「牙」

 流れ出した血液が、地面に染み込む。

たった二人分の血のはずなのに、そうは思えないほどに辺りは凄惨な光景が広がっていた。


 血を吸って変色した土、四方に飛び散った血液が模様を描く樹木。

激しく消耗したラニアと忍者が睨み合っていた。


「兄ちゃんよ、結構やるのう・・・・・・」

「お主の方は・・・・・・少し疲れが見えるようでござるな?」


 忍者はもうほとんど原型のなくなった顔で笑う。

肉が抉れ、血に塗れてもなお、その眼光だけは鋭く、狂気的に輝いていた。


「なぁに、心配にゃ及ばんよ。ワシゃこの通りまだ五体満足やからな」


 ラニアはそう言うが、その実ラニアはもう限界が近づいている。

血を失いすぎたのだ。


 体の芯がだんだんと冷めてきて、動きも鈍くなる。

何より、脳内に分泌される興奮物質がその数を減らしてきていた。


「速さの違いは生物としての次元の違いでござる」


 風のように忍者は駆け巡る。

もちろん最初よりは鈍化したが、それでもラニアはその速度に置いてかれていた。


 風がラニアのそばを吹き抜ければ、ラニアの体に傷が増える。

ぱっくり裂かれた肉から、暗い色の血液がどろりと溢れ出る。


 忍者とラニアの差。

忍者の語る生物としての次元の違いはより深刻なものになっていた。


「ワレ、ちょこまかすんなや! 正々堂々、真正面きってきやがれや!」

「今のお主にそれだけの価値があるでござるか? お主の命、もう燃え尽きた。これ以上の輝きはもう望めないでござる。ましてや拙者の命の火を爆ぜさせることなど、お主にはできまい」


 ラニアはその肩を刃で抉られる。

その手脚を刃で貫かれる。

もはや、まともな抵抗をする余力も無いようだった。


 それを裏付けるように、散弾投擲をもう行わない。

死の運命を受け入れたように、ただ立っている。

ラニアの元来からの細身さも相まって、その姿は酷く弱々しく見えた。


「・・・・・・ここでもなかったか、拙者の死に場所は。ああ、死にたいのう。際限のない苦痛と快楽の中で、血に塗れ、臓物をさらけ出し・・・・・・それでも尚喰らいつく。燃える命、その苛烈な火花に身を焼かれ・・・・・・ああ、ワシと死んでくれる者はおらぬのか・・・・・・」


 忍者が、トドメを刺しに加速する。

消えかけのラニアの火を握りつぶすために、風すら追い越した。


 刃が迫る。

螺旋を描く風がラニアを飲み込み切り刻もうとする。

それを見つめ、ラニアは小さく笑った。

そして言う。


「兄ちゃん、そんな死にてぇならよ。お望み通り殺してやるよ」


 そう語るラニアの目に爛々と輝く狂気の色はもう無い。

静かに、冷たく、ただひたすらに真っ直ぐだ。


「笑止。お主に何が出来る!」


 忍者は破けた頬から歯茎を剥き出しにして叫ぶ。

ラニアを終わらせるまで、あと一歩だ。

そしてその最後の一歩を音よりも速く埋める・・・・・・その瞬間だった。


「がふッ・・・・・・!?」


 忍者の口から血が吹き出す。

身体に訪れる、異常。

吐血により忍者は速さの制御を失った。


 短刀を取り落とし、弾丸のように地面に激突する。

その激しい衝撃に忍者の体は跳ね上がり、高速で転がった。


 それは樹木に背を打ちつけることでやっと静止する。


「・・・・・・!?」


 忍者は何が起きたのか理解出来ずに、口から血液を垂れ流し続けていた。

喋ろうとすると、喉の奥から込み上げる空気が溢れる血を泡立てる。


「・・・・・・な、どういうこと、でござるか・・・・・・?」


 忍者は速さを失う。

転倒の衝撃で全身の骨格はめちゃくちゃに砕け、呼吸すら難しくなっていた。


「兄ちゃんよ、戦ってるときにワシの能力は確実に敵を仕留めるにゃあ時間が要るって言うとったよな?」

「・・・・・・常識であろう? 土遁の術は、礫が小さくては十分な殺傷能力を持たぬ」

「へっ、ま・・・・・・時間が要るっちゅうのはその通りや。だがな兄ちゃん、まだ甘いで? ワシの考え方は逆や。生成するつぶてをな、極限まで小さく、細く、針のようにするんや。目にも見えんくらいにな。兄ちゃんよ、あないな風に駆け回っとったら、呼吸もさぞ激しかったろな」


 ラニアはそう言って、自分の口元に巻かれた布を取り払った。


「まさか・・・・・・そうか、そうであったか!」


 忍者は指先一つ満足に動かせないだろうに、嬉しそうに笑う。


「兄ちゃんの肺にゃ、すでにワシの牙が喰らいついとる。空気中に舞わせたワシのつぶて、いや・・・・・・針っちゅうくらいがピッタリやな。そいつで兄ちゃんは体の内側からボロボロや」

「ククッ・・・・・・フフフフフ・・・・・・」


 忍者は込み上げる笑いを抑えられずに、肩を揺する。

既にひしゃげたはずの四肢で、よろめきながら立ち上がる。

その姿はもはや怪物だ。


「のう、お主・・・・・・」

「なんや兄ちゃん、随分タフやのぉ」


 流石のラニアも、これには呆れてくる。

忍者の目には未だ狂気の光がギラついている。


「楽しいのう! 楽しいのう! 拙者は今生きておる! 血が吹き出すこの痛み! 熱さ! さぁ最後まで死合おうぞっ!」


 忍者が武器も持てぬのに飛び上がる。

ラニアはそれを見て、本当は今にも倒れ伏しそうなのを耐えた。


 互いの体から溢れる血が、風すら赤黒く染め上げた。

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