積毒のコーラル

 人で賑わっているギルド。

当然、倒れているわたしたちは視線を集める。

いつまでもこうしているわけにはいかないので、流石に体を起こそうとする。

その時だった。


「待って、コーラル」


 ラヴィがむくりと上半身を起こして、何かを見つめている。


「な、何? どうしたの・・・・・・?」

「いや、紙に・・・・・・まだ文字が・・・・・・」

「え・・・・・・?」


 倒れた時にわたしの手から離れた観測紙。

ラヴィはわたしに跨ったまま、それに手を伸ばした。


「・・・・・・」


 ラヴィは無言で、その紙面に視線を走らせる。

わたしからは照明で透かされた反転した文字がぼんやり見えていた。


「な、なに・・・・・・? なんて書いてあるの?」


 いまいち判別できない文字もあるし、反転している。

そもそも部分的にしか透けてないから結局わたしからじゃ内容が分からない。


「・・・・・・」


 ラヴィは何も言わない。

ただその呼吸の音だけが聞こえる。

ゆっくりとしたリズムの、浅い呼吸だ。


「これは・・・・・・」

「もう、なんなのさ。わたしにも見せてよ」

「コーラル、これ・・・・・・」


 ラヴィの声が一瞬息が詰まったように止まる。

そして観測紙をわたしに渡しながら、静かにつぶやいた。


「これ、とんでもないこと・・・・・・かもしれない」

「とんでもないって、どういう・・・・・・」


 紙を受け取って、わたしも上半身を起こす。

それに合わせてラヴィもわたしの上からどいて、それでやっと立ち上がることができた。


 服も払わずに、観測紙に目を通す。

わたしがさっき読んだところはとばして、さっき見たときはまだ出ていなかった部分に焦点をしぼる。

そこに書いてあったのは・・・・・・。


『積毒は累積可能。層数上限は無し。また積毒ダメージも新たな積毒を付与する』


「えっと・・・・・・?」


 自分の能力なのに、いまいち書いてあることがすんなり入ってこない。

つまりどういうこと・・・・・・?


「え、ウソでしょ? ここに書いてあることのおかしさ、分かってない!?」

「え、っと・・・・・・ごめん・・・・・・」


 ラヴィはわたしの横に周りこんで、観測紙をワシっと掴み文字の上に人差し指を走らせる。


「いい? まず累積可能で層数上限が無いってことは・・・・・・」

「えっと、たくさん重ねられるよってことでしょ・・・・・・?」

「そこまでは分かってるんだ。まぁここも十分におかしなことが書いてあるんだけど、問題はその次だよ」


 ラヴィの指が、今話していた部分の一行下を指す。


「積毒のダメージが積毒を付与する。それがどういうことかっていうと・・・・・・」


 ラヴィの指先は忙しなく紙の上を走り、今度は最初らへんの文章を指した。


「積毒は一秒毎に一ダメージ。そこにこの新しい能力が加わると・・・・・・一秒目に発生した積毒が、新しい積毒を付与する。つまり、二秒目は二ダメージ発生することになる」

「あっ、そういう・・・・・・」


 ラヴィの説明に、やっと理解が深まってくる。

普段コードの中身を気にしないラヴィが「さすがにおかしい」と若干引き気味だったから、一体なんなんだろうと思っていた。

けどこういうことだったのか。

だが・・・・・・。


「え、でも弱くない? 結局一ダメージずつ増えていってもさ、時間のわりにそんなじゃない?」


 効果時間が二百秒だから、最大で毎秒二百ダメージ。

まぁ確かに元の能力からしたら考えられないくらいの成長だけど、それでもいかんせん地味というか・・・・・・。

これから効果時間がまだ伸びるかもしれないにしても、だ。


 しかしわたしの言葉にラヴィは勢いよく手を横に振る。


「あー、違う違う違う。そうじゃなくて・・・・・・二秒目の積毒は二層。厳密に言えば二秒目に二ダメージ発生させるんじゃなくて、一ダメージを二つ発生させるってこと。そしてそれぞれの積毒・・・・・・一ダメージが、また積毒を引き起こす。だから、三秒目に発生するダメージは、四・・・・・・!」

「・・・・・・えっと・・・・・・?」


 またこんがらがってくる。

いきなりたくさんの説明が押し寄せると咀嚼しきれない。

意味を汲み取る前に、次の言葉がやって来てしまう。


 ラヴィはもどかしそうに頭を掻くと、一旦深呼吸して落ち着く。

そうやって一拍おいて、再び口を開いた。


「つまり・・・・・・」


 ラヴィはわたしの両肩に手を置いて、わたしの向きを変えさせる。

お互いが向き合うように。


 真正面から、真っ直ぐに、わたしの瞳を覗いて。


「つまり、積毒のダメージは一秒毎に倍になるってことだよ」

「・・・・・・ば、倍・・・・・・?」

「そう。一、二、四、八・・・・・・って。確かに立ち上がりは少し遅いかもしれない。けど、積毒ダメージはすぐに途方もないダメージに膨れ上がる」

「つ、つまり・・・・・・」

「強いってこと。あり得ないくらいに」


 胸の内に、不思議な気持ちが湧き上がる。

今まで感じたことのない、高揚・・・・・・血が熱せられて昂るような感覚。


「こ、これなら・・・・・・仲間集まる、かな?」

「そりゃもう」

「パーティ、作れるってこと?」

「ま、私たちの頑張り次第なところはあるけど・・・・・・」


 ラヴィの言葉が半分も耳に届かない。

作れる、作れるんだ・・・・・・わたしたちのパーティ。


 避けられるような、誰も組みたがらないような二人組じゃないんだ、もう。


「や」

「や・・・・・・?」

「やったぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!!」


 観測紙なんて放り投げて、思いっきりラヴィの胸に飛び込む。

まだ第一関門を超えただけだっていうのに、すっかりゴールしたような気分でラヴィに抱きついた。


「やった! やったよ!」

「ちょ、ちょっとコーラル・・・・・・」


 遠慮のないわたしによろめくラヴィ。

しかし仕方なさそうに笑った後、はしゃぐわたしの背中に手を回してくれた。


 嬉しかった。

そりゃ、強いコードなんてなくてもラヴィは一緒に居てくれるだろうけど・・・・・・。

今までの全部、わたしの悪あがきみたいな日々が報われた気がして。


「ねぇ、ラヴィ?」

「なんだい・・・・・・?」

「これは運命なんかじゃないよ。わたしたちが手繰り寄せて、掴み取ったんだ」

「ふふ・・・・・・そうだね」


 ラヴィはわたしの耳元で、我が子を慈しむような、すごく優しい声で微笑んだ。

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