珈琲4杯目 (6)ファルの答え
「やはりこちらにいらっしゃいましたね」
わたくしがクラウ様に追いついたのは、リンカロット市の郊外にございます珈琲館『メナハン・カフタット』でした。リュライア様もご愛用の店で、ご主人様が自邸以外で珈琲をお飲みになる、数少ない場所の一つでございます。
「ああ、ファル……」
店外の卓で珈琲を――おそらく砂糖を入れておられるでしょう――お飲みになられていたクラウ様が、赤く泣き腫らした跡のある目を上げられました。
「大変失礼とは存じましたが、クラウ様の試験のお話、わたくしも聞かせていただきました。決して立ち聞きするつもりはございませんでしたが……」
「ファルも聞いてたの? なら、分かるよね? リュラ叔母様、ひどくない!?」
折よく給仕が注文を取りに来たので、わたくしは珈琲を注文し、クラウ様の向かいの椅子に腰を下ろしました。
「確かに、リュライア様のお言葉はいささか思いやりを欠かれておられました」
わたくしの表現では不足だと言わんばかりに、クラウ様は足で地面を踏み鳴らされました。「そんなもんじゃないよ! ……阿呆とか言われるのは慣れっこだけど、あの話を信じているのかとか言われたから、僕もついかっとなって……」
「クラウ様」給仕が運んできた珈琲を受け取り、代金を支払ってから、わたくしはさり気なく申し上げました。「クラウ様はとてもお優しく、純粋無垢なお心の持ち主でいらっしゃいます。リュライア様も、そのことはよくご存じでいらっしゃいますよ」
「そうかなあ」
期せずして二人同時に珈琲を口に含みました。本題はここからでございます。
「クラウ様。わたくし、試験の答えをお伝えすることができますが、いかがいたしますか?」
クラウ様は、えっと口を開けて、危うく珈琲カップを取り落とされそうになられました。「じゃ、じゃあ分かるの!? 剣を人に戻す魔法が!?」
「さあ、どうでしょうか」
わたくしは曖昧に微笑んでから、一口珈琲を口にしました。少し酸味が強く、もう少し苦みと重厚さが欲しいところです。
「確かゼルー先生の出した試験内容は、例の竜狩りの一族に伝わる魔法を解除する方法について書かれた本を探し、その結果を報告せよというものかと思いましたが、お間違いございませんか?」
「うん、そうだよ」
「でしたら、ご懸念には及びません。わたくしなら、ゼルー先生にこう答えます――竜狩りの一族に伝わる魔法なるものは存在しません。ゆえに、それを解除する魔法も存在しません、と。おそらくはあのお話自体、ゼルー先生が魔法史というより論理学の試験用に創られたお話でございましょう」
クラウ様はまず驚きに目を見開き、次いでわたくしの言葉をもう一度反芻され、こそしてようやく抗議の声を上げられました。「それってどういう――」
わたくしは手でクラウ様を制しますと、努めて穏やかに問いかけました。
「クラウ様。確かゼルー先生のお話では、例の魔法は唱えた瞬間に相手を無機物に変え、紙に書いておいても読んだ者を物に変えてしまうということでしたね?」
クラウ様は無言でうなずかれました。わたくしは、これ以上は無理というほどの穏やかな笑みを浮かべて答えました。
「では竜狩りの一族は、一体どうやってその魔法を代々伝えていたのでしょうか?」
珈琲4杯目 了
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