやがって・・・・・・!」


 ガーは男を睨みつける。

足が地を離れなければ、利き腕も軽々封じ込められてしまっている。

残された左腕でできることなど、たかが知れていた。


「案ずるな、辻忍者の技は一流。痛みを感じる間もないであろう」


 忍者の手に握られた短刀が、差し込む光に照らされてギラリと輝く。

一点の曇りもないその輝きが、刃の鋭さを物語っていた。

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