一撃
森の中に突如現れた、あまりにも異質な結晶塊。
その透明な薄紫色の中心には、ボロボロにほつれた・・・・・・おそらく繭、だったもの。
「ね、ねぇ・・・・・・ラヴィ? これってもしかして、ヌシ・・・・・・?」
「可能性は・・・・・・あると思う。こういう風に蛹を作って姿形を変態させてたっていうなら、色々と辻褄も合ってくると思うし・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
やっぱりアレがヌシなんだ、と目を凝らす。
遠目に眺めている分にはアホみたいに大きい宝石だし、そういった意味では綺麗だ。
こうして実物を前にすると、際限なく膨らんでいったヌシへの恐怖もやっと天井が見えてくる。
まぁまだ未知の塊なのには変わりないけど。
手のひらのじっとりとした汗を裾で拭って、短剣を握り直す。
軽い呼吸で気持ちを落ち着けて、ラヴィに言った。
「ねぇ、あれ・・・・・・近づいてみない?」
元よりわたしたちが引き受けたのは、ヌシの討伐だ。
はなからあれをやっつけるつもりで来ている。
ラヴィは一瞬驚いた顔をするが、すぐに真顔に戻って静かな声で空気を震わせた。
「・・・・・・これだけの“症状”が出ているんだ。元からそうだったかは分からないけど・・・・・・あの繭は、おそらく変異体だ。それは・・・・・・分かっているかい?」
「うん・・・・・・」
ラヴィの言葉に頷く。
もちろんこんな状態になっている魔物は見たことがない・・・・・・が、これだけ結晶に侵食されているのを見ればそれがもはや普通の魔物の枠に収まるものではないと分かる。
そして、だからこそ・・・・・・。
「だから、今がチャンスだと思うんだ。だって今繭だし、動かない相手に攻撃するのはわたしだって出来る」
わたしのコードの弱点、立ち上がりの遅さと・・・・・・あとわたし自身の未熟さ。
二つ目はコードっていうかわたしの問題だけども、今はそのどちらの条件もクリアできる。
今なら・・・・・・今だからこそ、倒せる。
「・・・・・・」
ラヴィは揺れる。
わたしより経験豊富だし、頭もいいから、考えることも多いのだろう。
何より、基本的なスタンスとして生存第一だ。
もっとも、わたしの能力を試すにしても、別に今ここでじゃなくていい。
だから、安全策をとればここは退くことになるだろう。
プラヌラ結晶変異体などという、明らかに身の丈に合わない相手に挑まなくて済む。
だけど、そんな埋めようもない差をひっくり返せるのが今なんだ。
変異体には勝てなくても、あの繭には勝てる。
「・・・・・・分かった。もとよりヌシを倒すつもりで来て、それで隙を晒してるそいつを前にして逃げ出すっていうのも変な話だからね」
「じゃあ・・・・・・!」
「・・・・・・行こうか」
作戦・・・・・・というようなものは無いが、行動に移る。
動かない的を一度攻撃するだけのことだが、信じられないほどの緊張感を持って繭ににじりよる。
一歩、また一歩と歩みを進めるたびに、心臓はやかましく跳ね上がり、全身の筋肉が縮み上がる。
それでも隣を歩くラヴィのおかげで、臆さず進むことができた。
見れば見るほど巨大な結晶。
近づくとその存在感に肌がぴりぴりする。
結晶の放つぼんやりとした光が、わたしたちの爪先を照らした。
もう、手の届く距離。
ヌシを倒すのに必要な、最初で最後の一撃を喰らわせられる距離。
「コーラル」
大丈夫だよ、と勇気づけるようなラヴィの声。
その声を最後の一押しに、わたしは緊張に震える腕を振り上げた。
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