ゴキゲンな朝食

「・・・・・・んが」


 自分の鼻が鳴る音で目を覚ます。

まだ熱を持った眠気が重くのしかかるまぶたを開くと、見慣れたものとら異なる天井が見えた。

窓から差し込む薄い光が、埃っぽい空気を照らしている。


「そっか・・・・・・わたし、ラヴィの家で・・・・・・」


 一晩越してから押し寄せる、追放されたという実感。

もう昨日までとは全然違うんだなと、寂しさとも違うけど・・・・・・心に小さな波紋が広がった。

どういう気持ちなのかは、わたしにもよく分からない。


「ラヴィは・・・・・・」


 もう居ない。

わたしの体が完全にベッドを占領してることから、ラヴィが起きてから結構な時間が経っていることが窺い知れた。


 昨晩は、あの後・・・・・・流石にわたしに最後の言葉に危機感を覚えたらしいラヴィにトイレまで連れて行かれたので、事故は起こっていない。

借り物の寝巻きも仮の寝床も無事だ。


「ふぁ・・・・・・」


 あくびをしながら体を起こす。

それでもいまいち目が覚めきらないで、服の中に手を入れ背中を掻き、そのまましばらくぼーっとしていた。


 ベッドから出ようか、悩む。

いや、本当は悩むまでもなく出るべきなんだけど・・・・・・眠いし・・・・・・。

けれども人間、このまま二度寝でもしようものなら普通に無限に寝られてしまうのをわたしは知っている。

歳をとったら逆に長いこと寝てられないなんて言説を時々耳にするが、あれは嘘だ。

・・・・・・っていうふうに思っているうちはわたしはまだ若いってことなのだろう。


 そんな無駄なことを考えるでもなく頭の中にぼんやり描いていると、部屋のドアが開く。

もちろんドアが一人でに開くことなんてないので、そちらを見るとまだ寝巻きのままのラヴィがやって来ていた。


 まぁそっか。

ラヴィ以外だったら逆にびっくりだ。


「お、起きた? 丁度起こそうと思ってたんだ。ご飯できたから・・・・・・」

「ご、はん・・・・・・」


 言われて自分のお腹をさする。

その刺激にお腹の虫もやっと目覚めて「くぅ」と億劫そうに鳴き声を上げた。


「ふわぁ・・・・・・」


 再び込み上げてきたあくびを大口開けて吐き出す。

そのあくびでやっと体内の淀んだ空気の入れ替えが済んだみたいだった。


「まだお腹すかない?」

「ううん、すいてる。とっても」


 昨晩は眠気に勝てず夕食を摂らずに眠ってしまった。

朝食を摂らないタイプの生活習慣でもないので、今のパラメータは普通に空腹だ。


「よかった。じゃ冷めないうちに」

「うん」


 人の作るご飯を食べ慣れてしまっている節があるけど、本当ならすごいありがたいことなんだよなと思いながらラヴィに着いて行く。

ダンパーティでは外食以外ではプルームが料理していた。

最初こそ酷い出来だったけど、やってるうちにだんだん凝りだして、いつのまにかプルームの料理はごちそうになっていたのを思い出す。


「ご飯、ラヴィが作ったの?」

「そりゃね。・・・・・・って言っても、大抵加熱するなり茹でるなりすれば食べられる状態になるものばっかり買ってるから・・・・・・そんな大したものじゃないよ」


 大概備蓄用の食料は、長期保存の都合上味が濃い。

プルームの料理が最初はひどかったのもそこにワケがあって、そのただでさえ味が濃い素材に調味料を使っていたからだ。

奮発して買ったから、まぁ使いたかったんだろうけど。

その後は・・・・・・備蓄とかあんまり考えないで、使い切りで新鮮な材料を用いた料理を作るようになって、だから美味しかったんだと思う。


「わたしからしたら・・・・・・自分でちゃんと料理してる時点ですごいよ」

「そんなこと言って・・・・・・これからはコーラルにもやってもらうからね?」

「え。・・・・・・えー・・・・・・」

「難しくないから大丈夫だって・・・・・・」


 ラヴィの部屋から台所の部屋に移って、そこにある程よいサイズ感のテーブルに着く。

椅子は四つ。

もう朝食の料理が皿に盛られて並べられていたので、その位置に座った。


 ラヴィとの位置関係は対角線上。

向かい合う形だとなんかスペースが狭い感じがするし、隣だといまいち話しづらい感じがあるから一番丁度いい位置だと思う。

そういうことを考えてラヴィがこうしたのかは分からないけど。


 席に着くと、さっそく目の前の料理に視線を落とす。

丸いパンに、キノコや肉のスープ。

それに加え、少量の茹で野菜に焼き魚。

朝食らしく量は控えめ、ちょっと物足りないような感じもするけど美味しそうだ。


「こういうののさ、食べる順番ってさ、結構性格出るよね」

「そう・・・・・・?」


 ラヴィはすでにパンをむしゃる傍ら、もう片方の手でスープのお椀を持っている。

一口食べるごとに一啜り。

人目を気にしない雑な食べ方だ。

自分の家だし、いつもこうしているのだろう。


「あ、行儀悪くてごめん。このパン・・・・・・まぁ安いからなんだけどモソモソしてて」

「なるほど。どれどれ・・・・・・」


 ことの真偽を確かめるためにパンを手に取り一口ついばむ。

分かんなかったからもう一口むしるように食べる。


「・・・・・・」


 なるほど確かにモソモソである。

意外とこれはこれで好きだけど、飲み込みづらいと言えばそうだ。


 ラヴィの真似をしてスープを口に注ぐ。

優しいめの味付けのそれが温度と一緒に口に広がり、またパンを濡らしてふやかした。

流し込むような形になってしまうが、しかし確かにこれが美味しい。


「ふむむむ」


 焼き魚にフォークを刺して齧り付く。

かなり塩っからい仕上がりで、けどその奥からすぐに干された魚の旨みが染み出してくる。

シンプルながら良い味わいだ。

そしてここにまたスープが合う。

包容力とでも言うべきか、このスープが味のバランスをとり持っていた。


 食べる順番云々の話も忘れて、夢中で食べ進める。

確かにシンプルで、質素と言えば質素。

でもそれが寝起きの胃袋に沁みる。

目覚めきっていない内臓が起きていく。


「・・・・・・」


 そうして残る茹で野菜。


「・・・・・・」

「あの・・・・・・コーラル?」

「大変美味しゅうございました」

「コーラルさん?」


 既に完食したラヴィ。

気持ちだけは完食気分のわたし。

皿の上に転がる、野菜。

緑色。


「緑色って、毒の色じゃん?」

「仮にそうだとして、毒の緑はこの緑かい?」


 野菜を指差すラヴィ。

毒々しさのかけらもない鮮やかな緑色だ。


「コーラル。好き嫌いしてるとブラッドコードは強くならないよ」

「うっそだぁ・・・・・・」

「というか、ただの塩茹でだからザ野菜!って味だし、他のものがあるうちに一緒に食べときなよ」

「正論を言うな、正論を!」


 フォークで野菜をつついて、皿の上を転がす。

わたしとて、こう・・・・・・この期に及んで好き嫌いするつもりはなかったのだ。

けれど、なんか残った。


「うー・・・・・・」

「鼻つまんで口に入れれば一瞬だよ」

「鼻つまむのは食材と料理してくれた人への敬意を欠いているから」

「残したらそれ未満だよ・・・・・・」


 というか鼻つまんでも風味はするし、野菜ってやけに繊維質だったりするからいつまでたっても口の中に居座るのだ。

肉食動物とかって、それこそ肉しか食べないんだろうけど・・・・・・なんで人間はそう出来ていないんだろう。


「睨んでても食べ物はなくならないよ」

「うぐ・・・・・・」


 視線を逸らしてとりあえず視界からは野菜を消すことに成功する。

さて、ここからどうやって躱わすかだが・・・・・・。


「お・・・・・・?」


 タイミングよく、家の戸を何者かが叩く。

誰かがやって来たみたいだ。


「ラヴィ、誰か・・・・・・」

「誰だろうね。ここを訪ねてくる人なんか・・・・・・」


 パタパタと玄関の方に駆けていくラヴィ。

わたしも野次馬根性で・・・・・・いや、特に深い考え無しにその後ろに着いていく。

野菜の刺さったフォークを持ったまま。


 ラヴィがゆっくりとドアを開く。

薄暗い廊下に外の空気と光が舞い込み、暖かい風が脛を撫でた。


 まだ本気を出していない太陽の下に、もう一つの太陽・・・・・・スキンヘッドが輝く。


「よォ、お嬢さん方。邪魔するぜ?」


 朝の爽やかさに似つかわしくない、おっさんの来客だった。

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