荒くれ者の力
影を踏まれたガーは未だ動けずにいた。
これといってこの技を破る手段も無ければ、仮に影踏みを脱したとしても忍者の技術を超える技も無い。
「さぁ、お主をどう料理してやろうか。口ほどにもない。見た目だけだったでござるな」
「けッ・・・・・・」
悪態をつくガーの頬に、忍者は挑発するように刃を這わせる。
ろくに力も込めずに撫でるように刃を走らせただけなのに薄い切り傷を刻んで見せた。
ガーは未だ掴まったままの右手をなんとか動かそうとする。
が、やはりびくともしない。
ガーの腕を押さえつけているのは力ではなく、技だ。
暗殺者たちの洗練された技術を力だけで破ることは不可能に近い。
「無駄でござるよ」
ガーは尚も腕に力を込め続ける。
そういう方法しか知らない男だからだ。
忍者の瞳に失望の色が映る。
腐ってもガーはリーダー。
あのオニダルマが惹きつけられるようなものがあるはず、と忍者はそう思っていた。
しかし、そんなものは見つからなかった。
忍者はガーという男に興味を失う。
これまでのターゲットと同じように、なんの感動もなく、なんの興奮もなく、退屈な仕事を終わらせるためにとうとうその短刀を振り抜いた。
閃く銀色。
跳ねる鮮血。
太ましいガーの首は刈られた草のように胴体から離れ・・・・・・。
「あァ・・・・・・?」
「なにっ?」
離れなかった。
忍者は完璧にやったはずだと勝手に狼狽える。
ガー自身ですらなんで自分の首が繋がっているのか分からなかった。
「な、何故でござるか? 拙者は確かに刃を振り抜・・・・・・あっ!?」
そこで忍者は気づく。
自分の手に刀が握られていないと。
ではそれがどこにあるのかというと・・・・・・。
「ンだよ、ってェな・・・・・・」
ガーの首に引っかかって止まっていた。
刃は数センチほど食い込み、確かにガーの肉を切り裂いている。
だが、それは忍者が首を断つつもりで放った一撃だった。
「なンだ? 暗殺者の技術だかなンだか言って脅かしやがってよォ」
「ば、ばかなっ! あり得ぬ! 拙者の技が、研ぎ澄まされた技術が、長きに渡る修行の成果が通用しないだと!?」
優劣が逆転・・・・・・こそしないが、そのバランスが変わる。
ここに来て明らかになった新たな事実。
かつて忍者がその技を振るっていた東の国は、ガーのような体格の者は少なかった。
この忍者の技は、過剰なまでの筋肉の鎧を想定していなかったのだ。
つまり、この勝負・・・・・・お互いの持ち味がそれぞれ通用しない。
力は技術を破れず、かと言って技術もまた力を貫けない、泥試合であった。
ガーは忍者の技の粗に気づき、ニィッと笑みを浮かべる。
「ま、とりあえずコイツァ預かっとくぜ」
ガーは自分の首に半端な深さで食い込んだ短刀を外し、自らの手に握る。
その感触を確かめるように、何度か握り方を変えた。
「意外と軽ィな」
「返すでござるっ!」
忍者はガーの反応できる速さを越したスピードで短刀を取り返そうと手を伸ばす。
当然その手は容易くガーの握る短刀に到達する。
が、しかし・・・・・・単純にそれを奪い去ることができない。
ガーの握力を忍者は超えられない。
「おっと、危ねェな。が、しかしよォ・・・・・・お前の技ってのも案外当てになンねェみてェだな」
「バカなことを申すな! こんなことがあってたまるか!」
「おい、おめェさんよ。ちと熱入りすぎだぜ?」
技を阻まれて狼狽する忍者に、ガーが言う。
「お前の踏ンでンの、木の影だぜ」
「はっ・・・・・・!!」
冷静さを欠いた忍者は、すっかり見落としていた。
ガーの影を。
もちろん忍者もプロだ。
日陰がちなこの環境でも、相手の影を捉えることは容易い。
が、今は・・・・・・影から足が離れた事実に気づくのが遅すぎた。
再びガーの影を踏もうとする忍者に、ガーの蹴りが食い込む。
なんの特殊な技術もない、力任せな蹴り。
ただそれだけの蹴りが、忍者の想像を遥かに凌駕する力を持っていた。
「うぶっ・・・・・・!」
まるで馬にはねられたかのような衝撃が、忍者を突き飛ばす。
今まで食らったことのない、知らない威力だった。
「ふざけ、おって・・・・・・」
忍者はすぐさま立ちあがろうとするが、蹴りの与えたダメージによろめき膝をつく。
「へっ、おめェさんよ。しょっぺェ殴り合いするしかねェみてェだが、やるかい?」
「・・・・・・いくらその馬鹿力でも、拙者は殺せぬぞ」
「お前は俺を殺せる技、持ってンのかよ」
ガーは忍者の短刀を膝で打ち砕く。
刃物としての機能を失ったそれを投げ捨て、忍者にかかってこいと手招きをした。
「っ・・・・・・!」
両者、有効打は無い。
スマートさの欠片もない、泥臭い殴り合いが幕を開けた。
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