珈琲5杯目 (9)似た者主従の贈り物

「まさに策士策に溺れる、だね」

 隊長の話を聞き終えたクラウ様は、楽しくてたまらないという感じで感想を述べられました。「新しい予告状なんて小細工したばっかりに、言い逃れできなくなるとか」

「奴としては、万一に備えていたのだろう」

 ゼルベーラ隊長が、名残惜しそうに最後の葡萄酒を口にされました。

「あの予告状を用意しておけば、もしメダルを売り払った後に警務隊が気付いても、盗まれたと言い訳できる。さすがに盗んだ当日踏み込まれるとは思っていなかっただろうが、この予告状を見せれば、自分に盗む意図は無かったと説明する材料になる。しかし予告状を用意していても、封筒は用意していなかった。そこが奴らの唯一の失敗だったな」

「それで、メダルはどうなる?」リュライア様がお尋ねすると、ゼルベーラ隊長は満足げに背を反らせました。

「ファングルー治安判事が上手く収めてくれたよ。ホーニッツ達を警務隊官舎に連行して調書を取り終えた今朝方、判事はレンテラー氏を連れてきてホーニッツに提案した。メダル売却の件は、いったん白紙にする。その上で、今回レンテラー氏が被った損害――宴席の開催および保安に要した費用、招待客へのお詫びの品々の代金、会場にまき散らされたゲロの清掃費用などなど――は、全額ホーニッツ氏に請求する」

「控えめに言っても、相当な出費だろうな」

「だがこれらの費用は、メダル窃盗の事実を認めた上で、ホーニッツ氏が所有する兄のメダルをレンテラー氏に譲渡することで、相殺することができる。またその場合、レンテラー氏はホーニッツ氏の詐欺行為に対する告訴を取り下げるものとする」

「うわー、大人ってずるいね」

 クラウ様が不満げに、椅子の上で脚をバタつかせました。「結局は、お金で解決するってことでしょ? ホーニッツは、野放し?」

「そう結論を急ぐな、お嬢さん」

 ゼルベーラ隊長は、見ようによって邪悪とも言える笑みを浮かべました。

「ホーニッツはその選択に飛びついた。金銭面の問題というより、告訴を避けたかったのだろうな。そして今の内容をしたためた書面に署名をして、自分の所有する兄のメダルをレンテラー氏に渡した次の瞬間、私は威厳をもって奴に言ってやったよ――バルトーリ氏が所有する弟のメダルを盗んだ容疑で、お前を逮捕する、と。無論、バルトーリ氏は告訴を取り下げる気など毛ほども無いそうだ」

「ひどーい! やっぱり大人ってずるいよ! 確かに、窃盗容疑を告訴しないとは言ってないけどさ!」

 クラウ様は、今度は楽しそうに脚をバタバタさせました。ゼルベーラ隊長も上機嫌で笑み返します。

「私ではないよ。治安判事の作戦だ……食事を台無しにされたことを余程恨んでいたのだろうな」

 隊長の冗談に笑い声を上げられてから、クラウ様はふと小首を傾げられました。

「でも結局、最大の功労者は予告状の折り目に気付いたミアンじゃないの?」

「そうだな。だから先ほどから探しているんだが……」

「あの猫には私から言っておく」

 遅い朝食を済ませたリュライア様が、むっつりしたお顔でおっしゃられました。

「だが、そもそもホーニッツが犯人だと見抜いたのはファルだ。それを忘れるな」

 突然のご指名に、わたくしも驚いて顔を上げました。隊長とクラウ様は、そうだったと賞賛の視線をわたくしに投げかけます。

「リュライア様、おそれいりますが……」

「私がホーニッツだと気づいたのは、奴が台座を持って退出した時だ」

 リュライア様はわたくしを遮ってから、椅子に掛け直されました。

「あの台座には、奴の持つ兄のメダルが乗っている。出口で<魔力探知>をすれば、当然それが引っ掛かる。しかしもし、もう一枚のメダルも一緒になっていたら?」

 ご主人様は、もっと早く気付けず慙愧に堪えないといった調子で首を振られました。

「兄のメダルを調べた時に気付いた。竜の牙の持つ魔力は微弱過ぎるから、仮に二枚一緒になっていても、魔力量の変化には気付かない。そこまでホーニッツが知っていたかどうかは知らんが、これなら二枚のメダルを一緒に運べば、<魔力探知>は回避できる。そう気づいた瞬間、いろいろ辻褄が合ってきたというわけだ……が、ファル、お前はもっと早く気付いていただろう?」

「いえ、リュライア様。わたくしが気づいたのも、ホーニッツ氏が退出される直前でございます」

 わたくしは、クラウ様と隊長の好奇の視線を避けるように手を振りました。

「メダルを自分のところで保管したいというのは良く分かります。しかしそれなら、メダルだけを自分の懐にいれておく方が安心するのが人情というものかと存じます。ホーニッツ氏は、台座ごと持ち帰るだけでなく、台座ごと収納できる大きな鞄を持参されていらっしゃいました」

「それが?」クラウ様が首を傾げられましたが、無理もございません。この日程までは、知らされていなかったのですから。

「レンテラー氏のお話ですと、メダルが会場に持ち込まれたのは、宴席の前日とのことでございます。となると、ホーニッツ氏は前日に例の鞄で台座とメダルを持ち込み、一度自邸に戻られてから、翌日また鞄を持参して宴席に臨んだことになります。メダルはそのままレンテラー氏が競売まで保管することになっていたのですから、宴席に鞄を持参する必要は全くないはずでございます――今回のような事態が起きない限り」

「やはりお前の方が早く気付いたのではないか」

 リュライア様がやれやれと苦笑されました。

「功労者探しで思い出したが」ゼルベーラ隊長がぽんと手を叩かれました。

「レンテラー氏が、メダルの盗難を阻止した功労者である君にお礼をしたいそうだ。何でも望みのものを言ってくれと言付かっている――例の竜牙メダル以外のもので、という条件付きだが」

「別にいらんよ」リュライア様は小さく首を振られました。「それに最大の功労者というなら、最初に犯人を見抜いたファルだ。お前が褒美を受け取るべきだ」

「わたくしもご遠慮いたします。リュライア様がお受けになられるべきですから」

「譲り合いも結構だが、レンテラー氏の好意を無駄にするなよ」

 ゼルベーラ隊長が、苦笑しながら立ち上がりました。

「欲しいものが決まったら、レンテラー氏に手紙を出せ。どうしても遠慮したいというときもな」



 それから数日後のことでございます。レンテラー氏の使いの者が、大小二つの荷物を当家に運んでまいりました。大きい荷物はリュライア様宛て、小さな荷物はわたくし宛てでございます。

「どうやら、同じことを考えていたようだな」

 玄関で荷物を受け取ったわたくしの背に、リュライア様のお声がかかりました。

「お前も私と同じように、ひそかにレンテラー氏に手紙を送ったのだろう?」

 そしてわたくしの答えを待たず、木箱に入っていた小さい方の荷物の中身を取り出されて、わたくしに突き出されました。葡萄酒の瓶でございますが……。

「……八十年産のキャティプリストでございますか! 皇帝の盾を下賜された、あの奇跡の銘酒!」

 葡萄酒の瓶の首にかけられた銘板に、わたくしは思わず嘆声を放ちました。その反応に、ご主人様は得たりと微笑まれます。

「貴殿の酒蔵の中で一番いい酒をくれと言ってやったら、本当に最高の酒を送って来たな。さすがはレンテラー氏だ」

それから、わたくしを労わるようにおっしゃられました。

「リリーに飲ませるのはもったいない。今回の褒美だ、お前が楽しめ」

「もったいのうございます。それでは、遠慮なく頂戴いたします」

 わたくしは深々と一礼して美酒を受け取ってから、こちらはわたくしが手配したものでございますと、ご主人様に大きな方の箱の中身をお見せいたしました。

「これは……あの会場にあった、象嵌細工の脇棚カヴィネトではないか!」

 今度はリュライア様が驚かれる番でございました。「何故これが欲しいと分かった?」

「最初は、この上に載っていた東方の磁器が気になられたのかと思っておりました」

 わたくしは、見事な百合の花の象嵌細工が施された優美な曲線を、白みを帯びた大理石の天板の落ち着いた厚みを、ほれぼれと眺めました。

「しかしながら、あの磁器に描かれた模様はいささか派手でございます。リュライア様は静かな風雅さの方を好まれるかと思いましたので、わたくしはレンテラー氏に手紙を送り、こちらを所望した次第でございます」

 リュライア様とわたくしは、しばらく互いを見つめ合っていましたが、やがてどちらからともなく、吹き出してしまいました。

「似た者主従か。相手を驚かせてやろうと、黙ってレンテラー氏に手紙を送ったわけか……レンテラー氏もさぞ困惑しただろうが、ちゃんと二人の希望を叶えるとはな」

「まことに。ではさっそく、こちらの脇棚を書斎の机の隣か、寝室の寝台のそばに運びましょう。きっと品よく調和するかと存じます」

                               珈琲5杯目 了

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