暗殺者の森へ

 八本の短い脚をモゾモゾ動かして、デカいクマムシが馬車を引く。

クマムシが、馬車を。

歩みは遅めだけど、揺れや衝撃は小さくて快適は快適だった。


 ほとんど荷台みたいな粗雑な馬車から手を伸ばし、クマムシのお尻の辺りを撫でる。

御者の優しそうなおじさんはそれを微笑ましそうに眺めた。


「よしよーし、お前はいい子だなー」


 馬車は二台。

今回討伐しなくちゃならない魔物の住処である森に向かっている。

人呼んで暗殺者の森。

街からはそこそこ離れているくらいといった感じだが、危険度は街周辺より一つレベルが違ってくるらしい。


 片方の馬車にはわたしとラヴィ、それからガーパーティの五人。

もう一台の馬車には、全く知らないパーティの三人が乗せられていた。


 馬車に揺られながら、ガーが今回の依頼内容を説明する。


「いいか? 今回の依頼は暗殺者の森の小型魔物の討伐だ。まぁ中型以上を倒しちゃいかんとは言われてねぇが、わざわざ要らん負担をすることもねェ。基本はそいつらとの接触は回避する方向でいくぞ。分かったな?」

「おうよ、任しとき!」

「御意に」


 ラニアは喧しく、プレコは静かに、それぞれガーの言葉に頷く。

いつもこんな感じなんだろうか。


「一つしつもーん」


 ほんとは聞きたいことは二つあるのだけど、まぁそれは後回しにして、まず依頼内容について尋ねる。


「小型魔物って・・・・・・具体的には何をやっつけるの? 森なんか潜ったら色々居ると思うけど、こう・・・・・・どういう理由で何々の素材が要るよーとか、最近この種類のやつが周りに被害出してるからやっつけてねってのがあるじゃん? それについては何か言われてないの?」


 小型魔物。

大体の括りとしては人間の大きさ以下の魔物を指す言葉だ。

まぁ結構大きいのもそれなりに居るから、あくまで慣習的にそう括られてきたものって言った方が正確かもしれない。


 中型大型ってなってくると生息地との兼ね合いでだいぶその条件に当てはまる魔物も絞れるのだけど、相手が小型じゃそうはいかない。

下限で言ったらそれこそ手のひらサイズくらいの虫みたいなのまで含まれてくるし、生態系の多様な森とあってはその数は膨大だ。


 ガーはわたしの言葉に少し考えるようなそぶりをしてから、視線をやや上に向けながら答える。


「ま、定期掃討ってやつだろな」

「定期掃討・・・・・・???」


 聞き慣れない言葉に困惑する。

言葉の意味は分からないでもないが、一体何のためにそんなことをするんだか・・・・・・。

暗殺者の森は確かに行商とかの通り道になることもあるらしいけど、だったらより危険度の高い中型以上を狩った方がいいはずだし。


 ガーは説明を重ねる。


「いいか? 魔物ってのがどうやって発生するか、そいつァ知ってんな?」

「うん・・・・・・プラヌラ異常を引き起こして・・・・・・」

「そうだ。で、じゃあ・・・・・・プラヌラ異常はどうして起こる?」

「そんなの分かんないよ。解明されてるの?」

「部分的には、な。まぁ結局のところ、異常プラヌラを体に取り込んじまうことが問題なわけだ。そいでじゃあ、森の中型以上の生きモンが何食うかって話だ。わかるか?」


 ガーの言葉をしばらく頭の中で整理する。

異常プラヌラを体内に取り込むと、そこから感染に近い形でプラヌラ異常を起こすというのは、まぁわたしでも知っている。

つまり・・・・・・。


「あ、そっか・・・・・・。中型生物は小型魔物を食べるんだ・・・・・・」


 今まで自分が食べるときの視点でしか考えたことが無かったから、意外とこのことに気づくことがなかった。

そりゃ森の中で生活していれば魔物を食べることもあるだろう。

そうして小型魔物を食べてきた生き物は、当然の結果として魔物化するわけだ。


 ガーは頷きながら言う。


「まァ、そういうこった。健全な森は健全な生態系からっつってな。デケェ魔物減らすにゃ、食いモンになったるようなチビッこいの減らしてく必要があるってことだな。それが定期掃討。ま、推測に過ぎねェけどな」


 顎を撫でながら空を見上げるガー。

その表情はいまいちパッとしないというか、まるで自分のその推測に納得できないところがあるかのような煮えきらない表情だった。


「じゃあ次、私からも質問いい?」

「おう、なんだ・・・・・・嬢ちゃんも聞きてェことあンのかよ?」

「・・・・・・と言うか、みんなも言わないだけで気になってると思うんだけど・・・・・・あの、隣の馬車のパーティは何?」


 やっぱりわたし以外も気になってたみたいで、わたしの二つ目の疑問をラヴィが口にする。

その質問には、ガーも困ったように頭を掻いた。


「ンなこた俺にも分かんねェよ。まギルドの意向だろうがよ、こう・・・・・・合同パーティが居ンなら先に言ってほしいよなァ。したら俺たちもアンタら呼ぶこたなかったンだがなァ・・・・・・」

「えぇー、呼んでよ。水くさいなぁ」


 冗談はこれくらいにして、まぁ概ね納得である。

種類に限らずとにかく数を減らすっていう依頼なら人手は多いに越したことはない。

そこを踏まえるとなんならこれでも少ないくらいだろう。

まぁそれにしても一言欲しいのはそうなんだけど。


「ま、ギルド結構適当っぽいしなぁ・・・・・・。個人情報漏洩するし」

「なンだ嬢ちゃん、まだ根に持ってンのかよ。いいじゃねェか、自分の家でもねンだから」

「もうわたしの家ですぅ」


 あ、待ってそれは分かんない。

ただの居候判定かもしれない。


 一応ラヴィの表情を確認する。


「・・・・・・」


 大丈夫そうだった。


「・・・・・・そろそろでござるな」


 突然、さっきまで腕を組んで黙っていたプレコが口を開く。

その言葉にみんなはほとんど同時にクマムシの進行方向に視線を向ける。


 さっきから樹木の密度は増えだんだんと空気も変わってきていたが、いよいよ前方にもう人の領域ではない“森”が広がり出しているのが見えた。


「っしゃあっ! 腕が鳴るでぇ!」


 プレコが吹く風に背びれみたいな刺々しいモヒカンを揺らして、拳同士を打ち合わせる。

わたしはそれに仕事の始まりを予感して、緊張感をぎゅっと手のひらで握り込んだ。

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