繭
ラヴィも薄々違和感は抱いていたようで、足を止めて顎に手を当てる。
「ふむ・・・・・・。確かに少し妙な感じがするね。具体的にどうって感じじゃないんだけど・・・・・・やっぱり何か、変だ・・・・・・」
「そう・・・・・・! ね、やっぱりおかしいよね? そりゃここ来るのは初めてだけどさ・・・・・・流石に、こんな何も居ないってことはないでしょ!」
森の中を吹く風が、えらく粘着質に感じる。
なんの気配もないのに、嫌な感覚がまとわりついて来て・・・・・・もう既に、何かに絡め取られてるんじゃないかっていう感覚にとらわれる。
「・・・・・・それか、今日は・・・・・・居る、のかもしれないね」
「居る・・・・・・って?」
「ヌシだよ。野生動物は私たち以上に敏感だ。だから何か、そういう脅威になり得る存在が居ると・・・・・・どこかに逃げたり、隠れたりしてるのかも・・・・・・?」
「それじゃあ・・・・・・」
ラヴィの言葉に、ごくりと唾を飲む。
この静寂の中には未だ正体の知れない怪物が潜んでいるというのか。
幸か不幸か、たぶんだけど・・・・・・居る。
もともとそいつに会いに来たとは言え、人間の動物の部分、生き抜くための臆病という回路が、その本能が警鐘を鳴らしていた。
「コーラル・・・・・・念の為だけど、逃げる準備をしておいて。場合によっては・・・・・・本当に手に負えない何かが居るかもしれない」
「わ、わたしのコード、でも・・・・・・?」
じとっと汗の滲んだ手のひらで短剣を握りしめる。
何もラヴィは脅かそうとしてわたしにこんなことを言ったんじゃない。
いつもわりとなんでもそつなくこなすラヴィの表情に、しかし緊張の色が浮かび上がっていた。
「コーラルのコードは確かに強力だけど、まだコーラル自信の技量が追いついてない」
「う・・・・・・」
「ご、ごめん・・・・・・。だけど、どんな強い技でも当てられなきゃしょうがない」
「分かってるよ。本当の本当に危ない無茶はしない。・・・・・・っていうか、なんでこの依頼にしちゃったのさ〜、ほんと・・・・・・」
いやまぁ、実際はとんでもなく弱っちい魔物ってオチもあるかもしれないけど。
少なくとも相手がどんな何か分かっていたら、こんな怖い思いはしなかったはずだ。
結局はわたしもラヴィも、その怖いもの見たさに引っ張られてここまで来ちゃったわけだけど・・・・・・。
意味があるのか分からないけど、姿勢を低くくしてゆっくり恐る恐ると歩みを進める。
かがめた腰に負担がかかるけど、必要な負担ってことで受け入れるしかない。
「見て、コーラル・・・・・・。痕跡だ・・・・・・」
前を行くラヴィが小声で囁くように言う。
草の影に身を隠すようにしているラヴィの指先は斜め前の樹木を指さしていた。
「何あれ、傷跡・・・・・・? 地面もなんかちょっと掘れてるみたい・・・・・・」
「見たところそんなに新しいものじゃなさそうだけど・・・・・・もう領域内ってことだ」
「近くに居るってこと? 特に姿は見えないし、やっぱり気配も感じないけど」
「でも向こうはもう私たちに気づいているかもしれない」
「ちょっとやめてよ・・・・・・」
見つけた痕跡は、木の幹に深々と刻まれた傷跡。
単純な腕力で傷つけられた感じじゃなくて、まるで大剣か斧で斬り込まれたみたいな深い切り傷。
クマが縄張りの木に傷をつけたりするって話は聞くし、それに似たようなものなのかもしれない。
ともかく・・・・・・鋭い爪、あるいは体のどこにしろそういった刃のような器官があるということだ。
元よりその面を拝むためにやって来ている節もあるのだから、そのヌシの領域内と分かっていながら歩みを前に進める。
まるで目印のようなその傷ついた木の横を通り抜けると、空気の重圧感が変わった、気がした。
少しの変化でも見逃してなるものかと、目を走らせる。
というよりかってに走る。
気づけないのが、一番怖い。
そうやって周囲に集中力のほとんどを割いていたからだろうか。
足元を気にするのが疎かになって・・・・・・。
ぐに、と地面を踏んだのとは違う感触が足裏に伝わる。
「ひやっ!?」
「おわ!? え、なに???」
「いや、ごめん・・・・・・なんか変なもの踏んだだけ・・・・・・」
驚きの連鎖に謝りつつも、踏んだものを確かめるために足を半歩ずらす。
「あ、なんだ・・・・・・キノコか・・・・・・」
「キノコォ? びっくりさせないでよ、もう。私も、結構神経質になってるからさ、いま」
「ごめん」
結構嫌な感触だったから、それで過剰に反応してしまったのだ。
てっきり何かの糞か、あるいは・・・・・・何かの死体を踏んだのかもしれないと思って・・・・・・。
踏まれたせいで崩れてはいるが、結構立派なキノコだ。
なんかあんまり見ない種類な気がするし、シュルームが居たら喜んだかもしれない。
そんなこと言ったってもう全然わたしは関係ないけど。
それからまた数分、わたしたちは森を彷徨った。
数々の痕跡は見つかるものの、意外と何も起きない。
嫌な空気感のわりに結局どうもならないから、少し拍子抜けだ。
「なんか、空の巣を調べてるみたい」
「だとしたら戻ってくるときが怖いね」
「ラヴィ、なんか・・・・・・やっぱりちょっとわざと怖がらせようとしてる?」
「はは、その方が咄嗟に逃げるって判断が浮かびやすいでしょ? 緊急事態はそういう瞬発力が大事だからね」
「むぅ・・・・・・」
なんだか、そうやって間接的に行動を操作されるのは不服・・・・・・だけど、確かにそうだ。
一瞬の迷いのせいで逃げられなくなったり、あるいは即死したり、そういうことはいくらでも起こり得るだろう。
とくに、こんな場所では。
まぁでも、わたしならどちらにせよすぐ逃げることを選ぶ気はするけど。
未だ全身に絡みつくような嫌な感覚は消えない。
まるで何かの視線を常に浴びているような、不快感。
皮下に疼く気持ち悪い感触。
そして、その気味の悪さは加速する。
「何・・・・・・あれ・・・・・・?」
前方に、森の中とは思えないほど日の光が溢れている。
まるで・・・・・・穴。
森の中にぽっかり空いた穴だ。
まだその全体像は判然としない。
「なんだろう、あそこら辺だけ木がないね。どれくらいの広さだろう?」
ラヴィは木々の隙間を縫って、開けた場所に向かって少しペースアップする。
わたしも、置いていかれると心細いのでその背中に追い縋った。
視界を占める光の割合がどんどん大きくなっていく。
それに伴って太陽の暖かさを如実に感じるようになり、しかし・・・・・・普通だったら安心するはずの陽光も、今はひどく不気味に感じられた。
それに向かって進んでいるのだから当然のことだが、やがてその開けたスペースにたどり着いてしまう。
思ったよりずっと広かったそのスペースの中央には・・・・・・。
「あれは・・・・・・」
何?
ヌシ・・・・・・でもないような気がするが、少なくとも普通なものではない。
森の中に突如現れるにはあまりにも不自然な物体。
薄い紫色の結晶体、の塊だった。
不規則に伸びた突起が、まるでトゲのように四方に突き出している。
ラヴィはその異様な光景を見つめて呟く。
「あれは・・・・・・魔物の死体? いや、魔物の成れの果てにしては・・・・・・輝きが強すぎる・・・・・・」
魔物の末路・・・・・・完全な結晶化。
もちろんその可能性はわたしの頭でもよぎった。
かなりの大きさだが、それもヌシの死骸ということなら説明がつく。
だが・・・・・・。
あの結晶塊は間違いなく生きている。
微動だにせず、物言わぬそれは・・・・・・しかし活性化したプラヌラが放つ淡い光を宿していた。
魔物の成れの果てなら、こうはならない。
ラヴィはその結晶に対してかなり慎重になっているようで、森の開けた空間に立ち入らない。
当然わたしも。
ラヴィはあくまで遠巻きに、謎の結晶に目を凝らす。
そして、その内側で反射を繰り返す光のせいでひどく見えづらくなっている結晶の中心に“それ”を見つけた。
「あれは・・・・・・繭・・・・・・?」
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