珈琲3杯目 (6)ファルの変装
次にリュライア様が居間にお姿をお見せになられたのは、翌日のお昼過ぎでございます。昨夜はあの後、わたくしの外套一枚だけの格好に対するリュライア様の興奮状態に対応するべく、市長の飼い猫を休ませた後はひたすら……その興奮をお鎮めしておりました。
「おはようございます、リュライア様」
「…………おはよう。って、何だその格好は!?」
まだ夢見心地のリュライア様は、わたくしの姿を見て一気に目を覚まされたようでございます。ただいまのわたくしは、普段の執事の格好ではなく……。
「まるで大商人の妻のような服装ではないか!」
「はい。そのような服を選んでおります」わたくしはすっと背を伸ばし、ちょっと首を傾げてみました。「いかがでしょう、執事よりは商家の奥方に見えましょうか?」
「お、うむ……」
リュライア様は目をしばたたかせつつ、椅子にぺたんとおかけになられました。しばらくそのままわたくしを眺めておいででしたが、わたくしが机の上のポットから注いだ珈琲を一口お飲みになられますと、たちまちいつものご主人様に戻られました。
「確かに、富裕な商家の妻の格好だ。ただ、平均的な女性よりも背が高いのと、顔が整いすぎているのが目立つな」
「おそれいります。顔につきましては、ヴェールをかけて隠してまいります」
わたくしの答えに、リュライア様は目覚めの珈琲をもう一口飲まれてから、好奇心を押さえかねる口調でお尋ねになられました。
「そもそもそんな格好をして、どこに行くつもりだ?」
「ロシャム嬢をお返しするために、市庁舎へ行ってまいります」
リュライア様はロシャム嬢の存在をお忘れになられていたらしく、数瞬固まっておいででしたが、間もなく思い出されました。
「市長の猫か。もう返すなら、何故わざわざ拐わしたのだ?」それから、はっとしたご様子で、「これも、姉上の件と関係あるということか?」
「はい。もう出かけなければなりませんので、詳細は後ほどご説明いたします。お食事をご用意できませんでしたが……」
「適当に厨房の残り物をあさっておく。それよりも、頼んだぞ」
リュライア様は、わたくしをひたと見つめられつつ、真剣な声でおっしゃられました。もちろん、わたくしの答えは決まっております。
「はい。万事、このファルナミアンにお任せあれ」
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