プリンも積もれば重くなる
さて、冒険だなんて大層な言葉は使ったが、言っても街の外をちょっと歩いた先に広がる野原である。
風が吹き抜けると背丈の低い草の緑が揺れて波をつくる。
それと同時に土の匂いがサッと通り過ぎていく。
もう日もやや傾き始めているが、やっぱりここを通る風はなかなか気持ちいいものである。
早朝だったらなお爽やかで、昇りたての朝日が雲の隙間から朝露に濡れた草葉を照らすのが本当に綺麗なのだ。
「さて、今回は運良くわりと報酬が美味しい依頼が受けられてね」
「うん」
「依頼内容は覚えているかね、コーラルくん」
「えっと・・・・・・」
引き受けてきた依頼の内容、それは・・・・・・。
「プリンの粘液の・・・・・・収集・・・・・・」
「その通り!」
ラヴィがギルドで渡された透明な容器を地面に置く。
底の広さは丁度わたしの足が三つ並べられるくらいで、高さはわたしの膝の数センチしたくらいだ。
「この容器をプリンの粘液でいっぱいにすることが目標だ!」
「えぇ〜・・・・・・」
プリン。
スライム状の不定形な魔物に一種だ。
魔物というのはある種“病気”の生物のことであり、通常の生物が“プラヌラ”というものに異常を起こしたものを指す。
プラヌラは魔力と俗称され、全ての物質の中に偏在する。
ブラッドコードが普通じゃありえない特別な現象を引き起こすのも、このプラヌラを介して可能になる、そうだ。
そしてプリンは・・・・・・微細な生物がプラヌラ異常を起こしたものの集合体だ。
完全に体のつくりは変性してるから関係ないのだけど、たくさんの生き物の集まりと考えるとやっぱり気持ち悪い。
「あんなの何に使うのさぁ・・・・・・」
プリンは生きてるうちはその名の通り、プリンプリンと独特の弾力があるのだが、絶命するとヌルヌルになってとてもじゃないが気持ちいいものじゃなくなる。
それをあの容器いっぱいになんて、信じられない。
「コーラルは知らないかもしれないけど、保湿にいいとかで美容品になったり、香りがいいとかでキャンドルの材料になったりするらしいよ」
「うぇー、きもちわる」
いい香りがすると思ったことなんてないぞ、土と・・・・・・草の汁の匂い。
自然の香りとか言えば聞こえはいいかもしれないけど青臭いだけじゃないか。
「そんなコーラルにいいこと一つ教えてあげよう」
「なになに? なになに?」
「この依頼主パン屋です」
「・・・・・・」
まさかパンの材料にするつもり、なんてことはないはずだ。
きっとそのパン屋さんが若い女の人で・・・・・・。
うん、そうだ。
そうに違いない。
「念のため聞くけど、どこのパン屋さん?」
「・・・・・・行ったことないけど、一応大通りをちょっと外れたところにあるね。帰りに買ってく?」
「やめとく」
さて、無駄話もこれくらいにしてそろそろ一仕事始めなきゃならない。
プリンなんかは探せばすぐ見つかるけど、あの容器を満杯にするってなったら結構大変だ。
「えっとぉー・・・・・・」
草を踏んで歩きながら辺りを見渡す。
探すのは土に半ば埋まっているような石だ。
それの結構大きいやつの下に居ることが多い。
「あれとかいんじゃない?」
ラヴィがわたしの肩越しに指差す。
その方向を見れば、数十メートル先の土が露出したところに灰色が見える。
確かになかなかいい大きさの石だ。
「いよぉーし・・・・・・!」
腕まくりし、その石に向かってずんずん歩いていく。
そして・・・・・・短剣をカバンから取り出し脇に挟み、伸ばした両腕でその石を転がした。
「よいしょお! どーよ、居る?」
石の下から露わになるのは、周りより湿った色をした土。
そこからまるで泉が湧くかのように、ちょっと黄色っぽい液体が滲み出してきた。
「居たぁ?」
駆け寄りながら聞いてくるラヴィに手を振って答える。
「居た! ばっちり!」
「それじゃ油断しないで・・・・・・あっ」
「痛たっ・・・・・・!」
ラヴィのほうに振り向いた瞬間に、脇腹に液体の塊が激しく衝突する。
いきなりの衝撃に、わたしは短剣を落として尻餅をついてしまった。
「ったたぁー・・・・・・」
「えぇ、ちょっと・・・・・・大丈夫?」
「うん」
プリンは決して強い魔物じゃない。
というか、ブラッドコードに目覚めていない子どもでも簡単にやっつけられるくらい弱い魔物だ。
けれどもだからと言ってまるで危険がないわけじゃない。
毎年酔っ払いが襲われて地上で窒息死する事件が必ず二、三はある。
「こんのォ・・・・・・」
急いで短剣を拾い上げて、ひとまずこちらに再び跳躍しようとしていたプリンを蹴り飛ばす。
不思議な弾力のある身体構造のせいで無駄に勢いよく吹っ飛んだ。
見逃さないうちにその影を追いかける。
そうしてまだ微妙に地面の上にバウンドしてたところを、剣で突き刺す。
手ごたえは弱く、正直何かを斬った感触ではない。
それでも、こんななりでもプリンは一塊の生命。
数回刃を入れて身体の結合を切ってやれば・・・・・・。
「・・・・・・」
その体がでろんと、溶け出す。
プリンという魔物が、ただの変質した微生物たちの死骸に成り下がる。
「ラヴィ、はこ! はこ!」
「あいよ」
それをまだ完全に液状にならないうちに容器に流し込んだ。
指にまとわりついたプリンの体の一部は、やっぱりヌルヌルしてて気持ち悪い。
ラヴィはプリンだったものが入った容器を見つめて呟く。
「一匹で・・・・・・だいたいこれくらい、かぁ・・・・・・」
「・・・・・・」
容器の底に広がったプリンは、せいぜい2センチほどの高さしかない。
これは思ったより・・・・・・。
「骨の折れる作業になりそうだ・・・・・・」
その後も、ひっくり返しては斬る、ひっくり返しては斬る、の繰り返しだ。
石一個の下から二匹以上出たら当たりで、一匹も出なきゃ外れ。
今まででの一番の大当たりは四匹だ。
「ね・・・・・・ラヴィも手伝ってよぉ」
なんだか、さっきからわたしばっかり戦っている。
いや、戦っているという感覚すら希薄な作業なのだが・・・・・・。
「そんなこと言わないで頑張んな。コードを育てるなら戦いまくるのが一番手っ取り早いんだから」
「それはそうだけどさぁ、こんな弱っちいのやっつけまくっててもさぁ、しょうがないんじゃない?」
「ちりつも、ちりつも! 応援してるよ。って言うか、結構容器運びも辛くなってきたんだから・・・・・・」
わたしが見つけて、わたしがやっつけてはラヴィがそこに入れ物を運んでくる。
作業開始から2時間半ほど経過した今、容器の中には並々と薄黄色の液体が満ちていた。
確かにあれくらいになるとだいぶ重いだろう。
「ラヴィ、あと何匹くらいだと思う?」
「そうだね・・・・・・あと、五匹も見つければ流石にいっぱいだね」
最初の方はポンポン見つかっていたプリンだが、流石にそればっかり狩っていると段々見つかりづらくなっていく。
最初こそ五匹なんてすぐ見つかったが、今だとあと30分くらいは覚悟しないといけなそうだ。
「ふぅ・・・・・・」
屈んだりすることが多いので腰が痛む。
ちょっと一休みと伸びをすると、夕焼けた空の下にわたしたちの街が見えた。
プリンを追っているうちにそれなりに遠くに来ていることに気づく。
夕方の空気感のせいか、少し・・・・・・ほんとにほんの少しだけ、ダンたちが恋しく思えた。
「よし・・・・・・がんばろ」
一息ついたし、もう終わりも見えてきてはいる。
後一踏ん張りだ。
いくら雑魚狩りといえど、やっぱり数が数だから、ちゃんと身体を酷使してる。
ちゃんとこの経験が、疲労として、細かな傷として身体に刻まれてる。
何故だかわからないけど、ダンたちのパーティでがむしゃらにやってたときより、確かに前進してるような感覚があった。
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