間の悪い運命
いよいよ追い込みをかけるつもりで、辺りに視線を走らせる。
見渡して分かる位置にはもう目立った石は無さそうだけど「みつかれ〜」と目を凝らした。
「ふぅ・・・・・・」
液体でほぼいっぱいになった容器を抱えながら、ラヴィがわたしの隣までやってくる。
「よっこいしょ」の掛け声でそれを下ろすと、額の汗を拭ってその場にしゃがんだ。
「どうする、コーラル? 今日はもうやめにするかい?」
「いやいや! ここまで来て止まれないっしょ!」
「うひー・・・・・・」
ラヴィは疲れた様子で夕日に目を細める。
わたしもこうも同じ作業をずっと続けるのは不慣れなので、普段より疲れてる気がした。
それでも、やっぱりここまで来たらきっちり片付けてしまいたい。
酷使した下半身の筋肉が熱を持つ。
足の指の間にじんわり汗が滲んでいるのを感じた。
ふっと息を吐き、膝に手をつく。
そうして夕日がオレンジに染め上げる草原を見ていると・・・・・・。
「おっ・・・・・・!」
見つけた、見つけた!
少し遠くだけど、結構立派な石・・・・・・いやもう岩の範疇のそれを発見した。
「ラヴィ、あそこ・・・・・・どう思う?」
「あー・・・・・・まぁあれくらいなら、きっと大物がいるんじゃない? にしても・・・・・・遠い・・・・・・」
「一緒に運ぼ」
わたしが箱に手を伸ばすと、もうほとんどガス欠に見えるラヴィも立ち上がってくれる。
これをまた街まで持って帰らないといけないことは考えないようにしながら、二人で容器を抱えて運んだ。
「よっこら・・・・・・」
「・・・・・・しょっ」
掛け声まで分担して、容器を地面に下ろす。
近づいてみれば、その岩はわたしたちの身長を少し上回るくらいの大きさだった。
「おっとこれは思ったより・・・・・・」
「重ったそうだね」
ラヴィがぼそっと言った言葉は聞かなかったことにした。
「「せーのっ・・・・・・!」」
二人分の体重で、体当たりするような形で岩を動かす。
その動作を繰り返すたびに岩の揺れは大きくなり、三度目か四度目くらいにやっとゴロリと転がってくれた。
「さて・・・・・・」
これだけ大変な思いをしたんだから出てくれよ、と念じながら一旦地面に放っていた短剣を拾い上げる。
岩の下の、周囲よりやや窪んだ地面。
それがパラパラと盛り上がるようにして、地中からすっかり見慣れた透明な不定形生物が現れる。
「キタキタキタァーッ・・・・・・!!」
それもなかなかの大物。
後五匹くらいは必要そうな計算だったのが、この一匹で一気に精算できそうだ。
「・・・・・・プリンって、こんなになるものだっただろうか・・・・・・」
ラヴィは少し訝しげに、プリンの・・・・・・依然まだ大きくなっていくシルエットを眺める。
それはさっき転がした岩とほとんど同等くらいの大きさに見えた。
それと同時に・・・・・・。
「あ、待って嘘・・・・・・こっちもキタ・・・・・・」
突然、右目が芯の方からじわじわと熱くなってくる。
それはすぐに疼くような痛みに変わった。
「う、ぐ・・・・・・っ」
久しぶりのその痛みに、目を押さえて数歩よろめく。
「コーラル・・・・・・?」
わたしの様子が変わったのにラヴィが心配そうに声をかけるが、わたしはそれに親指を立てて答える。
「キタよ、ブラッドコード・・・・・・さっそく新しい姿を見せてくれるみたい」
「え、今・・・・・・!? それは・・・・・・よかったんだか、よくないんだか・・・・・・」
ブラッドコードが成長を遂げるとき、大抵は発熱や疼痛を引き起こす。
わたしの場合、目という少しデリケートの部分にコードがあるせいかその症状が多少重い。
だが・・・・・・。
「そりゃ、いいことに決まってんじゃん。大丈夫、プリンくらいこの状態でもなんてことないよ・・・・・・」
「いや、それが・・・・・・ね」
ラヴィが幾分か表情を険しくして、今日使うことのなかった直剣をスラリと構える。
「相手はただのプリンじゃない。寄生プリンだ」
「え・・・・・・」
ラヴィの言葉に、視線を持ち上げる。
視界に映ったプリンの、その体の内側・・・・・・そこには通常のプリンには存在しないはずの固体の部分があった。
それを視界に収めた瞬間だった。
その固体の部分・・・・・・絡まった毛糸玉のような姿をしていたそれが、解けた。
ミミズのように代表にうっすら節目みたいな線がある、触手が。
「あっ・・・・・・」
タイミング悪くコードが成長を遂げたわたしは、その触手の急襲に対応できない。
縮めたバネを解放したときのような瞬発力で、近くに居たわたしをあっけなく絡め取ってしまった。
ほとんどパニック状態でもがき、短剣を振り回すがそれは無数にある触手のうちのいくつかを傷つけるにとどまる。
そして、そんな稚拙な抵抗もむなしく・・・・・・触手の根本にあたる部分を包み込んでいるプリンの粘液状の体に引き込まれてしまった。
散々慌てふためいていたのもあって、その瞬間に息を全て吐いてしまう。
薄黄色の液体の中に空気の泡が広がり、それらはゆっくりと上部に昇って消えていった。
それがさらに焦りを生む。
体内の空気を無駄にできる状況じゃないのに、もがいて、暴れて、どんどん息苦しくなっていく。
口の中にプリンが流れ込み、どろりとした液体が狭い喉を塞ぐ感覚が吐き気を引き起こした。
「・・・・・・!」
外側でラヴィが何か言いながら、必死にプリンを地道に削いでいく。
何度も内側に手を突っ込んでわたしを捕まえようとするが、すっかり中央部で締め上げられてるわたしにはその指先はかすりもしなかった。
体から力が抜けていく。
手のひらが緩み、短剣が手から離れそうになる。
その瞬間だった。
「・・・・・・!!」
ラヴィが剣を真っ直ぐに構え、その切先を触手塊に向ける。
照準を合わせるようにその一点を狙いすまして、駆けた。
助走の後に跳躍したラヴィの体は、剣を矢尻としプリンの体に食い込む。
ゲル状の体にその勢いはほとんど殺されてしまうが、それでもプリンの体内でわたしに巻き付く触手をその手に掴み取った。
自らの意思で飛び込んだラヴィは、冷静さを欠くことなく触手を刃で断つ。
刻む。
引きちぎる。
そうしてやっと・・・・・・。
寄生プリンは形を保てなくなりどろりと崩れた。
重力に従って広がっていくプリンの死体。
それに伴って、わたしの体も外気と再会する。
「ぅえっ・・・・・・げほっ、ぇほっ・・・・・・」
細切れになった触手が体に絡まったまま、口の中のプリンを吐き出す。
まとわりついた粘液が髪の先からどろりと垂れた。
ラヴィもぺっと口から粘液を吐き捨て、わたしの体から触手を払い除ける。
「・・・・・・ごめん、わたし・・・・・・油断して・・・・・・」
「いや、仕方ないよ・・・・・・とは言い切れないかもしれないけど・・・・・・まぁなんとかなってよかった。とりあえずこれだけあれば・・・・・・プリンの粘液も十分そうだしね」
予期せぬアクシデントに、二人ともぬるぬるのべちゃべちゃだ。
重みを持った服が肌に張り付いて気持ち悪い。
「ごめん、わたしのせいでラヴィも・・・・・・そんなになっちゃって」
「はは・・・・・・まぁ、汚れや怪我はつきものだから。しかし寄生プリンとはね・・・・・・。いやはやしてやられたよ・・・・・・」
寄生プリン。
プリンが何かに寄生してるみたいな響きの言葉だが、構図はその逆。
寄生されたプリンだ。
プラヌラ異常を起こした寄生虫は、同じくプラヌラ異常を起こした生物を宿主にしたがるらしくて、多くの寄生虫は元の宿主の体を食い破ってからどこにでもいる上に動きの鈍いプリンの体内を住処にする。
「それはともかく・・・・・・目は大丈夫? もう痛まない?」
「・・・・・・ううん、まだ結構・・・・・・」
未だ右目は内側から圧っされるように痛む。
血流が巡り血管が脈動するリズムに合わせて、痛みも強まったり弱まったりした。
「まったく・・・・・・こんなメにあったんだから、ちゃんと強くなってくれてないと承知しないからな!」
コードが成長したのも束の間、今ではその嬉しさもだいぶ萎えてしまった。
この有り様だと、だいぶ元気がなくなる。
少し落ち込むわたしに肩をすくめ、ラヴィはいそいそと粘液を集めて容器に移した。
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