選んだ道
ヤマイヌの襲撃からどれほどの時間が経っただろうか。
未だその戦況はどちらの陣営にも傾かず、両者に大きな被害をもたらしていた。
混乱した状況の中、プレコは里長と拳を交える。
ここでは他の場面とは違って二対一、消耗が激しいのはプレコの方だった。
「オニダルマ。いいかげん往生せぬか? お主は確かに強い。それは間違いのない事実にござる。だが、それでも拙者たち二人には到底敵わぬ!」
里長とプレコの拳が打ち合さる。
かたや硬い外骨格に覆われた刺々しい拳、もう片方の拳は筋肉量すら少なく見えるただの素手だ。
だが、プレコの拳が競り負ける。
里長の一見軽く見える拳打によって、プレコの拳を覆う外骨格が打ち砕かれた。
「くっ・・・・・・」
亀裂は肘の辺りまで走り、プレコの素手はほとんど露出される。
そしてそこを狙う牙が迫った。
里長の斜め後ろから、その巨大からは想像できないほどの速さで迫るヤマイヌ。
「死ぬがよいッ! オニダルマッ!」
ヤマイヌが牙を剥く。
プレコはその牙をまだ砕かれていない左腕で受け止めた。
ヤマイヌはプレコの左腕に食らいついたまま、プレコの心の奥底まで見透かすようにして語りかける。
「オニダルマ、分かるであろう? 拙者たちは所詮卑劣な人殺し。過去は消えぬ。思い出せ、あの日々を! 拙者らは血に塗れ、泥に塗れ、あらゆるものを捨てて来た! されど志はついえぬ。卑怯者となじられようが、物の怪と恐れられようが、拙者とお主は戦った! なぁオニダルマ、あの時だ。あの時だったのだ! 拙者の魂はまだあの時代に生きておる。お主もそうであろう?」
「ぬかせ、たわけ者。拙者は里を抜けた。罪業を、奪った命を背負い、人として生きてゆくと決めたのだ! ガー、ラニア・・・・・・彼らと共にっ!」
プレコの言葉に、ヤマイヌはその腕を噛み潰そうと力を込める。
プレコの外骨格は、その圧に軋んだ。
ヤマイヌは憎々しげに表情筋を震わせる。
抑えきれない感情が、獣の瞳を濁らせる。
「違う、違う違うッ! あんな者ども、お主の事など何も分かっておらぬ! 拙者だ! 拙者だけだッ! お主の全てを識るのはッ! これ以上生き恥を晒すなッ、死ねぇッ! オニダルマッ!」
牙が外骨格に食い込み、軋む音はさらに大きくなる。
だが・・・・・・。
「無駄でござるよ」
外骨格は砕けない。
十分鋭いはずのヤマイヌの牙を、しかし決して通さない。
「お主とは何度も手合わせをした。ヤマイヌよ、だがお主は一度として拙者に勝たなかったな」
「それがなんだと申すかッ! 今覆して見せようぞ!」
ヤマイヌの顔が力を込めたせいで獰猛におどろおどろしく歪む。
しかし、そこに制止の言葉が静かに響いた。
「ヤマイヌよ、下がれ。お主の牙はその男に届かぬ」
それは、里長の声だった。
「クッ・・・・・・」
ヤマイヌは里長の言葉を聞き、苛立たしげに首を振り、プレコを地面に叩きつける。
そうして再び里長の後ろまで下がった。
「ヤマイヌ、そう焦るな。拙者が奴の甲冑を粉砕する。その後にお主はこの男を終わらせてやればよい」
「・・・・・・」
ヤマイヌは何も言わない。
ただ黙って里長の言葉を受け入れた。
プレコは里長を前に再び身構える。
ヤマイヌに砕けない外骨格が、里長の拳で容易く砕ける理由。
それは里長のブラッドコードにあった。
忍者の里に倣った呼び方をすれば千里眼の術、一般的に言うアナライザーだ。
本来アナライザーの役割は分析、自ら先陣を切って戦うようなコードではない。
が、里長はそれを暗殺術として使っていた。
冷たく、鋭く、全てを見通す目。
その目で物質の構造上の弱点を暴き、それを忍者の技術によって的確に穿つ。
それが里長の暗殺術だ。
「参るぞっ!」
里長が再び拳を握り固める。
プレコはその狙いを逸らすように身を捩り、左腕の刃を振るった。
だがその左腕も、簡単に打ち払われてしまう。
いなす、という回避動作。
にも関わらず・・・・・・。
「っ・・・・・・!!」
プレコの左腕の刃は砕けた。
両腕が剥き出しになり、そこから伸びた亀裂が仮面のような頭部の外骨格をも瓦解させる。
しかし里長はそれだけにとどまらない。
元よりの狙い、プレコの胴体ど真ん中に拳を打ち込んだ。
「ぐぅ・・・・・・!」
衝撃が、外骨格の内部を何度も跳ね返る。
それによって増幅されたダメージがプレコを襲う。
その後、外骨格は当然の結果として砕け散った。
里長が声を張り上げる。
「ヤマイヌ、参るぞっ!」
「はっ・・・・・・!」
その呼び声に応えて、ヤマイヌは再びその身を翻しプレコに向いて跳躍した。
飛びかかるヤマイヌに、里長も合わせる。
外骨格を失ったプレコの、その生命を終わらせるために拳を振り上げた。
「・・・・・・」
だが、それでもプレコの心は静かなままだ。
プレコは自身が殺人者だと、怪物だと知っている。
他の辻忍者、いや辻キラーたちと同族だと、痛いほど分かっている。
しかし、だからといって諦めたわけではない。
プレコは信じている。
こんな自分を、こんな化け物を、それでも人と、仲間だと呼んでくれた者たちを。
「お主らの策、一つ誤算があるでござるよ」
迫るヤマイヌと里長の攻撃に防御態勢もとらずにプレコは呟いた。
「それは・・・・・・」
ヤマイヌの牙がプレコを食い破る寸前、矢が空気を貫く。
里長が拳をプレコの腹に打ち込む寸前、まるで砲弾のような大きさの岩石が高速で迫る。
「なにっ!?」
「有り得ぬッ!?」
ヤマイヌと里長はそれに気づく。
既に手遅れになってから。
矢は真っ直ぐにヤマイヌの腹に突き刺さり、岩石は里長の体を吹き飛ばす。
ヤマイヌの牙はプレコに届かず、里長と拳はプレコを壊す前に砕ける。
「お主らの誤算、それは拙者の仲間たちを甘く見たことでござるよ」
茂みから歩み出して来たガーとラニア、その顔を見つけると、プレコは涙が溢れそうになるのを誤魔化すように笑った。
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