そもそも

 懸念していた可能性のひとつ、この男との遭遇。

基本的に前のわたしのパーティはギルドの依頼をこなす以外であまり出歩かない。

大抵の場合はみんなで食事の準備をしたり道具の手入れをしたりしてるのだ。

この男を除いては。


 プルーム・パラキート。

ダンのパーティで一番の変わり者。


 言ってもまぁ結局大体はいつもみんなと一緒に居るけど、ふらっとどこかに行っては女の子とデートしてる。

女たらしってわけでもないけど、まぁ認めたくないけど顔がいいからモテるんだ。

で、基本的にその誘いを断らない。

なんかプルームなりに流儀があるらしいけど、正直知ったこっちゃない。


 周りの女の子にどんないい顔しても、どれだけ甘い言葉を囁いても、わたしたちはこの男の本性を知っている。

どうしようもないすっとこどっこい、超ド級のナルシストだと。


「やれやれ、こんなところで会うなんてね。やっぱり持つべきものは・・・・・・キミたちみたいなキュートな子猫ちゃんたちさ」


 プルームは歯を見せて爽やかに笑う(見慣れるとウザい)と、取り巻き女子の顎を撫でる。


「ああっ、プルーム様そんなっ・・・・・・」


 それだけでその女子は腰が抜けたようにその場にへたれこんでしまった。

周りの女子もキャーキャー騒ぐ。

プルームはサービスのつもりなのかその子たちに「フッ」と笑いかけてキラキラ〜とかシャララ〜とか効果音が鳴ってそうなウィンクを飛ばした。

 

 女子の群れを割って、プルームがわたしたちに歩み寄る。


「フフッ、コーラル。ボクの人脈を舐めてもらっちゃ困るよ。ボクには素晴らしい友人がこんなにもたくさん居るんだから、この近辺に居ることは分かってたよ?」

「え・・・・・・なに、その子たちに探らせたの? ちょっと、そういう人の気持ちを利用するみたいなのよくないって前にみんなでも話したじゃん」

「まぁまぁ、いいじゃないか。これがボクの生き方なんだから。美しいっていうのは罪だね。心配は要らないよ、もちろん彼女たちの気持ちにも・・・・・・」


 振り返って女子たちに笑いかける。

湧く女子。

その下りもういいって。


「応えてあげるからね。ボクならそれが可能さ」

「はぁ、もう・・・・・・」


 プルームと話してると頭が痛くなってくる。

人の話を真面目に聞いているんだかいないんだか・・・・・・。


「で、コーラル? この人は?」


 わたしがプルームと話し出してからほとんど蚊帳の外だったラヴィが、流石に堪えきれなくなって割り込む。


「この人は・・・・・・」


 それにわたしが答えようとすると・・・・・・。


「いいや、まずはキミだ。キミこそ誰なんだ? キミはコーラルのなんなんだ? いったいなんのつもりでコーラルと一緒にこんなところに来た?」


 プルームがわたしの言葉を遮ってラヴィに詰め寄る。

プルームにしては珍しく、女の子相手にキツめの態度だ。


「ちょっとプルームこそなんのつもりさ? プルームだって知ってるでしょ、わたしが追放されたの。何さ、それなのにこうやってわざわざ見つけてまでいじめに来たの?」

「コーラル、違うそうじゃない。ボクは・・・・・・」


 言い返されるとは思ってなかったのか目に見えてしょんぼりするプルーム。

どうせ色んな子にちやほやされてるからこうやって責められるのは慣れてないんだろう。


 プルームも圧をかけるような詰め方にも狼狽えず、ラヴィはあくまで丁寧にプルームの言葉に答える。


「私はラヴィ。さっきコーラルと会って、そしてパーティを組もうって約束した」

「パーティだって!? キミとコーラルが? 冗談のつもりなら、悪いけどあんまり面白くないね。無茶だよ。キミがコーラルの何を知ってる? コーラルとパーティを組むっていうことがどういうことなのか、もう一度よく考えてみるんだ」


 珍しく頭に血の上っている様子のプルームだが、わたしの言葉がそこそこ効いたらしくなんとか取り繕おうとしてる。

あくまで年上からのアドバイスという構図にしたいようだが、それは明らかにあまり上手くいっていなかった。


「第一会ったばかりの人とパーティだなんて、考えなしとしか言いようがない。とにかく、ボクはキミたちがパーティを組むだなんていうのは・・・・・・認められないな」


 何をそんなに興奮しているのか、呼吸が荒い。

追放されたわたしが新たな一歩を踏み出すのが、そんなに嫌なのだろうか。

そんなにわたしの邪魔をしたいのだろうか。


 どうやら、わたしは今までずっとプルームについて誤解していたみたいだ。

ナルシストだし変人だけど悪い人じゃないと思ってた。

それがこんな最悪な性格をしてたなんて。


「プルーム、最低だよ」


 ラヴィに同じような言葉を違う言い回しで繰り返し続けていたプルームに冷たく言い放つ。

その言葉が彼の耳に届いた瞬間、身振り手振りがぴたりと止まる。

ぎこちない動作でこちらを向いたプルームの瞳は怒りとも悲しみともとれない色で濁っていた。


「・・・・・・。好きにすればいいさ、今は。どのみちキミたちはパーティなんて作れない。ほんとうに・・・・・・このバカがッ・・・・・・」


 捨て台詞を吐いて、取り巻きの女の子たちもほったらかして、ふらふらギルドの建物を出て行ってしまう。

その後ろ姿をラヴィも黙って見守っていた。


「ちょっと、プルーム様出ていっちゃったんだけど」


 取り巻き女子の一人がわたしを睨みつける。

何か言い返してやろうと口を開きかけるが・・・・・・。


「やめなって、だってあの子・・・・・・」

「・・・・・・」


 他の女子に宥められて大人しくなったので、わたしも言葉を引っ込めた。


 喧嘩をするつもりなら受けてたつつもりだったけど、そういう様子でもないので静かに一言残す。


「あなたたちも、もう帰りなよ。プルーム、たぶん今日はもう戻んないよ」


 取り巻き女子たちは物言いたげな視線をわたしに向けるが、黙って散り散りになってそれぞれ別の場所に向かっていった。


「ごめんね、こんなことになっちゃって。わたしのせいで」

「いや、私は大丈夫だよ。コーラルのせいでもない。ただ・・・・・・いや、なんでもない。大丈夫、気にしてないよ」


 ラヴィはそう言ってくれるが、まぁやっぱり気分はよくないだろう。

ガー・アリゲーターさんはなんだかんだいい感じに収まったけど、今のプルームとの遭遇は嫌なものしか残していかなかった。


「さ、じゃあパーティの申請、通しちゃお。あ、それからラヴィのコードも! ね、さっき焦らされちゃったから」

「うん、そうだったね」


 気分を変えようとあからさまにテンション高めに振る舞う。

そのわざとらしさはラヴィにもきっちり伝わってしまっただろうけど、しっかり乗っかってくれた。


 そうしてわたしたちは、ギルドの諸々の受付窓口には向かわず、まずはその側のコード観測器具に向かう。

冒険者としての登録をするときにも使う道具だけど、お金を払えばこうして個人的に自分のコードを確かめるのに使える。


 知り合いとかパーティにアナライザー系の人が居ないと自分の能力も確認することができないから、ラヴィみたいに一人でやってきた人には馴染み深い道具だろう。


 観測器具なんて言うと大層な機械に思えるかもしれないけど、設置されているのは硬貨投入口と鍵のかかった二つの小箱だけ。

適切な額のお金が投入されると鍵が開く仕組みだ。


 それぞれの箱の中身は三つ折りにされた一枚の紙と、一本の針。

一回閉じないと紙も針も箱の中まで送り込まれない仕組みになってるから、一回の支払いで取り放題みたいなことにはならない。


 普通の紙と針に見えるけど、どちらも特別なものだ。

針は・・・・・・まぁ言っちゃえば皮膚に刺すのだけど、その際に痛みを感じにくい設計になってる。

まぁそれだけ。

ほんとのほんとに特別製なのは紙の方で・・・・・・。


「・・・・・・」


 ラヴィが取り出した針で自分の指先をつつく。

数瞬の後にその指先に血が雫をつくり、それを紙にグイと押し付けた。


 ラヴィの指紋の一部が紙にくっきり跡を残す。

面白いのはここからだ。


 その紙を汚した一滴の血液は、すぐさまスーッと消えてしまい紙は綺麗な真っ白に戻る。

そうしてやがて紙面いっぱいに説明文が浮かび・・・・・・。


「あれ・・・・・・?」


 普通なら血液に反応して、紙にブラッドコードの詳細が文字で浮かび上がる、そういう仕組みのはずなのだが・・・・・・。

ラヴィのは白紙のまま。


「なんだろ、不具合? もう一枚買う・・・・・・のはもったいないから、サプライズしたかったみたいだけどここは諦めて口頭で・・・・・・」

「いや?」

「え?」

「不具合なんかじゃないよ」

「え、だって」


 なんにも、書いてないじゃないか。


 困惑するわたしを満足げに眺めながら、ラヴィはやれやれと肩をすくめる。


「だから、これが私のブラッドコード。ガチエラーの名に恥じない、面白い能力でしょ?」

「え、これ・・・・・・って、能力が・・・・・・無いってこと???」


 流石にそんなの、聞いたことがない。

目を疑うっていうか、現実を疑った。


「ま、厳密に言えば違うんだけどね」

「・・・・・・???」


 ラヴィの言葉に更に困惑が深まる。

ラヴィは「うんうん」と何度も頷きながらわたしの背中をポンポン叩いた。


「え、なに・・・・・・どういうことなの?」

「より正確に言うなら、今は能力が無い」

「今、は・・・・・・?」

「そう」


 補足されてもなお分からない。

今じゃなきゃ能力はあるというのだろうか。

夜限定とか?


「私の能力はね、ランダム。基本は無能力で、時と場合に応じて何か能力が使えたり使えなかったりする」

「ガ、ガチエラー」

「そうだろうとも」


 とんでもないハズレをつかまされているのに答えるラヴィは何故かやたら嬉しそうだ。


「この瞬間、私の能力を誰かに説明する瞬間が最もエキサイティングで最もリリカルで最もエクスタシーなんだ」

「さ、さいですか・・・・・・」


 正直わたし以上にヘンな能力が来るとは思っていなかったので、だいぶ驚きだ。

あんまり派手なリアクションができない「困惑」の割合がだいぶ多い驚き。

ラヴィはその素のリアクションを究極の美味を味わうように噛み締めている。


「さぁ、いいものも見られたことだし・・・・・・申請通してしまおうか。そしたら・・・・・・ちょっと簡単な依頼受けて感触を確かめよう」

「う、うん」


 わたしの面白くもないリアクションがよほどお気に召したのか、だいぶウキウキした様子で受付窓口に向かう。

空いてるところに滑り込むと、三頭身くらいの羊の獣人が脚の長い椅子の上にちょこんと立っていた。


「依頼をお探しですか? それとも何か別のご用件〜・・・・・・」

「かわいい・・・・・・」

「おっとオジョーさん、これでもボクは立派な成人ですからね! コドモ扱いされちゃ困りますよ!」


 ふわふわの毛に、クルンと巻いたチャーミングなツノ。

思わず本音が漏れてしまったが、受付さんはちょっと怒るだけで許してくれる。

ギルドの制服の胸にピン留めされた名札には「シープ・ネムネム」と書いてあった。


 さぁ、ともかくこれで、やっとわたしとラヴィのパーティが公式に・・・・・・。


「あ、それダメですね」

「「え?」」


 シープの愛らしい声が告げる、無情な現実。


「オジョーさん方、パーティは“三人から”ですよ!」


 わたしはずっとダンたちと居たし、こういう手続き関係もダン任せだから知らなかった。

そしてラヴィも、たぶんパーティを組んだことがなくて知らなかったんだろう。


 突然現れた壁。

いや、ずっとあったけど見えてなかった壁。

前提条件を、満たしていなかった。


「シープさんパーティ入りません?」

「ヘェ!? オジョーさん、ボクは戦えないし・・・・・・もうギルド職員ですので」

「ですよねー・・・・・・」


 プルームの残していった「どのみちパーティは作れない」の言葉、その意味があまりにもあっさりと、しょーもないくらいあっさりと、明らかになった。

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