珈琲1杯目 (4)「だから魔法でも使わないと、取り返せないでしょ?」
一瞬、クラウ様のお顔がひきつりました。それをご覧になられたリュライア様の目が鋭く光ったのを、わたくしは見逃しませんでした。
「ま、まあ……その……今も言ったとおり、ベルのお父様って、娘の交際について、すごく厳しいらしいんだ」
「年頃の娘を持つ父親はそういうものらしいな」珈琲を一口堪能されたリュライア様が、皮肉な口調で指摘されました。「それで?」
わたくしは珈琲のお代わりをご用意しようとしましたが、リュライア様は無言で小さく首を振られましたので、クラウ様のお話を伺うことにいたしました。
「で、ベルが僕に相談しに来たの。このまま親の知らないところで交際を続けて、もし何かのきっかけでお父様にエルター君との交際が知られたらどうなるかを考えると、このまま秘密を守り続けるよりも、いっそのことお父様に打ち明けた方が良くないかって」
「ベル嬢は相談する相手を間違えているな。どうせお前のことだ、それならすぐに父親に洗いざらい話すべきだと、何も考えずに勢いだけでけしかけたのだろう?」
リュライア様がため息まじりにつぶやかれると、クラウ様はぎくりと椅子の上で飛び跳ねました。とても分かりやすい反応に、リュライア様は力なく空の珈琲カップを皿に戻されて、深々と嘆声を上げられます。
「お前に唆されたベル嬢は、エルター氏との交際を認めてくれるよう父親に手紙を書いた。しかし正気を取り戻してから、そんなことをしたところで父親が許すとは思えず、むしろ明確に反対される可能性の方が高いことに気付いた。そんなところか?」
「うーん、ちょっと惜しいかな」クラウ様は目を泳がせつつ、できるだけ軽い調子で答えられました。「ベルがお父様に、交際を認めてくれるよう手紙を書いたのは事実。でも、昨夜手紙を投函して、今朝そのことをエルター君に話したら、彼がものすごく驚いちゃってさ」
「それは驚くだろうな」
リュライア様はいらだたし気に机をこつこつと指先で叩きました。クラウ様は相変わらず視線を宙に彷徨わせたままです。
「でもエルター君、ただ驚いたって言うんじゃなくって、狼狽しちゃったんだ。もしベルのお父様が学校に怒鳴り込んだりして自分とベルとの交際が発覚したら、留学生の自分は帰国を命じられてしまうってね。どうやらエルター君のお父様もかなりの堅物らしくって、魔法の勉強一筋に打ち込むっていう条件でやっと留学を認めてもらえたのに、異性との交際にうつつを抜かしてるなんて伝わったら……」
「留学生という要素を綺麗に忘れていたのか。後先考えずに突っ走るとは実にお前らしい」
リュライア様は指先で机を撫で始めました。猫――わたくしのことですが――をもふもふしたくて仕方ないという時の仕草でございますが、あいにくとクラウ様の前で猫に戻ることはできませんので、代わりに話をまとめることといたしました。
「つまりクラウ様、そのベルディッサ様のお手紙を取り返せばよろしいのでございますね? ベルディッサ様のお父様がお読みになる前に」
「そう! そうなの!」
クラウ様は激しく点頭され、わたくしと、次いでリュライア様の目を捉えてここぞとばかりに訴えの声を上げられました。
「お願い、リュラ叔母様! 魔法で何とか手紙を取り返して!」
「魔法で? 帝国郵便の集配所を襲えというのか? それとも、ベル嬢の実家を焼き討ちしろと? それなら山賊や盗賊団を雇う方がよさそうだな」
姪の必死の嘆願も、リュライア様のお心をわずかでも動かすことは出来なかったようです――いつものことではございますが。クラウ様も、リュライア様から慈愛に満ちたお答えを引き出すことは全く期待されておられないようで、続けてこうおっしゃいました。
「そういうのだったら僕が自分でやるんだけど……実は、手紙の宛先はベルの実家じゃなくって、お父様のお勤め先の海軍省の建物なの」
リュライア様の指が止まりました。その反応を楽しむように目を細めながら、クラウ様は無邪気な笑顔を浮かべました。
「だから魔法でも使わないと、取り返せないでしょ?」
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