珈琲1杯目 猫と執事と留学生(2)

 数瞬、お部屋の中に沈黙が流れました。わたくしは、リュライア様が海軍省の爆砕やベルディッサ様のお父君の抹殺といった解決法を口にされないうちに、お尋ねすべきことをお尋ねいたしました。

「お手紙を投函されたのは昨夜とのことでございますが、プラトリッツ魔術女学院の郵便物はどのように処理されているのでしょうか?」

 わたくしの質問に、クラウ様はちょっと驚かれたように首を傾げられましたが、すぐによどみなくお答えいただきました。

「郵便物は、学生用と教員用の投函箱に入れることになっているんだけど、どっちも朝八時と夕方四時に帝国郵便の集荷人が引き取りにくるの。もちろん今回も、ベルからエルター君の反応を聞いてすぐに投函箱から取り返そうとしたんだけど、もう朝便の集荷が終わって馬車が行っちゃった後だったから、その足でまっすぐここに来たってわけ」

「では手紙は今頃、帝都の集荷場に着いた頃ですね」わたくしは次の問いに移りました。「お手紙は、どのような封筒で送られたのですか?」

「白い便箋に書いた手紙を、上質な茶色い封筒に入れて送ったってさ。ベルは、お父様へのお手紙はいつもその封筒で送るんだって。大きさは普通で、見た目もそんなに特徴は無いって言ってた」

「先ほどのお話ですと、ベルディッサ様のお父君は、ご息女によくお手紙をお送りになられているとのことでございますが」私は空になったクラウ様のゴブレットをお下げするために手を伸ばしました。「普段、どのようなことをお手紙に書いていらっしゃるのでしょう?」

 クラウ様は、ゴブレットを下げるわたくしの手をじっと見つめておられましたが、はっとして目を上げられました。

「えっと、ベルへの手紙? そう、何でも、お仕事のことばっかりなんだって。別に船の作り方とかいうんじゃなくって、今月は軍港のある街に出張するとか、新型の船の図面を造船所に送らないといけないとか……そんな業務日誌みたいな、退屈なお話ばっかりだってさ。で、その合間に、変な虫がつかないようにさり気なく娘の動向、特に交友関係を聞いてくるって感じ。あれは男が近づくのを気にしてるね」

「よく分かりました、クラウ様」

 ゴブレットを盆に下げたわたくしは、クラウ様に一礼しながら、ちらりとリュライア様に視線を送りました。退屈そうに机の木目を眺めておられた我がご主人様も、合図を捉えて小さくうなずかれました。

「よし。クラウ、お前はさっさと学院に戻れ」

 リュライア様は、蠅でも追うように手を振ってクラウ様に命じられました。「手紙は回収しておく。夕方、今日の授業が終わってからまた来るがいい。さっき話した白磁のマグを忘れるなよ」

「えっ……そんなに早く?」クラウ様は、喜ぶより困惑して椅子から飛び上がりました。「今日の夕方までに手に入れてくれるの?」

「そう、ただしマグと引き換えだ。分かったらさっさと失せろ!」

 リュライア様は、わたくしに部屋の扉を開けるようお命じになられました。


 半信半疑のクラウ様がお帰りになられた後、リュライア様は新しく淹れ直した珈琲を一口お飲みになられました。

「まったく、あの馬鹿ときたら……」

「お言葉ではございますが、ご友人のためにあれこれ奔走されるのも、クラウ様のよいところかと存じます」

「奔走? 奴が自分で災難の種をまいて自分で苦しんでいるだけではないか」

 リュライア様は首を振って珈琲の杯を皿に戻されました。「それに奴は、もっと天文気象学を学ぶべきだ。あんな簡単な嘘も見抜けぬとは」

「あれは殿方の口説きの技と言うべきものでしょう」

「ともかく、マーファ姉様から奴の保護者役を命じられている以上、放置はできんな。自業自得とはいえ、奴が友人を一人失う羽目に陥るのは座視できまい」

「まことに」

「それに、奴の言う白磁のマグも欲しい」

「またコレクションが増えますね。置き場所もそろそろ手狭になってまいりました」

 わたくしが空になったカップをお下げしようとしたとき、リュライア様はわたくしの目を見据えて、お命じになられました。「すまないが、行ってくれるか?」

「はい、リュライア様。クラウ様が夕方にお見えになる前には戻ります」

 わたくしは一礼し、いつものように申し上げました。

「このファルナミアンにお任せあれ」

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