夕暮れ、帰り道

「さ、ずいぶんとまぁ・・・・・・べちょべちょだし、早いとこ帰ろうか」

「この状態でギルド入れるかな・・・・・・」

「まぁ納品は明日でいいでしょ」


 ラヴィが満杯の容器に蓋をして、指先から粘液を払う。

本当はこのままここでしばらく休憩したいところだったけど、時間も時間だしそうもいかない。

もうすっかりへろへろだったけど、後は帰るだけだと立ち上がった。


「ラヴィ、明日はどうする?」

「そうだね。まぁ特別なことがなければ、この粘液くんを提出して・・・・・・それからコーラルのコードがどうなってるかも確認して、そしたらまた何か依頼を受けようと思ってるよ」

「そうだね・・・・・・。それしかないね・・・・・・」


 わたしのコードはどう変わったのかまだわからない。

さっきの寄生プリンとの戦いでも、わたしは拘束されてただげだし・・・・・・変化を推測するための材料も無い。


 ラヴィはまだぬるつく手のひらで、容器を運ぶために持ち上げようとしている。

結構重いし、手を滑らせてこぼしてしまいそうで怖かった。


「わたしも手伝うよ」


 この場所に運んできた時と同じように、ラヴィの持ってる反対側からわたしも手を回す。

ずっしりとした確かな重さが手のひらに伝わった。


「いやぁ・・・・・・ずいぶん遠くまで来たね」


 帰り道の長さに、ラヴィが仕方なく笑う。

わたしも合わせて笑うしかなかった。


 しかし、あれだけ粘液にまみれたのだから・・・・・・こう日が落ちてくると、体が冷えてしまいそうなものだが、不思議とそうならない。

どうやらプリンの粘液は保湿云々というのの他に保温能力も高いみたいだ。

感覚的には真っ先に冷えていきそうなそれは、わたしの肌にまとわりついて体温を閉じ込めていた。


 散々気持ち悪がった後だったけど、こういうところに気づくとやっぱりものは使いようなのだなと思う。


 よたよた歩き出したが、当然まだまだ街には着かない。

一歩進むたびに濡れた靴がぐぷぐぷ音を立てた。


「あ、そうだ」

「ん? 何?」


 思い出したかのようにラヴィが口を開く。


「コーラル、プリンの中に引き込まれたとき結構派手に溺れてたけど・・・・・・」

「う・・・・・・」


 自分の醜態を思い出して恥ずかしくなる。

あれは冒険者にあるまじき失態だったと言えよう。


「で、そのときさ・・・・・・プリンの粘液、飲んだ?」

「あぅ・・・・・・ちょっと飲んじゃった、かも・・・・・・。やっぱりまずいかな?」

「まぁすぐにどうってことでもないだろうけど。量も大したことないようだし。でも、一回ちゃんと診てもらう必要がありそうだね・・・・・・」


 魔物を食べる、なんらかの経緯で体内に取り込む。

こういう行為は適切な処理なしには極力避けなければならない。


 というのも異常を起こしたプラヌラを体内に取り込むのは、当然人体にとってもよくない影響を与える。

本来魔物の肉を食べるときには、しばらく・・・・・・最低でも二日は時間をおいて異常プラヌラが完全に不活性化してから食べるのだ。


 もしまだ活性の高い異常プラヌラを摂取してしまうと、それが原因で自分の体に元から流れていたプラヌラも異常をきたしてしまう。


 プラヌラ異常を起こしたらどうなるか、それはあまりにも明らか。

だって魔物の定義がプラヌラ異常を起こした生物なのだから。

人が魔物化するということは、決して珍しいことじゃない。


「・・・・・・」


 少量だから、大丈夫・・・・・・だろう。

そういうことはまぁ理屈では分かっているけれど、やっぱり怖い。


 プラヌラ異常はある種の病。

その末路も悲惨だ。


 異常プラヌラに侵された肉体は、プラヌラの効力によって異常発達し完全に他の生物へと作り変えてしまう。

これが魔物化・・・・・・しかし症状はそれだけにとどまらない。


 魔物化してもなお、異常プラヌラは身体を蝕み続け、やがてプラヌラ結晶と呼ばれる結晶体を形成する。

それは肉体を引き裂きながら規模を拡大し、最終的には生物を完全に結晶化させてしまい、その結晶すらやがて風化し脆い石のようになって崩れ去ってしまう。


 稀に結晶化した異常細胞に適応した魔物も現れるそうだが、今まで一度も見たことがない。

まぁ大抵の場合そういう“プラヌラ結晶変異体”は通常の魔物と比較にならないほど強いらしいので、遭遇したことがないのは幸運なことだ。


「早いとこ診てもらって安心したいね」

「そうだね」


 こっちに関してはコード観測器じゃわからないからアナライザーさんに診てもらうしかない。

これでもしプラヌラ異常が見つかったらその部位を切除するしか手がないのだが、まぁ魔物化に比べたらまだマシだ。


「もし、お嬢さん方?」


 ラヴィと話しながら帰路を歩いていると、当然背後から誰かに話しかけられた。

咄嗟のことだったけど、容器を落とさないように足並みを揃えて振り返る。


 するとそこには、乾燥させた植物で編んだと見える傘のような帽子を被った男がいた。

着ている服もなんだか妙で、ここら辺の人じゃないように見える。


 わたしが怪しんでいると、その男は背筋を正し深々とお辞儀をする。


「どうも、辻アナライザーです」

「おお、辻アナライザーか。ありがたい」

「え、つじ・・・・・・え??? 何、ラヴィの知り合い?」


 ラヴィはなんだか分かっている風だったが、まぁ見ていなとばかりに何も言わなかった。


「では失礼して・・・・・・」


 黙って見ていると、辻アナライザーと名乗った男は帽子の陰に隠れている目をカッと見開いて、鋭い眼光でわたしを貫いた。


「???」


 なんだかよく分からないまま立ちすくむ。

わたしは依然置いてけぼりのまま、男は再び口を開いた。


「一秒毎に1ダメージ与える積毒を武器攻撃に付与。効果時間は20秒。積毒は任意で解除可能・・・・・・ですな。身体に異常はありませぬぞ」

「いやぁどうもどうも」


 ラヴィは男にお礼を言いながら、一旦容器から手を離し・・・・・・。


「あぶなっ」

「あ、ごめ・・・・・・」


 慌てて容器を抱え直したわたしに謝りながら男にお金を渡した。


「かたじけない」


 男はお金を受け取ると、帽子を目深に被って走り去っていく。


「??????」


 わたしはその光景を呆気にとられて眺めていた。

ラヴィが容器を持ち直しながら言う。


「辻アナライザー。東の方の国の・・・・・・なんか辻道っていう理念の元活動してるっていう変わった人たちだよ。会うのは初めてだった?」

「う、うん・・・・・・」

「はは、他にも辻ヒーラーも居るよ。大抵はああいう・・・・・・菅笠って言うらしいんだけど、変わった帽子を被ってるから、一目でわかるよ」


 わたしの知らない世界ってまだまだあるのだなぁ、と世界の広さに驚く。

それはそれとしてやっぱりヘンな人だとは思うけど。


「そ・れ・よ・り! コードの方、どうだったの?」

「あ、ああ・・・・・・それは・・・・・・」


 辻アナライザーのインパクトに注意を完全に持っていかれてたけど、なんとか男の言っていたことを思い出す。


「えっと・・・・・・20秒、だから・・・・・・。効果時間が、10倍になった、ね・・・・・・」

「10倍!? すごいじゃん!」

「ん、んん〜・・・・・・」


 ラヴィは喜んでくれるけれど、結局20ダメージのボーナスが入るって考えたら・・・・・・やっぱり弱い。

弱すぎる。


「まぁまぁ、そんな顔しないで。次も10倍で増えてくとしたら、次は200秒。大きな進歩だよ、きっと」

「けど結局ダメージがね・・・・・・」


 大体普通の武器攻撃が一撃で150から500くらいのダメージって言われている。

人によってだいぶ差はあるけど、下限でもそれくらいだ。

200秒かけて200ダメージなんて言っても、しょうもないどころの話じゃない。

そもそも、これから10倍ずつで増えるとも限らないし。


「ま、今日あったことからすると割に合わない感じはするかもね」


 そう言って、けれどもわたしを元気づけるようにラヴィは微笑む。

まぁ事実、そんなに肩肘張ったってしょうがない。


 真っ赤に焼ける空を背に、じゃれ合いながら街を目指した。

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