珈琲3杯目 (5)猫を誘拐、ではなく誘惑
「ただいま戻りました」
わたくしがお屋敷に戻ったのは、もう深夜を過ぎた時分でございました。リュライア様には、遅くなるので先にお休みいただくよう申し上げておいたのですが、どうやら珈琲の助けを借り、ずっと起きてわたくしの帰りを待っておられたようです。
「遅くまでどこに行っていた? いや待て、その猫は何だ?」
寝間着姿で居間の長椅子で横になっていたリュライア様は、飛び起きながらわたくしに質問を浴びせかけられました。「それにその格好……なぜそんな裾の長い外套を着ている?」
なるほど、確かに今のわたくしの姿はいつもとは異なっております。足下まである長い冬物の黒い外套を身にまとい、手には眠っている黒い猫を抱えています。
「ご質問は後ほど。まずはこの猫を、わたくしの寝室にお連れしますので」
「おい、まさかその猫は……」
リュライア様が絶句されました。わたくしはうなずいて、腕に抱えた黒猫の背をそっと撫でます。
「はい。お察しのとおり、クラニアル市長の愛猫・ロシャム嬢でございます」
「ゆ、誘拐してきたのか!?」
「お言葉ではございますが、誘拐ではございません。わたくしは第二区にございます市長宅のお近くまで参りましてから、路地の陰で猫の姿に変わりまして、塀を乗り越え市長宅のお庭にお邪魔いたしました。そこで夜の庭を巡回中のロシャム嬢をお見かけし、ちょっと一緒に外を歩きませんかと提案しただけでございます」
「お前という奴は!」意外にも、リュライア様は色をなしてお怒りになられました。「他の女に色目を使いおって!」
「他の猫でございますよ」わたくしは笑顔であしらいました。「見知らぬ人間には警戒するであろうロシャム嬢も、同じ猫には気を許していただけたようでして。ロシャム嬢はわたくしの提案に応じ、邸外までご一緒することになりました。そしてわたくしが猫に変身した場所までご案内し、人間の姿に戻ったわたくしは持参したカルタリアの葉でロシャム嬢を酔わせて、ここまでお連れしたという次第でございます」
「やはり誘拐ではないか。……いや待て、猫から人間に変わったということは……」
リュライア様は外套姿のわたくしを上から下まで眺め回され、そこで初めてお気づきになられたようでございます。
「まさかお前、その外套の下は、な、何も着ていないのか!」
お顔を真っ赤に染められたリュライア様に、わたくしはことさら表情を消してお尋ねいたしました。「何か問題がございましたでしょうか?」
「あるに決まっているだろう! 自分の使い魔が変質者のような格好でうろつき回って喜ぶ魔法使いがいるか!」
「申し訳ございません。これも必要なことでございまして……ですが、ご懸念には及びません」わたくしは一歩リュライア様に近づきますと、とっておきの微笑を放ちました。「わたくしが一糸まとわぬ姿をお見せするのは、リュライア様だけでございますから」
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