珈琲1杯目 (6)取り戻した手紙

 クラウ様が再びリュライア様のもとにお見えになられたのは、リンカロット市庁舎の時鐘が四時を告げた頃でした。クラウ様が書斎に入られると同時に、リュライア様は椅子におかけになったまま、机の引き出しから一通の手紙を取り出されました。

「! そう、その手紙! さっすがリュラ叔母様!」

 瞠目し、今にも飛び掛かって手紙を手にしようとされるクラウ様を、リュライア様は右手を挙げて制されました。「そこで止まれ。約束のマグを見せてもらおうか」

 クラウ様は一瞬ぎくりとされたご様子でしたが、すぐに手にした布袋の口を開け、中の木箱をうやうやしくリュライア様に差し出されました。

「ほら、これが例の白磁のマグだよ」

 木箱の蓋を開けると、中には白い光沢を放つ容器が鎮座しておりました。かすかに魔法の痕跡がございましたが、おそらく初歩的な<障壁>の魔法かと思います。中身を保護するためにかけたのだとすれば、ご立派なお心遣いと申せましょう。

 リュライア様は、目を細めて箱の中のマグを見つめられましたが、ほどなく手を伸ばされて箱を受け取ろうとなさいました。しかし今度は、クラウ様が首を振る番でございます。

「これでいいでしょ? じゃ、手紙と引き換えだよ」

 リュライア様は殊更に表情を消したまま、机の上の手紙をクラウ様に向けて滑らせました。クラウ様も、手にした木箱の蓋を閉じてから静かに机の上に置き、慎重な手つきでリュライア様に押しやります。リュライア様の手が箱にかかるのと同時に、クラウ様の指が手紙に触れ、手練れの引ったくりかと見まごうはやさでつかみ取りました。

「じゃ、手紙はもらっていくから! ありがとう、リュラ叔母様!」

「お待ちください」

 わたくしに呼び止められ、戸口に駆けだそうとしていたクラウ様はびくりと足を止められました。そしておそるおそるわたくしに振り向かれました。

「な、何……かな……?」

「こちらをお持ちください。わたくしからのお手紙です」

 わたくしは、予め懐中に用意していたお手紙を、クラウ様に手渡しました。クラウ様はその手紙を見、次いでわたくしの顔を見上げてから、何故かお顔を真っ赤にして手紙を受け取られました。

「あ、ありがと」

「寮にお帰りになられましたらご覧ください」

 わたくしが部屋の扉を開けますと、ようやくクラウ様は我に返られまして、弾かれたようにお部屋から出て行かれました。


「奴に何を渡した?」

 リュライア様が、やや不機嫌そうにお尋ねになられました。わたくしは書斎の扉を閉めてから、穏やかに答えました。「後ほどお答えいたします」

「まあいい。それより、珈琲を淹れてくれ。早速このマグで飲んでみよう」

「かしこまりました。十日前に焙煎したデンミラン産が飲み頃かと思いますが」

「それでいい。淹れながら、どうやってあの手紙を取り返してきたか話してくれ」そこまでおっしゃられてから、ふとリュライア様は眉をひそめられました。「危ない目に遭ったりしていないだろうな?」

 わたくしは、ご主人様を安心させるよう微笑を返しました。「ご心配なく」

「お前のことだ、心配はしていなかったが……猫の姿で海軍省の建物に入るのはできても、手紙を持って帰るのは骨だったろう?」


 戸棚から取り出した珈琲豆を計量しようとしたわたくしの手が止まりました。どうやらリュライア様は誤解をされておいでのようです。

「いいえ、リュライア様。そもそも猫の姿になっておりません」

「何?」リュライア様の声が不審と狼狽で震えるのがわかりました。「では、どうやってあの手紙を取り返したのだ?」

「何も特別なことはしておりません」わたくしは計量した珈琲豆を、小さな挽き臼で粉にしながらご説明いたしました。「ベルディッサ様のお父君、海軍卿付き軍政官ミュルダン伯に直接お願いしたのです――ご息女からのお手紙をお返し願えないでしょうか、と」

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