孤立無援

「ねぇ、さぁ・・・・・・。ラヴィ、どこ向かってるの?」


 魔物から逃げ出して、ラヴィと合流して、それからしばらく経った。

けれども時間ばかり過ぎていって、これなら街に戻ってギルドに助けを求めた方がやっぱりよかったんじゃないかと思えてくる。


「まぁ他の仲間と会えないことには、どうしようもないよ。ここはとにかく、行き当たりばったりでも他のメンバーを探すしかない」

「そう、かなぁ・・・・・・?」


 ラヴィはわたしよりこういうことに慣れてる。

それは間違いない。

だからこうして仲間にしてもらえるように頼んで一緒に行動していたわけだけど・・・・・・。


 なんだか、今はラヴィの考えが見えない。

いや、表情が読みづらいのはそうなんだけど・・・・・・正味そこら辺はなんだかんだ結構分かるようになって来たし、けど今はそういうのじゃないのだ。

何を考えてるのか分かりづらい表情をしているというよりは、まるで何も考えていないみたいな、そんな感じ。


「・・・・・・」


 あんまりラヴィに対してこんなこと思いたくないけど、不信感とか、正直に言えば苛立ちとか、そういう気持ちが湧いてしまう。


 少しモヤモヤする。

これからまた長いこと一緒に過ごすってことは、こういう気持ちになってしまうことが少なからずあるってことだ。

そういうのは、ダンパーティでしてた喧嘩とかてもやっぱり種類が違う。


「どうしたの、コーラル?」

「いや、その・・・・・・ちょっと不安になっただけ・・・・・・」


 流石に今面と向かっては言えないかな、と誤魔化す。

実際不安なのはそうだし。

何に対して不安なのかを濁しただけだ。


「そっか。でも、大丈夫だよ。心配要らない」


 軽く微笑んで、ラヴィはわたしの頭を撫でる。


「・・・・・・?」


 一見優しい態度だけど、やっぱりなんだか違った。

触れた手のひらから、伝わってくるものがない。

いや、ラヴィとのスキンシップで何か特別なものを感じてたとか、そういうことは無い・・・・・・と思うけれども。

とにかく、なんか違うのだ。


 こんな、魔物から逃げ出して仲間とはぐれてるっていう普通に危険な状況なのに、何故か気持ちがラヴィとのことに傾く。

ずっと何も言えずに、このマイナスな気持ちを抱えたまま一緒に居るのは・・・・・・なんか、やだなって思った。


 誤魔化しながら、取り繕って一緒に居るのはお互いにとってきっと良くない。

違う環境で生きてきたから、そりゃ擦り合わせていかないといけないこともあるだろうけど。


「ね、ラヴィ・・・・・・わたしってさ、わがままかな?」


 ボロが出たっていうか、少しずつわたしがラヴィについて理解していったってことなんだろうけど。

正直、今の感じのラヴィとは・・・・・・たぶん合わない。

それは、わたしがわがままだから、なんとなく今の違和感を許せないのだろうか。


 ラヴィがわたしの言葉に目を丸くする。

そして・・・・・・。


「ごめんね、不安にさせちゃったね。大丈夫、コーラルはわがままなんかじゃないよ」

「・・・・・・なんか、軽薄な感じ、する・・・・・・」


 口ではそう言いつつもその綺麗な瞳に見つめられるとなんだか有耶無耶になってしまいそうで、視線を逸らした。


 それでも、尚もラヴィは顔を近づける。

わたしの顎の下に手を添えて、ゆっくりと視線を合わさせる。


「な、何・・・・・・?」


 なんだかドギマギして視線があっちこっち泳ぐ。

けれどもラヴィの真っ直ぐすぎる視線に負けるように、結局は見つめ合う形に落ち着いた。


「キス、しよう? そうしたらコーラルも、少しは気持ちが落ち着くかも。不安とか、恐怖とか、そういうのがごちゃごちゃになっちゃったんだよね?」

「い、いや・・・・・・それは分かんないけど・・・・・・」


 わたし自身、今のこの絡まった気持ちがよく分からない。

ラヴィが迫ってくるものだから、尚空転して絡まる。

っていうか・・・・・・。


「え? は・・・・・・? キス!?」

「あれ? 嫌だった?」

「え、いや・・・・・・いや??? 嫌、とは・・・・・・言わない、けど・・・・・・?」


 キス。

接吻。

ちゅー。


 呼び名こそ様々なれど、その行為が表現するものにそう多くのレパートリーは無い。

女児には誰しもキス魔な時期があるけれど、わたしは今15だ。

そんな歳ではない。


「って、ていうか、わたしたちって、そういう・・・・・・アレだったっけ?」

「あれ? 違ったっけ?」


 ラヴィの表情にガチめの焦りが現れる。

実際ラヴィだけそう思っていたというパターンならかなり気まずいだろう。


「ち、違う・・・・・・くない、かも・・・・・・?」


 改めて、冷静になって考えてみる。

やたら濃い時間は過ごしたけど出会って日は浅いから振り返るのはすぐだ。


「・・・・・・」


 言われてみれば、こう・・・・・・経緯に理由があれど一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり、何段飛ばしかの距離感だったかもしれないが・・・・・・。

それにしても、絶対的に日が浅いのだ。


 いや、そもそも・・・・・・最初からそのつもりでラヴィはわたしに話しかけた、とか?

あんな顔して相当のむっつりスケベで、わたしを手篭めにするつもりで?

いや、なわけ・・・・・・。


 事態が理解の範疇を越える。

絶対そんなわけないのに、ラヴィに対しての変なイメージが加速する。

わたしがそうやってぐるぐる空回っている間にも、ラヴィの唇は近づいてくる。


 えっと、してしまうのか?

今日、ここで。

わたしは、ラヴィと・・・・・・。


 見開いた目が閉じられなくなる。

まるで何かの催眠にかかったみたいに、力が抜けて全身が痺れたみたいな感じになった。


 わたしの目を、ラヴィの目が覗く。

もはや両者に言葉はない。

ただその視線のみが絡み合って・・・・・・。


「え・・・・・・?」


 ちょっと待って。


「あなた、誰・・・・・・ですか?」


 わたしの目を覗き込む瞳の色が違う。

顔の輪郭も、髪も、わたしに触れる指の感触も。

ていうか性別も。


 全くの別人が、わたしの唇を奪おうとわたしの頭を支えていた。


「・・・・・・!? やべ、術者がやられたか・・・・・・」


 わたしの言葉を聞いた知らない男が、サーッと青ざめる。

表情を歪め、額に一筋の汗を伝わせた。


「ちょ、ちょっと・・・・・・え? ほんとに誰? え? え???」


 さっきまでのごちゃごちゃの心境が一転、今度は段々と怖くなってきた。

何がどうなっているのかということ以前に、身の危険を感じた。


 とりあえず男を引き剥がしたくて、遠慮がちにその肩を押す。

男は酷く焦った表情で、何やら思考を巡らせていた。

そして・・・・・・。


「やむを得ん!」


 わたしのささやかな抵抗を押し除けて、男はわたしの頭を無理矢理引き寄せた。


「んむ・・・・・・!?」


 唇に触れる他人の体温に、頭が真っ白になる。

反射的にきゅっと閉じた口をこじ開けるように男は力強く顔を押し付けた。


 わたしは訳がわからなくなって、思い切り男の肩を押す。

しかし体格差のせいで押し除けられない。


 体が男から逃げたがって、勝手に後ずさる。

しかし冷静さを欠いたわたしの足運びは、地面のちょっとした盛り上がりに踵を引っかけてしまい、そのまま後ろに倒れた。


 それで一瞬男の口が離れるが、すぐさま覆い被さるようにまたしても口を塞がれる。


 生暖かい感触に、冷たいものが胸中に流れ込む。

澱んで、濁る。


 膨れ上がった恐怖はわたしの体を勝手に動かし、男の腹に足をめり込ませた。


 咄嗟に放った不恰好な蹴り。

しかし至近距離なのもあって男の体の、芯の部分を確かに捉えた。


「・・・・・・んぐぅッ!!」


 わたしの蹴りに男は呻き声を上げながら仰反る。

やっと解放された口をわたしはすぐさま拭った。

それでも気持ち悪さは払拭しきれない。


「ぅおぇぇ・・・・・・最悪・・・・・・」


 今までに無い経験。

ファーストキスはたぶんシュルームとかダン辺りで済ませてるだろうけど、そういう問題ではない。


「ぺっぺっ・・・・・・」


 唾を吐きながら、蹴り飛ばされた男の方を見る。

見たくもないけど。


 全身真っ黒の珍妙な衣服を見に纏った男は、未だ苦しそうに顔を空に向けて居た。

そして開かれた口から覗くのは、鈍色の光。


「・・・・・・ただの変態じゃないみたいだけど? なんなの?」


 男の口内に覗けるのは、見間違いようもなく刃の先端だ。

口から既に数十センチほどはみ出しているのを見るに、あと少し蹴り飛ばすのが遅かったらアレはわたしの喉に突き刺さっていただろう。


「あが、ががががが、がッ・・・・・・」


 男は苦しそうな声を上げながら、飛び出した刃を摘み自らの喉から剣を引き抜く。

よろよろと立ち上がって、血の混じった痰を吐きながら濁った声で言った。


「クソが、バレちまったらしょうがねぇ・・・・・・。本当は油断したとこを一撃でぶち殺してやるつもりだったのによ・・・・・・!」

「一撃でって・・・・・・さっきのあれで? わけわかんないし、普通に気持ち悪いよ」

「これから死ぬやつにゃ、関係ないことだろ」


 男は引き抜いた剣を素振りしながら、こちらに近づく。

それにわたしも立ち上がって武器を構えた。


「収納の術にはこういう使い方もあるんだ。人間、まはか人の口から剣が出てくるとは思わないからな。ま、忍者ならこのくらいして当然だがな」


 聞いてもいないのに語り出す男。

不発に終わったくせにもう自分が勝った気でいるつもりみたいだ。


「・・・・・・」


 実際、わたしの分は悪い。

わたしは相手からしたらただの子どもに過ぎないし、その構図をひっくり返す程の能力はやはりわたしには無い。


 収納の術、と言っていたし、おそらく相手のコードはシュルームと同じ「容れ物の容量を無視して収納できる」能力だ。

その能力を使って剣を胃袋に隠し持っていたのだろう。


 一般的にこの手の能力は戦闘向けじゃない。

とは言えそれも持ち物次第。

わたしが勝っている点は、ない・・・・・・と言うしかない。


 短剣を握る手のひらに汗が滲む。

孤立無援の一対一。

そして相手はまさかの人間ときた。


 もはやここまで、なのだろうか・・・・・・?

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