辻パニッシャー
勝算は無いわけではないだろう。
あくまで相手は非戦闘用のコード、対するわたしは腐っても戦闘用だ。
つい最近多少なりとも強くなったし、わたしの頼れるところは今はそれしかない。
薄い。
あまりにも勝ち筋が薄い。
ましてや・・・・・・わたしに人間を傷つけることが、果たしてできるだろうか?
当然、冒険者をやっていればどこか他のパーティと対立したりということもある。
そういった場合に実際に勝負になることも珍しくないと言えば珍しくない。
だが、今はそれとも違う。
相手は確実にわたしを殺しにきていた。
ちょっとした対立や喧嘩ではなく、命をかけた殺し合い。
やらなければやられてしまう、この状況。
なのに・・・・・・。
相手がいかに気色悪い変態と言えども、わたしは自分の中にある境界線を超えられない。
このまま黙って殺されるのももちろん嫌だけど、この躊躇いを捨て去れない。
「全ては我ら辻忍者の未来のために・・・・・・死に晒せ、クソガキッ・・・・・・!」
「っ・・・・・・!!」
男は声を荒げ、走り出す。
間の距離が二歩三歩と縮まっていく。
男には、わたしと違って躊躇いがなかった。
「ええい、もうっ・・・・・・!」
踏ん切りがついたわけではないが、男を迎え撃つために短剣を構える。
その瞬間、フッとわたしの横を緩やかな風が通り過ぎた。
「え・・・・・・?」
突如現れる、もう一つの人影。
それは男を立ち塞ぐようにして、わたしの前まで歩みを進めた。
「・・・・・・!?」
男が突然の第三者の出現に狼狽え、その足を止める。
現れた三人目の姿にどこか心当たりがあるようだった。
現れたのは、前会った辻アナライザーとよく似た格好をした男。
腰には鞘に収めた刀を下げていた。
現れた男は、被った笠をくいと持ち上げて、ボソッと声を発する。
「どうも辻キラーさん、辻パニッシャーです」
「なっ、辻パニッシャー! 辻パニッシャーが何故・・・・・・ッ!?」
男は辻パニッシャーの登場に憎々しげに表情を歪める。
「ふざけるなよ! 何が辻パニッシャーだ! 何が辻キラーだ! お上の犬めがっ、正義の味方のつもりかっ!」
「そのようなつもりはない。ただ己が信ずる辻道の元、悪を断ずるまでよ」
「けっ、何が辻道だよ。お前だって分かってんだろ! 辻道ってのは、元は俺たち辻忍者の暗殺の理念だ! お前らはそれすら俺たちから取り上げて、くだらない道徳精神にすり替えた! こんな仕打ちが許されるもんかっ!」
男は吠える。
吠えて吐き出し続ける。
その表情には激しい怒りと悲哀が滲んでいた。
辻パニッシャーは、あくまで淡々と応ずる。
「いいかげんやめないか? 戦乱の世はもう終わった。いつまでも時代錯誤なものに縋り続けるな。辻忍者は解体された、それでも尚殺しに生き、血に濡れた道を歩む。今のお前たちはただの罪人、辻キラーだ」
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなっ! 俺たちは誇り高い辻忍者だ! 辻キラーなどと、あさましい名で呼ぶな!!」
男の怒りは、その感情はとどまることを知らない。
わたしを貫こうとしていた剣を握る手が震えている。
顔を真っ赤に染め、涙すら流していた。
辻パニッシャーは、わたしを背に隠すようにしながらスラリと刀を抜き放つ。
その曇りのない刃を日の光に輝かせた。
「やぁやぁ、我こそは・・・・・・」
「時代錯誤なのは・・・・・・どっちだッ!!」
急に高らかに声を張り始めた辻パニッシャーに、男は一気に詰め寄る。
握りしめた剣の切先を、パニッシャーに向け。
わたしはその迫力に負け、一歩後退りする。
その一瞬のうちに、二つの刃の輝きが閃いた。
確かに刃が人体を捉えた重い音。
それが、しかしどうしてか軽やかに鳴り響いた。
「くっ、な、ぜ・・・・・・?」
地に膝をつくのは、飛びかかった男の方。
パニッシャーは鮮やかな動作で刀から血を払い、再びそれを鞘に収めた。
ばっさりと切り伏せられた男を見下ろし、パニッシャーは呟く。
「言っただろう。名乗りを上げ武勲を立てる時代はもう終わった。上様から授かった任を遂行するのが、私の役目。名乗りなど必要ない。それでも過去に生きているお前は、疑いようもなくそれが隙だと思った。考えてみれば悲しい男よ。私が名乗りを上げ始めたとき、お前はやっと失せ物を見つけたような顔をしていたぞ」
「く、そ・・・・・・なんで・・・・・・」
横たわる男の元に、血液が広がっていく。
手のひらを強く握りしめ、地面に押し当てていた。
わたしには、それが痛みに耐えているのか悲しみに耐えているのか分からなかった。
「えと・・・・・・」
どうしたらいいか分からず、ぽつりと声を漏らす。
するとそれに反応して、すぐに辻パニッシャーはこちらに振り向いた。
「大事ないか?」
「あ・・・・・・はい、たぶん・・・・・・」
唇にまだ嫌な感触が残っているが、それは今じゃないなと思って黙っておいた。
「あの人、死んじゃう・・・・・・んですか?」
わたしを殺しに来た人だ。
本気で。
そのはずなのに、なんだか分からないけど・・・・・・死んじゃうのは嫌だった。
辻パニッシャーはわたしの言葉にフッと笑う。
「無論、急所は外している。殺して決着する時代は終わったからな。私の握る辻キラーの情報は既にギルドに伝えてある。今頃向こうで指名手配されているだろう。そいつは血が足りなくなる前に街に連れ帰ってやるといい。私にはまだやることがあるのでな」
斬られた男が地を這い、パニッシャーを睨みつける。
「ころ、せ・・・・・・! 殺せよ! こんな世で生きるくらいなら、死んだ方がマシだ!」
その言葉に、パニッシャーもまた悲しそうな顔をした。
「そう言うな。お前、まだ人を殺したことがないだろう? 目を見れば分かる。私の目をよく見ろ。これが人を殺めた者の目だ。お前は・・・・・・きっと私よりはいくらか生きやすいだろうよ」
「・・・・・・哀れむなよ、クソ・・・・・・侍・・・・・・」
そこで男は、ガクッと意識を失う。
それを一瞥もせずに、パニッシャーは立ち去っていった。
その背中を唖然と眺める。
眺めながら、警戒しつつも倒れた男のそばに寄り、その肩を指でつつく。
嵐のようにまた色々と過ぎ去って行ったが・・・・・・。
「結局、なんだったんだろ・・・・・・?」
やっぱり、何がなんなのかはよく分からなかった。
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