解釈違いっていうか、普通に違う

 数々の戦いが繰り広げられるなか・・・・・・。


「ねぇ、ラヴィ」

「どうしたの?」

「・・・・・・えと、お腹・・・・・・すいた、かも・・・・・・?」


 ラヴィとコーラルは当てもなく森を彷徨っていた。

単純な知識や経験の差からラヴィが先行する場合が多いが、今回はコーラルが前を歩いていた。


「お腹すいたって・・・・・・流石にそんなこと言ってる場合じゃないよ。近くにあの魔物の気配は無いけど、状況が良くなったわけじゃない。緊急事態とは言え、やっぱりバラけたのは良くなかった」

「そうかな? でも、ガーたちも強いんでしょ? たぶん。なら、わたしたちで先に逃げちゃっても大丈夫な気しない?」

「しないよ」


 すっかり緊張感の抜けきってしまったコーラルは、武器を仕舞い込んでいる。

それとは対照的にラヴィは警戒を怠らず、その手に剣を握りしめていた。


「ね、さ? もうさ、あんまし気張っててもしょうがないよ。それよりはさ、こう・・・・・・何? 体力とか、精神力とか? そういうのの温存に努めた方がいんじゃない?」

「コーラル、流石に気を抜きすぎだよ」


 ラヴィの表情に少し苛立ちの色が浮かぶ。

実際今のコーラルは油断しすぎと言う他ない。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 二人とも無言になり、道なき道を行く。

先行するコーラルの選ぶ進路は気まぐれで、その時その時で通りやすそうな方へつま先を向けている。

本当の本当に、当てがない。

ただ何かが起きて状況が変わってくれるのを待っている。

そんな心境がありありと読み取れる足取りだった。


「・・・・・・やっぱり、少し休もうか。こうして彷徨っていても埒があかない。私とラヴィじゃ・・・・・・正直な話あの魔物相手にどうにかなりそうもないし・・・・・・。他のメンバーに見つけてもらうのを待つしかない」


 仕方ないとばかりにため息を吐くラヴィ。

その言葉にコーラルは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「そうそうそう! しょうがないもん、これは。だってわたしたちにはさ、こんなの手に負えないもんね」

「・・・・・・そうだね」


 コーラルはラヴィの空いている手を引ったくって走り出す。

ラヴィは突然手を引かれて躓きかけるが、すぐにコーラルの速度に合わせて駆けた。


「ねぇ、どこら辺がいいかな、休憩するの? 虫も寄り付かなそうで、そんでもって座れそうな場所がいいよね」

「そんな場所が森にあればいいけどね・・・・・・」

「あはは・・・・・・流石に贅沢言い過ぎか・・・・・・。けどさ、もうしばらく魔物に会ってないし・・・・・・ラヴィも武器なんかしまっちゃいなよ。重たいでしょ?」

「・・・・・・そうだね。それもそっか」


 ラヴィがコーラルの言葉に頷くと、コーラルは嬉しそうにラヴィの肩に腕を絡める。

ラヴィがその過剰なくらいのスキンシップに反応してコーラルに視線を送ると、それに笑顔で応えた。


「くっつきたいのは結構だけど、あんまり引っ付いてると武器も仕舞えないよ。危ないから離れて」

「おっと、それはシツレーしました」


 ほとんど遊び気分で、コーラルはひょいと半歩横に退ける。

ラヴィはその空いたスペースで鞘に剣を納める・・・・・・。


「・・・・・・」


 フリをしてコーラルの肩に剣を突き刺した。


「え・・・・・・?」


 状況に理解の追いつかないコーラルが目を丸くする。

肩口から溢れた血液が、纏う服に染みを広げていった。


「な・・・・・・で???」


 コーラルは痛みに耐えるように唇を噛みながら、ラヴィを涙目で見下ろす。

その震えた声にラヴィは静かに答えた。


「剣先がしっかり関節を捉えてる。下手に動かさない方がいいよ」

「い、痛い・・・・・・よ?」

「はぁ・・・・・・。だろうね」


 ラヴィは疲れたように、あるいは呆れたようにため息をこぼす。

そしてコーラルに向かって話し出した。


「匂いが違う。声色が違う。性格も違う。あなた、コーラルのことただの馬鹿だと思ってる? 根本的に、観察が足りないよ。何も分かってない」

「・・・・・・!?」


 先程とは逆にラヴィがコーラルの肩を引き寄せる。

そして怯えた様子のコーラルと視線を合わせた。


「万が一ってこともあるかもしれないし、一応手は出さないでいたけど。それももうおしまい。成りすますなら、もっとちゃんとよく見な。あなたはコーラルが外からは分からない位置にコードがあるって思ったのかもしれないけどね、あの子右目にコードが浮き出てるの」

「な・・・・・・」


 ラヴィの隣に居るコーラル。

その瞳には、ブラッドコードの模様が存在しない。

そうでなくても、ラヴィにとってはあまりにも明らかに偽物だった。


「あなたの目的は?」

「・・・・・・」


 すっかり青ざめたニセコーラルだが、それでも口をつぐむ。

ラヴィが握った剣を少し動かすと、コーラルの額に汗が吹き出した。


「・・・・・・あなた一人ってことはないよね? それに、たぶん主戦力でもない。流石に脇が甘すぎるからね」


 質問に答えないならと、ラヴィは勝手にあれやこれや推測を始める。

答え合わせは、ニセコーラルの表情で行っていた。


 しかし数秒も経たない内に、ラヴィはそういった思考を投げ出す。


「いいや。今はそれより・・・・・・ちょっと機嫌悪いから」


 愛読書の二次創作であまりにも原作から乖離した人物像を見せられたような気分で、ラヴィは握った剣に力を込める。

ラヴィはそれで初めて著しい解釈違いが自分の地雷だと知った。


 ニセコーラルの骨に剣からの圧力が伝わる。

鋭い剣先はメリメリ関節の隙間を押し広げていく。


「やめ・・・・・・」


 コーラルの顔は、汗と涙でぐしゃぐしゃだ。

ラヴィは「コーラルもこんな顔をするんだろうか?」と思いつつも、成りすましには容赦しない。

無遠慮に、相棒の剣に一気に力を込めた。


 森の、他所から比べたら幾分か静かな場所で叫び声が上がる。

その声は初めは幼なげな女性の声だったが、途中で野太い男の取り繕わない絶叫に変わっていた。

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