珈琲5杯目 (2)祝宴会場、そして災厄との邂逅

 レンテラー氏の邸宅は、わたくしたちの住むスノート邸から馬車で半時間ほどの郊外にございます。わたくしたちは警備のお手伝いをするべく、他の招待客よりも一時間以上早く会場に到着するよう移動いたしました。

「思ったより控え目な邸宅だな」

レンテラー氏が差し向けた馬車から降りたリュライア様は、濃紺の夜会服のまま大きく身体を伸ばされつつ、屋敷全体の構造を観察されました。

「門はここと裏の二か所だけ。石造りの塀は高いが、よじ登って侵入を試みれば周囲に配置された警務隊や衛士から丸見えだ」

 既に警務隊の装備を身に着けた隊員たちが、要所に佇立して周囲を警戒している様子がわたくしからも見えます。

「リリーのくれた見取り図によれば、会場は三階の大広間だ……ああ、窓に奴が見えたぞ」門に向かって歩き出しながら、リュライア様は眉をひそめられました。

「あいつめ、人の家の酒を好き放題飲みおって」

「リュライア様が珈琲しかお飲みになられませんので、当家の酒蔵はほぼお客様専用となっております」わたくしはリュライア様の隣を歩きながら、なだめるように申し上げました。リュアイア様はふんと鼻を鳴らされてから、

「屋敷の正面をよじ昇って会場にたどり着くのは無理だな」

 屋敷を見上げつつ、短いお言葉で断定されました。

「そうですね。梯子か縄でも使えば別でしょうが、誰にも見とがめられずにというわけにはいきますまい」

 そうこうするうちに、屋敷の玄関に到着いたしました。両脇には大柄な衛士――こちらは屋敷の主が手配されたのでしょう、警務隊の装備とは異なるお仕着せを着て短剣を腰に吊っています――が無言で立ち、その陰から執事と思しき隙の無い身なりの老紳士が進み出ました。

 挨拶を交わす間もなく、わたくしはレンテラー氏からの招待状を取り出して、その老執事にお渡ししました。執事殿は意味ありげに微笑を浮かべると、衛士にうなずいて玄関の扉を開けさせて、柔らかな声でわたくしたちに告げました。

「ようこそおいでくださいました、スノート様。係の者がご案内いたしますので、お二階の応接室へどうぞ。ただしご面倒でも、まずはあちらのお部屋で身体検査と<魔力探知>を受けていただきますようお願いいたします」

そう言って執事殿は、玄関ホールの左にある扉を指し示しました。リュライア様はかすかにお顔をしかめられましたが、ご自分が警備の責任者であれば同じことをするだろうとお気づきになり、優雅に一礼して控えの間に向かわれました。


「なあ、ファル」

 控えの間に入られたリュライア様は、虚ろな表情で、苦悩と絶望に満ちた声を、喉の奥から絞り出されました。

「今日は確か、災厄を防ぐためにここに来たはずだが」

「仰せのとおりにございます」

「だが見ろ、ははっ、災厄そのものがここにいるぞ」そう言って乾いたような音を口から発されました。おそらく笑い声と思われますが、目は絶望したままですので、悲鳴だったのかもしれません。

「あれー? リュラ叔母様じゃん! 何でここにいるの!?」

「ははは、それはこっちの台詞だクラウ」

 駆け寄ってきたのは、我らがクラウ様でございます。プラトリッツ魔導女学院の制服であるローブとエルフ絹のケープ、それに今日は魔導士帽――実際の魔導士が身に着けることはほとんどございませんが、何故か魔法使いの象徴とされているいわゆる「とんがり帽子」――を被っておられます。

「叔母様ったら素敵な夜会服! あ、ファルも……うげっ」

 わたくしがお止めする間もなく、リュライア様がクラウ様のローブの胸ぐらをつかんで引き寄せたため、そこから先の言葉は途切れてしまいました。

「いいか、一度しか言わんからよく聞け」

 虚ろな目をされたまま、リュライア様は地の底から響くような声でクラウ様に告げられました。

「今日来たのは遊びではない。詳細は知りたければいつか話してやるが、今日一日は身内として話しかけるな、他人でいろ。私が魔導士であることを周囲に知られんようにしろ。もしお前のせいで知られたら」リュライア様は凄絶な笑みを浮かべました。「私が魔法でお前を消す前に、警務隊の恐ろしい女隊長が鉾槍ハルベルティンでお前を串刺しにするだろうよ」

「うーん、何か知らないけど分かった」

 精一杯の脅迫にもかかわらず、クラウ様はけろりとした表情でとりあえずうなずきました。リュライア様が苛立ちを爆発させそうになられたその瞬間、入口と反対側の扉が開いて、魔導士の服装――やはり何故かとんがり帽子を装備した――背の高い女性が入ってこられました。

「クロリスさん、名簿に……あら、スノート様!」

 彼女の方から見ると、何者かがクラウ様の扼殺を試みていると誤解を受けそうな構図でしたが、危ういところで手を離されていらしたリュライア様は、如才なく挨拶をされました。

「これはグリエルド先生。いつもクラウがお世話になっております」

 入ってこられたのは、プラトリッツ魔導女学院の教師であるグリエルド先生でございます。知った顔に安堵された先生は、ほっとした表情で挨拶を返されました。

「こんばんは、スノート様。今しがた招待客名簿を渡されたのですが、その中にスノート様のお名前を見つけて……でもごめんなさい。私ったらてっきり、あなたが姪御さんの首を絞めているように見えてしまって」

「見間違いではありませんよ」

「えっ?」

 わたくしはさりげない調子で会話に割り込みました。

「もしや先生方は、レンテラー氏の依頼で来られたのですか?」

「ああ、ファルさんも……そうですわ。昨日突然レンテラー氏の使いが学院に来られて、魔力探知のできる魔導士を至急四人ばかり都合してほしいとおっしゃるの」

 グリエルド先生はわずかに顔をしかめ、横暴とも言うべき無茶ぶりに怒りの意を表明されましたが、学院への高額寄付者からの要求についてはそれ以上のご不満は表現されませんでした。気になったのは、メダルの件はご存じなさそうという点です。

「あいにく、この週末は先生方の半数近くがエフランデール魔導学院の研究学会に出席するから、三人までしか都合がつかなかったの。でも、どうしてもあと一人足りないというときに、クロリスさんが手を挙げてくれたのよね」

 先生の声には、本当に救われたという響きがにじんでおられました。クラウ様も、はにかむように先生にうなずき返されましたが、リュライア様は不信のまなざしで姪を見つめておられます。

「自分が厄介事の種のくせに、面白そうな厄介事を嗅ぎつける能力は猟犬並みだ」

そうわたくしにささやいてから、表情を消してグリエルド先生に問われました。

「先生。こちらで身体検査と<魔力探知>を受けるように言われたのですが……」

「ああ、そうでしたわね。でもいかがでしょう、お二人に必要でしょうか?」

「いえ、是非お願いいたします」

 差し出がましいことですが、わたくしが口を挟みました。具体的にどのような検査をされるのか、実際の作業を確認しておきたいからでございます。

「私もお願いします。例外を作ってはいけません」

リュアイア様もわたくしと同じお考えのようで、思わず顔を見合わせてしまいました。グリエルド先生は、それならとうなずいて、部屋の奥にある仕切りの方を手で示されました。

「ではあちらで。まずはクロリスさんが身体検査をしますから、その後私の<魔力探知>で、魔道具の類を持ち込んでいないことの確認を受けてください」

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