珈琲5杯目 猫と執事と黒ネズミ

珈琲5杯目 (1)祝宴への誘い

「予告状? 指定した時間に財宝を盗むとかいう、あれか?」

リュライア様は眉をひそめ、呆れたように客人を見つめ返されました。

「そういうものに興味を覚えるには、もう歳を取り過ぎたよ」

「おいおい、君はまだ学生の姪と七つしか違わないだろう。それに君が年寄りと言うなら、君より年上の私はどうなる」

 お客様は、おどけた怒りの口調で応じましたが、案外お歳を気にされていらっしゃるのやもしれません。お客様はまだ二十代の半ばのはずでございますが、やはり人間の女性というものはお歳を気にされるのでしょうか?

 わたくしが珈琲のお代わりをカップに注ぎ終えてから、リュライア様は物憂げに客人にお尋ねになられました。

「それで? 今どき幼年学校向けの冒険劇でもやらんような『怪盗からの予告状』を出した阿呆は、一体何を盗みたがっているんだ?」

「聞いて驚くな。あの『カランティック兄弟を讃える竜牙りゅうが製メダル』だ。それも、実に千年ぶりに二枚が揃う歴史的瞬間を狙って、両方盗み出すと予告しているんだ」

客人は椅子の脇の小卓に置かれたグラスを手にされて、葡萄酒を一口お飲みになられてから、リュライア様に挑発するような視線を投げられました。

「君もあの二枚一組のメダルの事は聞いたことがあるだろう? 長年散逸していたあのメダルが揃うというだけでも好事家連中は色めき立っているが、それをわざわざ予告状を出してまで盗もうという奴がいるのだ。興味ある話じゃないか」

「すまんがリリー、自分でも不思議なくらい興味がわかん」

 リュライア様は、お客様の前で深々とため息をつかれました。リュライア様が自室へ招かれるお客様は数えるほどしかいらっしゃいませんが、帝都警務隊第七隊隊長のリリセット・ゼルベーラ様は、その数少ない例外のうちのお一人でいらっしゃいます。有態ありていに申せば、リュライア様の数少ないご友人の一人というわけでございまして、長い金髪を束ねた大変お美しい女性ですが、警務隊指揮官としてこれまで捕らえた盗賊詐欺師は数知れず、というお方でいらっしゃいます。今どき古風な鉾槍ハルベルティンの名人でございまして、リュライア様が「銃と大砲の時代に槍を振り回すのか」と揶揄されますと、ゼルベーラ様が「錬金術が科学と呼ばれる時代に魔法を使うのか」と返される、お二人はそのような間柄でございます。

「そうか。君に折り入って頼みがあったんだがな」

「無論聞くさ。だが、その予告状を出した犯人を捕らえろとかいう話なら、正直ご遠慮したいが」

「まあ、話だけでも聞いてくれ。無理強いはしないから」

 ゼルベーラ隊長は、豪奢な金髪をかき上げつつ我がご主人様を口説かれておられます。リュライア様は半ば眠そうな目のまま、やれやれと首を振りました。

「いいだろう、リリー。出席するから、詳細を話してくれ。あと、ファルも聞いていて構わないな?」

「助かるよ。無論ファルはいてもらって構わん」

 ゼルベーラ隊長はわたくしを一瞥されてから、葡萄酒のグラスを小卓に置き、椅子から身を乗り出してリュライア様の目を覗き込まれました。

「明日の夜、リンカロット市郊外にある美術商のレンテラー邸で、ささやかな祝宴が行われる。名目は、千年ぶりに二つ揃った『カランティック兄弟を讃える竜牙りゅうが製メダル』のお披露目だ。君も魔導士の端くれなら、この双子の兄弟のことは知っているだろう?」

「幸い、クラウの阿呆よりは魔法史に詳しいのでね。今から千七百年前、人類に敵対した最後の竜を倒した、双子の魔導士兄弟だ」

 リュライア様は、わたくしがお注ぎした珈琲をゆっくりと口に運ばれました。

「その竜の角は、魔導実験の素材や研究材料として各地に散って残っていない。しかし角ほどの魔力の無い牙の方は、魔導士ではなく細工職人の手に渡って、装飾品に姿を変えた。特に有名なのが――」

「双子の兄弟の功績を讃えるメダルというわけだ」ゼルベーラ隊長が満足げに笑って、どかりと椅子の背にもたれかかりました。「時の皇帝が最高の職人に命じて作らせた、兄イルアンと弟エルック、それぞれの姿を浮き彫りにした二枚の記念メダルだ。討伐の証として持ち帰られた竜の牙から切り出したメダルはわずかに三組。うち一組は皇帝の宝物庫に収められ、もう一組は当時の宮廷魔導士に贈られた後に魔術審議会の本部に飾られている。そして最後の一組は、メダルに描かれた当人に贈られた」

「しかし最後の一組は、時と共に離れ離れになってしまった。最後に二枚がそろって所有されたのは千年前で、所有者の魔導士兼大商人が多大な借金を遺して死んだ後、二枚は離れ離れになってしまったのだったな」

 リュライア様が頬杖をつきながら珈琲を一口お飲みになられました。「で、その二枚が揃ったというわけか」

「そのとおり。二枚のメダルが、偶然同じ時期にこの街の二人の商人に買われたことが判明した。我がリンカロット市が誇る美術商のレンテラー氏はそのことを嗅ぎつけるや、所有者たちにもうけ話を持ち掛けた――自分に任せていただければ、この貴重なメダルを途方もない価格で売ってご覧に入れると」

「ようやく分かったよ」

リュライア様は珈琲を飲まれてから、静かにかぶりを振りました。「メダルはどちらか一枚だけでも桁外れの価値がある。しかし二枚が揃えば、単純に一足す一は二とはならず、十にも二十にもなる。千年ぶりに揃ったという物語まであれば、百にもなるかもしれん」

「理解が早くて助かるよ。だからまずレンテラー氏は、二つのメダルが一つに揃ったところを好事家の皆様にお披露目し、うなるほどの財力を持つ収集家が世界に一組しかないメダルを買うように仕向けるべく、祝宴という名目の展示会を開催することにしたわけだ。もともと転売目的だったメダルの所有者たちは同意して、レンテラー邸に自身の所有するメダルを持ち込むことになった。もしそこで買い手が付けば――まず間違いなく付くだろうが――二人のメダル所有者と仲介者のレンテラー氏は莫大な富を手にする、というわけさ」

「分からんな。一方のメダルの所有者が、利益折半を条件にもう一方と手を組んで好事家に売れば、わざわざレンテラー氏に仲介料を払わずに済むのではないか?」

 リュライア様の声には不審の響きがございましたが、ゼルベーラ隊長は不敵な笑みいで答えました。

「むろん所有者達はそうしたかっただろうさ。しかし、互いの正体を知って断念したんだ」それから意図的に言葉を切り、リュライア様の反応を眺めつつ、「兄イルアンのメダルの所有者は、東方交易で財を成したホーニッツ氏だ。そして弟エルックのメダルを持っているのは、ホーニッツ氏の不倶戴天の商売敵しょうばいがたきであるバルトーリ氏だ。運命の悪戯、という奴さ」

 ゼルベーラ隊長としては、リュライア様が激甚なる反応を示されることを期待されたのかもしれませんが、この種の社交関係に疎い我がご主人様は、それの何が問題なのかと首を傾げておいでです。ここはわたくしがお助けすべきでございましょう。

「リュライア様、お二人ともリンカロット市の大商人でございます。ただ、扱う品物が共に東方や南方の高級品でして、年中熾烈な買い付け競争を繰り広げておいでです。それ故非常に仲がお悪く……」

「ああ、思い出した」リュライア様がまったく気乗りしないご様子で口を開かれました。「去年の市参事会選挙の時、壇上で殴り合いを繰り広げた愚か者たちだな」

 ゼルベーラ隊長が呵々大笑されました。「そうだ。しかし愚か者でも金はある」

「なるほど。彼らはメダルを高く売りさばいて、さらなる富を手にしたい。しかし二枚一組になれば国を買えるほどの財産をもたらすメダルの片割れが、よりによって親の仇のような手合いの手に渡った。絶対に奴にだけは売らない――だが仲介者を通せば、憎いあの男にメダルを渡すことなく分け前が手に入る。自分で二枚一組を売るよりは少ない金額だろうが、一枚だけ売るよりははるかに高い金額だろう。そういうことだな」

「結局、お二人とも今回のお披露目会に出席されるという次第ですね」わたくしはゼルベーラ隊長に顔を向けました。「それで、予告状というのは?」

 隊長は答える代わりに、懐中から一枚の封筒を取り出されて、リュライア様の机に放り投げました。わたくしが封筒の用箋を取り出してお渡しすると、リュライア様は三つに折られていた用箋を丁寧に広げ、一目ご覧になられてから、ふんと鼻を鳴らされました。

「……『来る祝宴の日、カランティック兄弟のメダルを戴きに参上いたします。わざわざ二枚集めていただき深謝』。名前も無しか。劇や小説に出てくる予告状には、宝を狙う盗賊の署名があるものだと思っていたが」

「現実は違うということさ。しかし名無しのままでは都合が悪いので、我々警務隊はこの盗賊を『黒ネズミ第十二号』と命名した」ゼルベーラ隊長は、無意識のうちに盗賊への軽侮が混じった口調でその名を口にされました。「帝都郊外を管轄する第七隊の発足後十二番目となる、命名が必要になった盗賊ということだ」

「封筒も紙もごく普通のものだな。帝国郵便で送られていて、受付の刻印は昨日になっているが……おい、直接警務隊に送り付けてきたのか!?」

 封筒を調べておられたリュライア様が、見開いた目をゼルベーラ隊長に向けられました。隊長は、唇の端を緩めてうなずかれます。

「その大胆さは褒めるべきかもしれんな。ちなみに同じ内容の手紙が、仲介人のレンテラー氏と、メダル所有者の二人にも送られている」

「彼らの反応は?」

「全員その日のうちに警務隊に届け出てきたが、態度は三者三様だ。レンテラー氏は、泥棒風情に今回の祝宴を邪魔させるつもりはないと傲然と言い放ち、警務隊にも警備を要請するがこちらも警戒の手は打たせていただくと宣言した。兄の方のメダルを持つホーニッツ氏は、とにかく怯えて何とかしてくれと周章狼狽して話にならなかったが、レンテラー氏に言いくるめられて、祝宴にメダルを持参することには同意した」

 ゼルベーラ隊長はそこで言葉を切り、小卓のグラスを取り上げて葡萄酒を一口お飲みになられました。

「最後に、弟のメダルを所有するバルトーリ氏は……何と言うか、あれは少し変わっているな。市民の義務として届け出たが、おそらくたちの悪い悪戯だろう、しかし君たちが必要と判断するなら、相応の措置を講じていただけると確信している、と無表情に言い放つと、そのまま帰ってしまったよ」

「確かに三者三様だな」リュライア様は珈琲をお飲みになられてから、あごを引いて隊長に尋ねられました。「それでリリー、君たち警務隊の反応は?」

「無論、第七隊全力出動で警備に当たる。それにレンテラー邸は街道近くにあるから、帝都北東担当の第二隊にも応援要請して、付近の巡回と交通管制を引き受けさせた」

「つまり君たちは、この予告状を本気と受け取っているんだな?」

 リュライア様は呆れているともねぎらっているともつかない口調で、椅子に掛け直されました。ゼルベーラ隊長は、当然だろうと意外そうな声を上げられます。

「無視するには獲物の価値が大きすぎる。それに祝宴には、リンカロット市だけでなく帝都からも大物が多数参加する予定だ。何かあってからでは遅い」

「失礼ではございますが」

わたくしは控えめにお声を掛けました。「隊長は、リュライア様にどのようなことを期待されておられるのでしょう?」

「ふむ……それなんだが」

 ここで初めて、隊長は言いにくそうに口ごもりました。その口を滑らかにして差し上げるべく、わたくしはさり気なく小卓の葡萄酒のグラスに視線を送りました。

「君にお願いしたいのはだな、リュラ」

 わたくしの視線にお気づきになられたゼルベーラ隊長は、ちょっとだけだと自らに言い訳するようにグラスに手を伸ばし、一口赤い液体を口に含みました。それから再び口を開かれ、「警備の手伝いだ」と、低くはっきりとおっしゃいました。


 数瞬、間がありました。わたくしが口を開きかけたとき、リュライア様が先に疑問を口にされました。

「給仕に扮して招待客を見張るのか?」そして物憂げに頬杖をついて、「それとも、犯人を見つけたら魔法で消し炭にするのか?」

「それはどちらも我々警務隊の役目だ――魔法は使えんがね」ゼルベーラ隊長は、にやりと笑いました。「メダルは竜の牙でできている。私は魔法にも魔法生物にも疎いからよく知らないが、竜の牙には微弱だが魔力があるそうじゃないか」

 リュライア様は頬杖をついたまま首を縦に動かされました。

「そうだ。ごく弱いが、独特の波長がある。<魔力探知>を使えば……」そこまでおっしゃられてから、ぐいと身を起こされました。

「つまりあれか、万一メダルが盗まれたりでもしたときに、メダルを探し出す猟犬になれということか?」

「ご名答」ゼルベーラ隊長は、祝杯をあげるかのようにグラスを掲げました。「レンテラー氏が君らを招待客に加えるから、明日は適当に会場をうろついてくれればいい。何もなければ宴会の美酒佳肴を警務隊のおごりで堪能してくれ。ただし、何かあった場合は……」

「何が何でもメダルを探し出し、犯人を追えということだな」

 リュライア様はわたくしに視線を投げかけ、お前から何か質問はあるかとお尋ねになりました。わたくしは、ゼルベーラ隊長が葡萄酒を一息に飲み干されたのを見計らって、質問いたしました。

「隊長。<魔力探知>を使える魔導士は、もう少しいた方がよろしいのではありませんか? 我々二人では、不測の事態に対処しきれぬ可能性もございます」

「ああ、それはレンテラー氏の方でどうにかするそうだ」葡萄酒を二杯も飲み干されたゼルベーラ隊長は、上機嫌で空になったグラスを小卓に置かれました。

「どうやら会場の出入口全てに衛士と魔導士を配置して、出入りする人間全てに身体検査と<魔力探知>をやるつもりらしいな。ああ、もちろん君たちは会場にいてくれ……それと、もう一杯葡萄酒を注いでくれないか?」

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