菌糸の森へ

 馬車に乗って菌糸の森を目指す。

距離としては暗殺者の森より離れているけど、今回はクマムシじゃなくて馬だ。

揺れは大きいけど、ずっと速い。


 街があっという間に遠くなり、たくさんの知っている景色を置き去りにして馬は走った。


 こっちの方角にはあまり来たことがなくて、だから景色も新鮮。

わたしがよく出向いていた方は大きめの平原が広がっているのに対して、こっち側は既に樹木の密度が高めだった。

そして、これからもっと木々は増えていく。


「お嬢さん方、菌糸の森は初めてで?」


 前方から風に流されてくる声。

御者のおじさんがわたしたちに向かって話しかけていた。


「えっと、わたしは初めてで・・・・・・」

「私も行くのは初めてだよ」


 おっと、どうやらわたしたちにとっては全く見知らぬ場所のようだ。

てっきりラヴィはなんだかんだで行ったことあるのかなぁと思ってたけど、そういうことでもないらしい。

つまり聞きかじっただけの知識しかない二人組が、そこに住む・・・・・・とされるヌシに挑むというわけか。

大丈夫だろうか、普通に。


 御者さんはよくこっちに来るのか、何やら詳しそうな感じで続ける。


「あれだろ? ヌシ。ヌシ倒すって奴らよく乗せてったからよ、すっかり詳しくなっちまったよ」

「え? ヌシ知ってるの!?」

「いやぁよぉ、見たことがあるわけじゃねぇんだが・・・・・・まぁ、やっぱり何か居るみてぇだな。大抵の奴はまぁ会えないことが多くてな、ま大した魔物もいないから結局ちょっとした遠足みたいな感じで帰ってくんだけどよ・・・・・・」

「ほう・・・・・・」


 おじさんの言葉に、ラヴィが興味深そうに聞き入る。

わたしは・・・・・・まぁ話半分にって感じだ。


「時々な、すげぇボロボロになって帰ってくる奴が居んだ。酷い時ぁな、人数が減ってることもある」

「え、それって・・・・・・」

「ま、そういうこったな」


 見つけられるかどうかって問題がまずあるのは変わりないけど、その言葉だけでその存在感が強まる。

何より、そんな相手に挑もうとしてるのか・・・・・・。

それも腕試しで。


 出発前はそれこそどうせ会えないとか、そんなことばっかり言ってたけど・・・・・・。

むしろどちらかと言えば今は会いたくない気持ちの方が大きいかもしれない。

相手が正体不明な以上、その強さも未知数。

本当に得体が知れない。


「それでよ、そうやってボロボロになってきた奴らはみんな口を揃えて恐ろしい魔物を見たって言うんだ。かわいそうに怯えっちまってよ。真っ青な顔して震えてんだ。でけぇ口で仲間を食っただの、剛腕で樹木を薙ぎ倒しただの、デケェ角で至るところに大穴開けただの、色々なこと言われててな。中には矛盾してんじゃねぇのかってのもあんだけどよ、けど実際にそういう痕跡があるらしくてな。結局そういう情報全部に当てはまる魔物が居ないからよ、正体不明なんだ」


 頭の中のイメージ像に巨大な口と角、そしてたくましい腕が書き加えられる。

今のところのイメージはその大きな口という情報に引っ張られて、ワニみたいな姿のものを想像していた。


「あとよ、人型だったって言うやつも居たな」

「人型っ・・・・・・!?」


 脳内イメージのワニから尻尾が消えて、二足歩行になる。

なんだかシュールというか、奇妙だ。

さっそく矛盾とまではいかないけど、噛み合ってないような感じがしてくる。


「ねぇ、ラヴィ。どう思う?」

「どうって言ってもね・・・・・・。あるいは元々決まった姿を持たない魔物かもしれないし・・・・・・それか・・・・・・」

「それか・・・・・・?」

「これは私の一つの推測でしかないんだけど、人造魔物なんじゃないかって前から思ってるんだ」

「人造、魔物・・・・・・」


 いわゆるキメラ。

そういうことなら、確かに不自然な姿でも一応筋が通る・・・・・・ことになるのだろうか。

あるいは、人造故に寿命が短くて頻繁に入れ替わってるのかもしれない。


 キメラだなんて、それこそ荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど・・・・・・実際に前例があるのだ。

わたしたちの街とは違うもっと都会の方の、それも昔の話だけど。


 誰かが作った魔物が、その街をめちゃくちゃにしたのだ。

その事件では、結局その魔物に誰も太刀打ちできなかったらしい。

そして・・・・・・半日暴れ散らかした後、その魔物は自壊した。


 そういう不安定で不完全な生物。

それなら確かに、取り止めのない特徴もまぁ理解はできる。


「っていうか、じゃあ・・・・・・そういう研究みたいなのしてる悪い人が、森にいるってこと?」

「それは・・・・・・どうだろうね。ただここには捨てに来てるだけかもしれないし、もしかしたら街に居るかもしれない」

「そっか・・・・・・」


 わたしたちの住む街。

田舎だからって言うのもあるだろうけど、その姿は平和そのものだ。

けど、その中にもやっぱり何が潜んでいるのか分からない。

わたしは今まで、きっとたくさんの危険とすれ違い、見落としてきたのだろう。


「さて、それじゃお嬢さん方・・・・・・着きましたよ。ここが・・・・・・菌糸の森です」

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