珈琲5杯目 (6)このファルナミアンにお任せあれ

「招待客の<魔力探知>、全て完了しました。どなたからも、竜の牙が放つ魔力は検知されませんでした」

 真面目な表情でゼルベーラ隊長に報告するクラウ様は、普段のお姿からは想像もつかないほど凛々しく、模範的な学生そのものでございました。

「学院の魔導士の皆さんは三つに分かれて、出入口での<魔力探知>、招待客以外の邸内の人間に対する<魔力探知>、衛士の方の邸内探索の支援を行っています」

 それからちらりとリュライア様に視線を送られました。「僕……私は、この部屋の捜索を手伝うように指示されました」

 嘘だな、とリュライア様はわたくしに目で合図されました。おそらくご自身から犯行現場を見たいと希望されたに相違ございますまい。そっちがその気なら、とリュライア様は咳ばらいをして、傲然と胸を反らされました。

「報告ご苦労。では早速、そこらに吐き散らされたゲロを<魔力探知>で調べてもらおうか」

「へっ?」

 リュライア様のご指示を、ゼルベーラ隊長があわてて遮りました。

「盗まれた台座は確認済みだ。君は調度類を調べて、メダルが無いかどうか、それに不審な魔術の痕跡が無いかどうか確認してほしい」

「分かりました」

 歯切れよく答えられたクラウ様は、さっそく壁際の長椅子に向かわれましたが、わたくしたちと視線が交錯した一瞬、(どう? かっこいいでしょ?)と片目を閉じられました。

 幸い、リュライア様が殺意の視線を姪御様に向けられる前に、ファングルー治安判事が口を開かれました。

「身体検査の結果も、成果なしだ。招待客は誰もメダルは持っておらん。給仕たちも調べているが、おそらく同じだろうな……ああ、それと給仕と言えば」

 判事はゼルベーラ様を見上げて、声を落とされました。

「セファエリスの根の粉末を酒に混入した手口だがな、今日の午後、屋敷の厨房が宴席の準備で大忙しの時に、配膳室に手紙を添えた葡萄酒の瓶が置かれておったんだそうだ。皆忙しくて誰が置いたのか分からなかったが、手紙はレンテラー氏からの指示だった――最高の葡萄酒が手に入ったので、これを開宴から半時間後、祝宴が最も盛り上がる時にお客様に出すように、と書かれていたそうだ。瓶の残りを厨房長に飲ませたが、案の定私と同じ目に遭ったよ」

「なるほど、それで混入の方法が分かりましたよ」ゼルベーラ隊長は、会場の西端の飲食物提供場所に目を向けられました。

「あそこには酒を注いだグラスがいくつも並んでいるが、一つ一つに薬を入れていったら時間がかかりすぎる。その点、予め葡萄酒の瓶に薬を仕込んでおけば、後は給仕がグラスに注いで会場に持ってきてくれる」しかし、と隊長は判事に怪訝そうな目を向けられました。「厨房の連中は、誰が置いたか分からない酒瓶を、怪しいと思わなかったのでしょうか?」

「そのようだね」

 老判事は、やれやれと首を振りました。「ご主人様からの手紙も疑うべきところは無かった――そんな指示の仕方はこれまで無かったが、忙しいレンテラー氏ならこんな形で指示を出すこともあるだろう、くらいにしか思っておらんようだ。何より、葡萄酒の瓶にかけられた銀製の銘板には、『九十八年産サレンズスカイス』の銘があったのだからな」

 その銘柄を聞いた瞬間、ゼルベーラ隊長が発狂されました。あるいは、発狂同然になられました。

「サレンズスカイス! それも最高の当たり年の九十八年産だと!?」

 あーあ始まるぞと、リュライア様は肩をすくめてわたくしに小さく首を振られました。隊長の葡萄酒愛は、たちまち犯人への憎悪に変わったようです。

「馬鹿な……あれは飲む芸術ではないか。そんな名酒の中の名酒、人類の至宝に、薬を入れるだと!? 許さん、犯人は必ずこの手で捕らえて、生きたまま……」

「銘板だけ本物で、中身は安酒という可能性もある」

 友人の狂態を鎮めるべく、リュライア様が冷静に指摘されました。「だが巧妙な手だ。この屋敷の主が、最高のもてなしをするのにふさわしい酒だ。レンテラー氏の指示だと疑う奴はいないだろうし、誰も中身を一口飲んでみようとは思うまい……あまりに畏れ多いし、盗み飲みが発覚した時のことを考えれば、な」

「私は飲みたかったぞ。もし私が給仕だったら、クビにされてでも一口、いや一杯いただく。人は何のために生きるかと問われれば……」

 ゼルベーラ隊長は未だ正気には戻られておられぬようですので、わたくしはファングルー治安判事にお尋ねしました。

「判事殿。開宴後にこの屋敷に出入りした者は?」

「衛士たちの話では、宴の始まる七時以降は誰一人屋敷の外に出ておらんそうだ。当然だが、門外に出た者もおらん……屋敷に入った者もおらんな」

「招待客の皆様は、皆ご自身の馬車でいらっしゃったのでしょうか?」

 わたくしの質問で、ようやくゼルベーラ隊長が任務を思い出されたようでございます。「そうだ。君らと治安判事殿、それと魔導学院の魔導士連中は、レンテラー氏の馬車が迎えに行ったが、それ以外の金持ち連中は皆自分の馬車で来ている」

「従僕の方はどちらに?」

 すっかり正気を取り戻されたゼルベーラ隊長は、いい質問だが我々に抜かりはないよとうなずかれました。

「この屋敷の一階にある応接室だ。もちろん、彼らも例外なく検査を受けている」

「馬車も調べられましたか? それと、馬も」

 ゼルベーラ隊長は、ちょっと首を傾げられました。

「さすがにそこまではまだ指示していない……だが、犯人がどうやってメダルを盗んだにしろ、衛士らの目を盗んでこの屋敷を出、庭の隅に待機している馬車に行って盗品を隠すというのは現実的ではないだろう」

「それでも、念のため確認すべきでは?」

 わたくしの考えを察したリュライア様が、親友だけに通じる意味ありげな口調で、隊長に提案されました。何かを感じたゼルベーラ隊長は、分かったとうなずかれ、入口に立つ部下に、何人か人を割いて客の馬車と馬を調べるよう指示されました。

「ありがとうございます、ゼルベーラ隊長」

 わたくしが小声でお礼をお伝えすると、隊長もこちらに顔を寄せて囁き返されました。「何か分かったようだな」

「まだ確定ではございませんが、おそらくは」

 わたくしがお答えした直後、三度みたび入口が開いて、殿方がお一人、入って来られました。入口の衛士がレンテラー氏に向かって、ホーニッツ様の従僕でございますと告げると、レンテラー氏はこちらに来るよう入室を許可されました。メダルを台座ごと回収されるのでしょう、大きな鞄を手にされておられます。

「失礼。その鞄も念のため調べさせていただきたい」

「構いませんとも」

 依然として落ち着かない表情で、ホーニッツ氏はゼルベーラ隊長の指示を受け入れました。隊長自ら鞄を開けて中身が空であることを確認し、ついでにリュライア様の<魔力探知>でも反応が無いことを確かめた上で、メダルの搬出が許可されました。

 いつ盗賊が二枚目のメダルを狙うか分かりませんので、我々は周囲を警戒しながら、兄のメダルが台座ごと鞄に収められるのを見守ります。鞄に鍵をかけたホーニッツ氏は、従僕にもその鞄を持たせず、ご自身で抱え込むように持ち上げると、そのまま部屋の中の一同に別れの挨拶をされ、警戒しながら部屋を出て行かれました。ゼルベーラ隊長の指示で、その後を二人の警務隊員が護衛に付きます。

「さて、これからどうする?」

 ファングルー治安判事の体調はだいぶ戻られたらしく、お顔に血の色が戻っておられます。そこにレンテラー氏もやって来られましたが、メダルを盗まれたバルトーリ氏のお姿が見えません。

「バルトーリ殿もお帰りになったよ」

疲れ切った声と共に、レンテラー氏がため息をつかれました。「バルトーリ殿もホーニッツ殿も、いや、招待したお客様全員が、この屋敷を出る時に最後の検査を受けるがね」

「もう皆様をお帰してもよろしいと?」

 わたくしがお尋ねすると、主催者に代わってゼルベーラ隊長が答えられました。

「検査をしても何も出ないのだ。引き止める理由はないな」

「この広間の<魔力探知>が終わりました。魔力の気配はありませんでした」

 そこにクラウ様も加わりました。神妙なお顔ですが、次は何があるのかわくわくが止まらないと興奮されておられるのが微妙な表情の動きで分かります。

「レンテラー殿」

 リュライア様が、何気ない調子で口を開かれました。

「この事件、どのように解決すべきでしょうか?」

「……どのように、とは?」

 レンテラー氏は、怪訝そうに眉をひそめられました。リュライア様は口調を変えずに続けられます。

「盗まれた弟のメダルを回収することは可能です。しかし、兄弟のメダルを二枚揃えて競売にかけられるかどうかは保証できません」

 数瞬、レンテラー氏の表情は動きませんでした。我がご主人様のおっしゃる意味が理解できなかったものと見受けられます。代わりに理解された方々が、口々に反応されました。

「つまり、犯人が分かったということかね?」とファングルー治安判事。

「競売にかけられない、とは?」これはゼルベーラ隊長。

「じゃ、これから犯人捕まえに行くの? 僕も一緒に行きたい!」そしてついに本性を露わにされたクラウ様。リュライア様は、お一人ごとにお答えになられました。

「犯人は分かっています、判事殿。その手口も」それから隊長の方を向き、「言葉どおりだ。メダルを二枚一組で競売にかけられないかもしれん。その理由は、犯人を捕まえれば分かる」。そして最後のお身内の発言は無視されました。

「……メダルの回収は当然です。しかし、犯人は必ず捕まえていただきたい。私の得意客に一服盛るなど、決して許すことはできませんからな」

 レンテラー氏が、決然と口を開かれました。「競売にかけられないおそれがあったとしても、犯人は罰を受けるべきだ」

「分かりました」

 リュライア様はうなずかれましたが、その続きをおっしゃる前に、わたくしが進み出ました。

「リュライア様。犯人逮捕には危険を伴う可能性がございます。ここは警務隊とわたくしにお任せください」

「何だと?」ご主人様は眉を上げて不満の意をあらわされましたが、ここで言う「危険」とは、リュライア様に対するそれではなく、犯人側、ひいてはリンカロット市に対する危険であると理解されて、幾分表情を和らげられました。捕り物の際、抵抗する犯人にリュライア様の魔法を使ったりすれば、街ごと消し飛ぶ可能性がございます。それに、ゼルベーラ隊長もわたくしの援護に回られました。

「ファルの言うとおりだ。君は帰った方がいい」そしてクラウ様を一瞥されました。「こちらの生徒さんを連れて、ね」

 叔母と姪が同時に抗議の声を上げられました。何故この馬鹿を連れ帰らねばならんのかとリュライア様。僕も犯人逮捕の現場に行きたいとクラウ様。しかし、ゼルベーラ隊長は断固として拒否の意を伝えました。

「リュライア様」わたくしはそっとリュライア様に囁きました。「魔導学院の先生方は、我々が犯人を逮捕するまで、この屋敷で引き続きメダルの捜索を行うことになっております。リュライア様がお泊めしないと、クラウ様はお一人で学院寮まで帰られることになってしまい……」

「分かった、分かったよ」リュライア様は、憮然とした表情をクラウ様に向けられました。「仕方ない、今日はうちに泊まれ。だが一階の客間から出るな。二階に上がってきたり、厨房から食材をくすねたりしたら、即座に叩き出す」

「わたくしからも、そのようにお願い申し上げます」

「うん……ファルがそう言うなら、そうするよ」クラウ様は叔母上の言葉には反応せず、わたくしを見てうなずかれました。「でも、出来るだけ早く帰ってきてね」

「どうでしょうか。帰りは夜明け近くになるやも知れませんので、どうか先にお休みください。明日の朝、朝食の時にでもいろいろご説明いたしますよ」

「気を付けて行け」リュライア様が、わたくしにすり寄ろうとされるクラウ様を引き離しながらおっしゃられました。わたくしは、いつもの言葉をお返しします。

「かしこまりました。委細、このファルナミアンにお任せあれ」

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